BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
『カジノ・ロワイヤル』や『慰めの報酬』など、ごぞんじ映画“007シリーズ”に登場するシャンパーニュが「ボランジェ」だ。1829年、ピノ・ノワールの名産地、アイ村に創業した家族経営のメゾン。芳醇で力強い味わいは、確かにジェームズ・ボンドを彷彿とさせる。英国王室御用達となったメゾン第1号でもあり、ヴィクトリア女王の時代から現在のエリザベス女王まで、歴代王からロイヤルワラントを授けられるなど、まさに“女王陛下のシャンパーニュ”でもある。
一方、地元シャンパーニュにおいても、ボランジェは一目置かれる存在だ。伝統の技法によって生み出される奥深い味はもちろんだが、その理由は、3代目ジャック・ボランジェの妻、エリザベス・リリー・ボランジェ(通称マダム・リリー)の存在によるところも大きい。彼女は45歳で寡婦となり、以後、メゾンを守り続けた伝説の人物。第二次世界大戦下、遠くにドイツ軍の爆撃音を聞きながら、ひとりだけ残ったスタッフとともにシャンパーニュを造り続けた逸話は有名だ。
また、ドイツの通称“ワイン総統”(ナチスドイツがフランスワインを安く調達するために任命された調達係)がシャンパーニュの供出を促しにメゾンを訪れた時には、小柄な彼女がたったひとりで大男のワイン総統に立ち向かい、追い返したという武勇伝も残っている。シャンパーニュ人にとって誇りでもあるシャンパーニュを守り続けた彼女は、亡くなった今も多くの人々の尊敬を集めている。
この“老舗”の指揮をとるのが、今年9月にゼネラル・マネージャーに就任したシャルル・アルマン・ド・ベルネだ。「メゾンの堅牢な味を守りつつ、『ボランジェ』の名をもっと世界に広めたい」と意欲的に話す。実は彼は、大の日本びいきでもある。前職で4年間韓国に駐在しており、その間、家族とともに10回以上日本を訪れたという。そこで気づいたのが、シャンパーニュと日本料理とのマリアージュの大きな可能性だった。
「とくに、刺身や寿司との相性は抜群です。ピノ・ノワール主体の『ボランジェ』なら、マグロや穴子にも負けません。世界的に和食ブームの今、このような食の楽しみについても、世界に発信できたらと考えています」
彼が「ボランジェ」に着任して驚いたことは、「昔ながらのスタイルが今も大切に守られ、かつファミリー企業として成功していること」だったという。
「ほかのメゾンなら『経費がかかる』と反対されそうなことを、ボランジェはあえて大切にしている。たとえば、当社にはお抱えの樽職人が常駐しています。また、シャンパーニュの原材料となるリザーヴワインの比率も50パーセントと他社に比べて高い。リザーヴワインは、ストックするのに多大な費用がかかるのですが、樽はシャンパーニュの熟成に、リザーヴワインはメゾンの味を決定づけるのに必要不可欠なもの。こうした昔ながらの技法を守り、さらにメゾンを発展させることが、私の腕の見せどころなのでしょう(笑)」
彼の役割は、たとえれば“メゾンを守るミッションを与えられた007”といったところだろうか。
最後に、こんな質問をしてみた。「もし、あなたがジェームズ・ボンドだったら、どのキュヴェでボンドガールを口説きますか?」。すると、彼は微笑んでこう答えた。
「“007”に掛けて、『ボランジェ ラ・グランダネ 2007』でしょうか。実は、2007年はシャンパーニュ地方ではワイン作りが難しいとされた年。この年のヴィンテージを造っていないメゾンも多いのです。でも、私たちは、作柄のよくない年にこそメゾンの力が試されると考えます。これこそが、『ボランジェ』の実力なのです」
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アルカン
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