ロエベ デザイナー
ジョナサン・アンダーソンが
愛する“不完全な美”＜後編＞

　だが数分後、私たちが博物館をあとにしようとしたとき、彼は携帯電話の画面をもう一度チェックした。競りに勝ったのだ。彼はアフリカ製のヴィンテージの長い布に並べて縫いつけてあるボタンの列に、それらを加えるのだ。いくつかのボタンは額に入れられ、ロンドンから北に車で2時間ほど行ったノーフォークにある、彼の週末の家の壁に掛けられている。またその他のボタンは、彼のタウンハウスにあるアクセル・ヴェルヴォールトのテーブルに掛けた布に縫いつけられている。その横には中国の陶器やエジプト製のガラス器などを描いた絵が山のように積み重ねられている。

　博物館の階段の上で、彼は後ろのポケットに入った煙草の箱から一本を取り出した。彼のスタジオに戻るためにタクシーを拾う前に、ふっとひと息深く煙草を吸い込んだ。彼のスタジオの白いボードには、数十もの生地見本がピンで留められている。生地は表面がザラザラしたものから絹のように柔らかなものまでさまざまだ。かぎ針編みの長い飾りひもや金銀の糸で織った素材も、数週間以内にJW ANDERSONの2020年春夏コレクションに登場するのだ。コレクションについて彼が語ったのは「微妙に繊細で、コラージュされたもの」ということだけだ。確かなのは、コレクションは自己の内面を表現するように自由で、同時に生き生きしたものになるだろうということだ。彼が尊敬してやまない職人たちのように、アンダーソンがほかに与える影響は、彼が新しい形にそれらを紡いでみせることで、はっきりとは識別できないものになる。この業界は不安定なスピードで進み続け、流行は移り気で、数十年分の過ぎ去った時代、カルチャー、そしてムーブメントは、文字どおり果てしなく参照され続ける。そんな業界の中で、彼の美意識は他に類を見ないほどアートに満ちている。アイデアの数々が、破れた端布を継ぎ合わせるように、彼だけがイメージできる順序で縫い合わされてゆく。それは、ディスレクシアと、フィルターにかけて美をすくい上げる彼独自のやり方によって編み出された、ひとつの作品なのかもしれない。

　だが、究極的に、彼の作品がすべてを超越して普遍的なのは、私たちにゆっくりと物事を考えるように仕向ける力をもっているからだ。実際、彼の作品は私たちにほとんど選択の余地を与えない。選ばれた少数の者にしかわからないほど難解だが、それでいて本質的。そんな彼の作品の中でも最上のものは、ぱっと目立つわけでもなく、誰にでも好かれるタイプのものでもない。つまり、アンダーソンは決してファッションの王道には成り得ない。そのかわり、もし私たちが受け入れさえすれば、彼の服は、私たちを彼の世界に誘い込み、強い力で魅了してしまう。身体の神経細胞のひとつひとつでそれに触れ、目で見て、さわって感じるうちに。彼の作品は、古典的な技術と、魅力的な未来への予感を意図的に組み合わせることで、私たちの気持ちを過去へと向かわせる。それは時間とスピードを超えた、予想できないモザイクだ。そしてシーズンを経るごとにそこから生まれるのは、単にケンジントンやトライベッカで天気のいい午後に着るかぎ針編みのセーターや、ワクワクするようなパッチワークのハンドバッグだけではない。それは、完全でありかつ不完全で、モダンでありながら、かつ進化することのない、一篇の刺激的な詩だ。それはファッションではない、と彼は言うかもしれない。それは何か別のものだ。そしてそれは、この世の中を見るもうひとつの方法なのだ。

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