バレンシアガを手がけるデムナの、挑発的で、カルチャーの根幹を揺るがすようなクリエーションは、彼自身を映しだす自伝でもある。ときおり姿を隠そうとしても、その服は彼の過去と現在をありのままに物語る。2014年、ファッション界に痛烈なパンチとブームをもたらした「ヴェトモン」を彼が立ち上げた背景には何があったのか

BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPHS BY LISE SARFATI, STYLED BY SUZANNE KOLLER, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

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画像: バレンシアガ、2016年秋冬コレクションより。白黒の千鳥格子のアワーグラスウールジャケットとラップスカート、ホワイトシルクのブラウス、パテントカーフスキンのサイハイブーツ

バレンシアガ、2016年秋冬コレクションより。白黒の千鳥格子のアワーグラスウールジャケットとラップスカート、ホワイトシルクのブラウス、パテントカーフスキンのサイハイブーツ

 だんだんと他人のアイデアを形にする仕事に飽きてきた彼は、仲間たちと自らのブランドを立ち上げることにした。フランス語で「服」を意味する「ヴェトモン」というブランド名(笑えることにフランス人メンバーはひとりもいない)は、デムナがファラフェルの店でランチをしていたときに思いついた。それまでは「Factory of Found Ideas」にするつもりでいたのだ。「ヴェトモンを始めたとき、僕はファッション業界にすっかり嫌気がさしていた。最初はろくに稼げなかったけど、そんなことはどうでもいいくらい自分自身で服を創りたかったんだ」。CEOの弟グラムとともに、クリエイティブ・ディレクターとして5年にわたって「ヴェトモン」を率いたデムナは、評論家に「トイレの匂いがする」と揶揄されたゲイクラブの地下で2015~’16年秋冬ショーを開き、2017年春夏のコレクションでは一挙に18ブランド(マノロ・ブラニク、ブリオーニ、ジューシークチュールなど)と謎のコラボレーションを手がけ、2018年春夏はショーの代わりに、チューリッヒの街中で写した一般人モデルの等身大写真をパリの駐車場で展示するイベント「NO SHOW」を催した。

 ヴェトモン旋風が巻き起こったのは、デムナの狙いが不可解で混乱を招いたせいだ。彼のやっていることがジョークなのか本気なのか誰にもわからないのだ。彼が楽しんでいるのはわかる。だが同時に、軽薄さや移り気には寛容なものの、人一倍プライドが高いモード界を嘲笑しているようにも見える。ぶかぶかの服もあれば、企業ロゴだらけの服もあり、すべてが醜いとは言えないまでも、美しいとも言えない。「僕はとにかく挑発したかったんだ。どんな種類でもいいんだけど、人々の感情を喚起したくて」。ヴェトモンの、アンバランスなプレーリードレスやオーバーサイズのボンバージャケットは「ドーバー ストリート マーケット」などのブティックで瞬く間にヒットアイテムになった。だがこんなふうに注目を浴び始めた途端、ジャーナリストたちはデムナとマルタン・マルジェラそれぞれの脱構築スタイルを結びつけるようになった。「あれには本当に頭にきたよ。やりたいことが自由にできるようになったと思ったら、僕の創るものすべてがマルジェラにいた2年間の産物みたいな言い方をされて」。そこでデムナは2018~’19年秋冬コレクションのテーマを、ずばり「エレファント・イン・ザ・ルーム」(註:触れづらい話題)と銘打ち、観客をパリ北部郊外の蚤の市「ポールベール・セルペット」にいざなった。デムナは「“マルジェラがデザインした”と言われているものも、もともとは蚤の市の、彼以外の誰かが創った服を下敷きにしている」ということを伝えたかったのだ。デムナは話しながら当時を振り返り、少しやりすぎたかも、と過去の自分を笑う。誤解され、疎外されていたように感じていたデムナは、2020年春夏のショー会場としてシャンゼリゼ通りのマクドナルドを選び、威嚇する警察犬の声をBGMに警察官風のルックをいくつも披露した。「あの頃、モード界に吠え立てられている気がしてね」。このショーに登場した、オーディオ機器メーカー「BOSE」のロゴTシャツは、デムナがロゴにドイツ語の発音記号“ウムラウト”を加えて、「怒り」の意味に置き換えていた。

画像: バレンシアガ、2021年クチュール・コレクションより。トープカラーギャバジンのスイングバックトレンチコート、ブラックストレッチメッシュのパンタレギンス

バレンシアガ、2021年クチュール・コレクションより。トープカラーギャバジンのスイングバックトレンチコート、ブラックストレッチメッシュのパンタレギンス

 2015年、ヴェトモンが好調な滑りだしを見せると、バレンシアガ、グッチ、サンローラン、アレキサンダー・マックイーン、ボッテガ・ヴェネタなどを傘下に置くグローバルカンパニー「ケリング」社の幹部が、デムナに声をかけてきた。「『今の仕事を辞めて、パリのビッグメゾンに来ないか』って誘われてね。でもそのときはメゾンの名前を教えてもらえなくて」。デムナは、ヴェトモンと両立してもいいなら考えてみるとだけ答えた。その後、家路に向かうタクシーで携帯を開いたデムナの目に飛び込んできたのが、アレキサンダー・ワンがバレンシアガのクリエイティブ・ディレクターを退任するというニュースだった。

MODELS: SHIVARUBY AT STORM MANAGEMENT, TONI SMITH AT ELITE, BLESSING ORJI AT IMG MODELS AND BARBARA VALENTE AT SUPREME. HAIR: GARY GILL AT STREETERS. MAKEUP BY KARIN WESTERLUND AT ARTLIST USING DR. BARBARA STURM. SET DESIGN BY GIOVANNA MARTIAL. CASTING BY FRANZISKA BACHOFEN-ECHT

PRODUCTION: WHITE DOT. MANICURIST: HANAГ GOUMRI AT THE WALL GROUP. DIGITAL TECH: DANIEL SERRATO RODRIGUEZ. PHOTO ASSISTANTS: FRANВOIS ADRAGNA, JACK SCIACCA. HAIR ASSISTANTS: TOM WRIGHT, REBECCA CHANG, NATSUMI EBIKO. MAKEUP ASSISTANT: THOMAS KERGOT. SET ASSISTANTS: JEANNE BRIAND, VINCENT PERRIN. STYLING ASSISTANTS: CARLA BOTTARI, ROXANA MIRTEA. ALL PRODUCT IMAGES IN THIS STORY COURTESY OF BALENCIAGA

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