BY MICHINO OGURA, PHOTOGRAPHS BY SASU TEI(W), STYLED BY TOMOKI SUKEZANE, HAIR BY HIRO TSUKUI(PERLE), MAKEUP BY YOSUKE NAKAJIMA(PERLE)
パンデミックのさなか、これまでクレイジーなスケジュールに身を置いていたデザイナーたちは、今を好機と捉えて、新たなクリエイティビティの火を灯しているようにも感じる。ワクチンの普及とともに、少しずつ、これまでの日常生活が戻ってくるならば、ファッションにはどんな未来が待っているのだろう?
そんな折、ポップスター香取慎吾とスタイリスト祐真朋樹がディレクションを手がけるブランド「ヤンチェ_オンテンバール」と「アナ スイ」がコラボレーションするというニュースが飛び込んできた。香取慎吾は2014年に上梓した自著『服バカ至福本』(集英社)からもわかるように、ファッションをこよなく愛する人。そしてニューヨークのファッションシーンを支えるアナ・スイはモード史に精通し、自他ともに認めるヴィンテージマニア。そんな東西の“服バカ”がタッグを組んだ服が面白くないわけがない。
「ヤンチェ_オンテンバールは毎シーズン、僕の描いた絵をもとにいろいろなブランドとコラボレーションしてきたのですが、アナさんのアートワークが重なることで、こんなに良い音が鳴るなんて! ハッピーでアートフルなファッションでしょう?」。取材当日、何度も修正をかけたサンプル服を前にして、興奮ぎみに香取はこう答えた。後日アナ・スイからもこんな返答が届いた。「私も興奮しています! コラボレーションで素晴らしいのは、二つの異なるブランドのDNAが出会い、予想外の新しいものが生まれるところ。慎吾さんと私はこの世界的なパンデミックのあとに出現する新しい世界に期待しています」。とにかくアナとのやりとりはスピーディだったと香取が言うように、東京とNY間の距離や時差をものともせず、洋服が大好きなふたりはファッションの力を信じて、まだ先行きは不透明だけれど前に進もうとしている。
香取が2021年前半、ヤンチェ_オンテンバールのクリエーションに関わるアート作品として構想したのは《Sakura》と《New World》の二つ。香取はこう説明する。「《Sakura》は、この服がショップに並ぶ頃にはその季節は終わっているけれど、それは関係ないんです。ステイホーム期間中に前向きに明るく、未来を見たいと思い始めたときに描いたものだから。僕は洋服って、着るだけで気分を変えてくれるものだと信じていて、外に行けなくてもいつでもお花見ができるようにと描きました。《New World》は2020年の暮れぐらいの作品。これまで海外に目を向けて、たくさんのことを吸収してきましたが、改めて日本を見つめてみたいと思って。《Sakura》と併せて、ここから始まるという所信表明ですね」。桜というと、可憐で儚げな印象をもつが、香取の描く桜はどこか生命力に満ちあふれているよう。「アクリル絵の具で描いていますが、きれいすぎる気がして、最後にプチプチの緩衝材を乾ききっていない絵の上に押しつけて、そっとはがして仕上げました。僕は絵を壊していきたいんです」
でき上がったかと思われる作品を壊していくことをいとわず、より良いものに近づけていく。アーティストとしての香取の姿勢はアナとも相性がよかった。それを裏づけるのが、香取が身につけたアロハシャツと、ドーリーヘッドのロゴTシャツ。香取が今回のサンプルを初めて目にしたとき、プリントやロゴを大胆にミックスし、新たなアートが生まれていたことに驚いたという。「アナさんと僕は、実際に会って作業したわけではないのに、まるで一緒に絵を描いたんじゃないかという感覚になりました。
以前、美術家・横尾忠則さんのアトリエにお邪魔してお話ししたあとに、僕もアトリエに帰ってすぐに絵を描きたくなった。そのときの感覚と似ているかも。アーティスト同士でキャッチボールができたような気がするんです」。1ページ目の写真で着用しているアロハシャツは、香取が描いた《New World》の日本をイメージしたという真っ赤な丸を拡張し、アナ スイのアーカイブ・コレクションに登場したポピーの花を全面に配したデザインだ。
ここには、お互いのアートの枠を超えて新しいものが生まれるようなパワーがみなぎっている。さらに、中に着たTシャツには香取が最もチャレンジングだったと語る取り組みが。「お互いのブランドロゴやアイコンモチーフをミックスできないかと考えました。ロゴを壊すことって、コラボレーションでも一番ハードルが高いんです。本当は壊せない、削れない大切なところだから。でも、ヤンチェのロゴにドーリーヘッドがうまく重なっていますよね。難しい提案でしたが、結果としてすごく良いものができたと思いました」
今回のラインナップでは、ユニセックスなサイズ感で楽しめるアロハシャツやTシャツのほかに、アナ スイらしいヴィンテージライクなウィメンズのドレスも多数展開する。アイキャッチなパッチワークの図柄(下の写真・右側のドレスに使用)は、アナ スイの過去のコレクションに登場したファブリック3種をアップサイクルしたプリントと、香取のアートワークがグラフィカルに配置されたもの。アナはこのドレスに、ファッション界でいま起こっていることを込めたと言う。それは、プリント技術を残していくことの大切さや、これまでの資源を活用していくことで、少しでも環境に対して誠実であろうとする姿勢、そしてそれらが新しいトレンドなのだというメッセージ。
次なるフェーズを迎えるファッション界に対してワクワクしているのは、香取も同じだ。
「これからワクチン接種が進めば、少しずつ人と会えるようになる。そうしたらファッションは絶対に楽しくなりますよね。誰かと会うときに何を着ていこうかと想像できるのが、ファッションの楽しさの原点じゃない? 久しぶりに人と会ったら、その気持ちが爆発するはずだからね!」
続いて、今回のコラボレーションについて、ニューヨークのアナ・スイにも話を聞いた。
―― 香取さんのアートワークを初めて見た際の印象は?
慎吾さんの描いた伝統的な《Sakura》が大好きです。誰もが桜の花を愛していますが、彼はとてもモダンな作品に昇華させました。そして《New World》には、日本を象徴する赤い丸とグラフィティスタイルの文字が描かれています。ここにアナ スイのポピーを組み合わせたテキスタイルは私もお気に入り。彼はプリントを個性的にするだけでなく、新しくてワクワクするものにしてくれましたね。私たちふたりとも、パンデミックのあとに訪れるであろう“New World”を心待ちにしています。
―― 今回の香取さんとのコラボレーションのポイントは、どんなところにありますか?
アナ スイは常にフェミニニティとヴィンテージの要素を大切にしているのですが、慎吾さんはそこにクールでロックな感覚を加えてくれました。今回はさらに日本の伝統的なモチーフをミックスすることで、より進化したコラボレーションになっていますね。
―― 今回のコラボレーションで、どのアイテムが好きですか?
私のお気に入りは、ウェスタン風のプレーリードレス(2ページ目の写真・中央)です。彼の《Sakura》のプリントと、アナ スイのヴィンテージスタイルなプリントの掛け合わせ具合がとても好きですね。
―― パンデミックを経て、ファッションの未来は、どうなっていくと思いますか?
ファッションの変化のスピードは確実に変わりました。常に新しいことを求めて、過去のデザインを捨てるのではなく、長く愛されるブランドを楽しむのも良いことだと気がつきました。ファッションにおける持続可能性の重要度は高まっています。コロナ禍で、私たちは贅沢や支出を減らしました。これは大変なことでしたが、何がビジネスにおいて不可欠であるかということを考え直す機会になりました。この気づきは遅きに失したかもしれません。でも、この新しいビジネスへの挑戦は私たちデザイナーの創造性を刺激するものでもあります。ここから新しいファッションが生まれてくるはずです。まったく新しい時代の幕開けです!
香取さんの今回のコラボレーションへの“熱い思い”と、“止まらないファッション愛” ―― インタビューの様子を動画でもご覧ください。
FILMED BY NAOTO NISHIHIRA (ZONA)/© T JAPAN