スーツをモードに昇華したトム・ブラウン。アメリカを代表するデザイナーのひとりであり、世界各地に熱狂的なファンを持つ彼は、いかにして「トム・ブラウン」になったのか。コレクション、そしてパフォーマンスが映し出す独創的なビジョンはどこから来るのか。稀代のデザイナーの素顔に肉薄する

BY KURT SOLLER, PHOTOGRAPH BY DANIELLE NEU, STYLED BY MATT HOLMES, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

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 アメリカを代表するデザイナーのひとりでありながら、ブラウンはニューヨークよりパリを選んだ。〈プレタポルテ産業を率いる国で生まれた、アヴァンギャルドなデザイナー〉である彼は、2010年から主にパリでメンズ・コレクションを発表しているのだ。ニューヨークよりパリのほうが、コンセプチュアルなアプローチが受け入れられやすく、ビジネスの幅がよりグローバルに広がったという(5年前からはウィメンズもパリで発表している)。だからといってアメリカを見放したわけではない。母国を離れた多くの人が経験するように、発表の拠点を移したことで彼のアメリカに対する視点が変わった。「パリで発表するだけの価値があるものを創らなければと、常々自分に発破をかけるようにしている。アメリカを代表するデザイナーとして奮闘していることを同胞が誇りに思ってくれたらうれしいけれど」。ショーの前にブラウンはまず、空想のストーリーとその演出方法を考える。彼の頭の中には、ユニコーンやキリンといった動物がランウェイに現れる様子や、雪の降る夜に可愛らしい少年たちがアイススケートをしたりする光景が、ぼんやりと浮かび上がってくるそうだ。続いてショー会場を選び、映画のセットのような手の込んだ舞台装飾を施す。若い頃のブラウンが夢見ていた俳優の仕事や、昔のハリウッドへの憧れを反映するように、ショーはいつだって演劇風だ。それは誰が見ても明らかにパフォーマンスであり、監督であるブラウンはすべてのルックを自らスタイリングし、モデルのキャスティングまで行なっている。モデルの採用基準は「ただ服を着て歩くだけでなく、それ以上のことが表現できること」だという。

画像: 2018年春夏メンズ・コレクションより

2018年春夏メンズ・コレクションより

 新しいトレンドやシルエットを追求するほかのデザイナーと違って、ブラウンは毎シーズン決まったエレメントを登場させる。秋冬なら、パンクでプレッピーなチェックや手編みのインターシャ柄(註:複数の糸を切り替えて柄をはめ込んだように編んだもの)、春夏ならフラワー柄の刺繡やシアサッカーのスーツが定番だ。そこに、船やカーニバル、ピエロやダンディ、医学生や日本のスクールガール、ジョン・F・ケネディ、はたまた棺桶の横を歩くビクトリアンスタイルの花嫁など、一風変わったテーマや要素を掛け合わせていく。だがどんな内容のコレクションであっても、素材や仕立て、シルエットやカラー(多くの場合、イースターエッグのようなパステルカラーと、縁飾りに使うグログランテープのトリコロールに限られる)は不変だ。こうしたブラウンの影響を受けているのが「バレンシアガ」のデムナ・ヴァザリアや「グッチ」のアレッサンドロ・ミケーレといったデザイナーだ。彼らはシーズンごとにショーやビデオ、パフォーマンスのテーマをがらりと変えても、独特の美学は貫きつづけている。「トム ブラウン」のメンズウェアはタイトで着丈が短く、ウィメンズも身体にフィットしたデザインが多いため、スリムな若者向けだと勘違いされやすい。だがこのブランドは長きにわたって、性別、体型、人種、年齢の異なるスタッフにはもちろん、あらゆる分野のビッグネームにも印象的なアウトフィットを提供してきた。もっか、「トム ブラウン」を愛用する著名人はふたつのグループに分けられる。ひとつ目は、ブラウン自身も一目置く偉才が揃ったグループ。アーティストのエイミー・シェラルドやアン・デュオン、俳優のデヴィッド・ハーバー、ウーピー・ゴールドバーグ、ダイアン・キートンなど、彼の言葉を借りれば「こつこつとキャリアを積み重ねてきた」人たちである。ふたつ目は今をときめくクールな若手スターのグループ。ラッパーのリル・ウージー・ヴァート、リル・ナズ・X、俳優のクリステン・スチュワートやティモシー・シャラメ、マルチタレントのカーディ・Bやジェレミー・O・ハリスがそのメンバーだ。ダニエル・ローズベリーはこんなことも教えてくれた。「トムはよくいろいろな人の魅力について語っていた。彼には周囲の人の本質を見抜く直感があって、それぞれのパーソナリティをとてもよく理解していたんだ」

 こうした求心力をもつスターの代表格が、身長2.06m、NBAでパワーフォワードを務めるレブロン・ジェームズ(37歳)だ。2012年から「トム ブラウン」の服を着続けているジェームズは、ブランドの〈顔〉にもなっている。さらに4年前にはジェームズが所属するプロバスケットボールチーム「クリーブランド・キャバリアーズ」のメンバー全員が、「トム ブラウン」のグレーのスーツ姿で優勝決定戦の会場に現れ、コートサイドで敵チームとファッション対決の火花を散らした。これをきっかけに、ブランドに定着していた〈着る人のイメージ〉は取り払われ、〈虐げられてきたギーク〉だけでなく、〈アメリカの伝統的な男らしさを体現するスター選手〉も着る服に変わった。「この世にあるものすべてを手にできて、どんな服だって着られて、普通なら個性をアピールしたがるスポーツ界のスーパースターたちが、揃いのスーツ姿でチームの結束力を見せたんだ。そしてその様子を、彼らを応援する子どもたちが目にした。あれは文化的に見ても意義のある出来事だったよ」。その転機をもたらしたことをブラウンはとても誇らしく感じている。

 メンズとウィメンズの境界線を再考したことも大きな契機となって、「トム ブラウン」を着る人の幅はさらに広がった。久々にホームグラウンドのニューヨークで披露された2022年春夏のショーは、メンズとウィメンズの混合形式だった。インスピレーションソースとなったのは英作家J・G・バラードの短編集『時間都市』所収の「時間の庭」(1962年)。幻想的な公園のような舞台に、ジェンダーレスな生命を宿した古代ギリシャの彫像が次々と現れた。多くのモデルがまとっていたのは、割れた腹筋や厚い胸板、トーガ(註:古代ローマの外衣)のドレープといったトロンプルイユを描いた、グレー、インディゴ、チェリーレッド、フューシャの、チュールの細身のドレスだった。

 ブラウンのコレクションにはかなり早い時期から、スカートやドレスを着た男性モデルが登場してきた。彼自身が認めているように、こうした試みはすでに先人たちが行なっていたが、モード界に(また文化として)浸透する何年も前に、ファッションのジェンダーレス化を予見していたのは特筆すべきことだろう。「ウィメンズとメンズのファッションを一体化することで、いろいろと面白い発想ができる。それに、自分らしく生きている人々の勇気をたたえたいとも思っているんだ」。彼のそんな気持ちを込めた服は、ここ数年、従来とは違ったジェンダー表現を模索している人々から注目されている。昨年のメットガラには、トランスジェンダーの女優ミカエラ・ジェ・ロドリゲスが、「トム ブラウン」のタキシード風ロングドレスをまとって現れた。舞台プロデューサーのジョーダン・ロス(46歳)はロングヘアにしてから「トム ブラウン」の服をコレクションするようになり、ブロードウェイのイベントに参加する際にはタイトなドレスやヒールを身につけている。ロスはこんなふうに説明する。「トムの服は、過剰なほどマスキュリンでフェミニンなのに、ユニフォームの画一性という対極の要素が混じっていて、デザイン的にもとびきりユニーク! トム自身も服と同じで、生真面目に見えて、本当はウィットにあふれた人なの」

MODELS: ERNESTO PEЦA-SHAW AT NEXT MANAGEMENT, DANIEL AVSHALUMOV AT WILHELMINA MODELS, AMBAR CRISTAL AT NEXT MANAGEMENT AND JORDY EMMANUEL AT CRAWFORD MODELS. HAIR BY DYLAN CHAVLES USING ORIBE HAIR CARE AT MA + GROUP. MAKEUP BY INGEBORG USING DIOR FOREVER FOUNDATION. CASTING BY GABRIELLE LAWRENCE.

PRODUCTION: LOLLY WOULD. PHOTO ASSISTANTS: XAVIER MUДIZ, PIERRE BONNET. TAILOR: CAROL AI. STYLIST’S ASSISTANTS: GABE GUTIERREZ, SOFIA AMARAL

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