BY MASANOBU MATSUMOTO
日本の三大紬と呼ばれる石川県の牛首紬(うしくびつむぎ)、奄美大島の大島紬、茨城県の結城紬。また、貝殻を糸にして布地に織り込む京都丹後地方の螺鈿(らでん)織。こうした日本の伝統的な着物の生地を使って、シャツやコートなどの洋服を展開するブランドがある。ヨウジヤマモト、キャロル クリスチャン ポエル、そしてエルメスといった名だたるブランドでデザイナーを務めてきた寺西俊輔による「ARLNATA(アルルナータ)」だ。
寺西が日本の伝統織物に魅せられたのは、2016年、パリで開かれているテキスタイルの国際見本市「プルミエール・ヴィジョン」でのこと。そこで牛首紬と出会ったことがきっかけだ。「昔から、どちらかといえばヨーロッパが大好き。恥ずかしながら日本の文化に興味がありませんでした。正直に言うと、日本の伝統織物に対して、保守的で新しくないという先入観がありました。しかし、会場の壁にかけられていた牛首紬は、繊細でモダン。とても新鮮に見えたのです」
それは、エルメスのデザイナーになった半年後。牛首紬へ関心が向いたのは、寺西がデザイナーとしての新しいテーマと向き合っていた時期だったこととも関係しているという。彼はもともと(洋服のための型紙を起こす)パタンナーの仕事をベースにしており、どちらかといえば、服の形を考案するデザイナー。素材の柄や色を選ぶことにあまり関わってこなかった。
「ただ、エルメスではグラフィカルな感覚に優れたデザイナーとチームで仕事をすることもあり、ちょうど私自身、形以外の要素であるテキスタイル、色彩による表現が課題だと感じていたころでした。だからいっそう、縦縞と繊細な色づかいに特徴のある牛首紬に驚いたのだと思います。一般的に海外では、日本人はモノトーンのファッションが好きで、色使いが得意ではないとよく言われます。そんな日本人が、しかも古いと思っていた着物の織元が、色彩豊かなテキスタイルを生み出している―― そのことにとても大きなショックを受けました」
歴史のあるメゾンブランドは、自身のアーカイブを掘り下げながら新しいデザインを生み出すものだ。着物にも同じように長い歴史があり、そして膨大な色や図案のアーカイブがある。寺西はその後一時帰国し、まずそのアーカイブをを紐解いていこうと、日本の織物の産地を回りはじめた。先の牛首紬、奄美大島の大島紬、茨城県の結城紬、京都丹後の螺鈿織、近江ちぢみ。織元の職人に「ここも見ておいたほうがいいよ」と紹介され、数珠つなぎのように産地との繋がりを広げていった。ただそこで、寺西が確信したのは「これらの織物は間違いなく素晴らしい。と同時にビッグメゾンで扱いにくい素材だ」ということだった。
「大きな理由は生産量。一般的にファッションには春夏と秋冬の2シーズンがあり、サイクルがとても早い。ただ、こうした伝統的な織物は、悪く言えば原始的。とても手間と時間がかかります。だから、たとえば“次のシーズンまでに何千メートルの生地を用意してほしい”と求めるのは難しいわけです」。どのブランドもやっていない。ならば自分でやってみよう。2018年、寺西は独立し、自身のブランドを立ち上げた。