BY YUMIKO TAKAYAMA, PHOTOGRAPHS BY YUKAKO HIRAMATSU
アメリカのNYや西海岸を中心に、洗練されたタコスを出す店がこの5年で急増。そのムーブメントがロンドンやパリ、メルボルンなどさまざまな都市に飛び火して、いま全世界的でタコスがグルメ化している。トルティーヤに包まれているのは新鮮な魚のカルパッチョやエビのフリット、極上牛肉のステーキなど、もはやフィリングはメキシカンに限らずバラエティ豊かだ。
東京、三軒茶屋にオープンした「LOS TACOS AZULES(ロス・タコス・アスーレス)」はメキシコ料理をよく知る人でも驚くような、新時代のトルティーヤ料理専門店。ユニークなのは、タコスだけでなく、トルティーヤの元になる生地の「マサ」からできるトスターダ(揚げたトルティーヤ)やタマレス(マサを蒸したもの)といったメキシコ料理をコース仕立てにして提供するスタイルだ。
メキシコ人オーナーシェフのマルコ・ガルシアが、カウンターの目の前の鉄板で焼くのはメキシコ在来種のブルーコーンからできるブルーグレーのトルティーヤ。前日に下処理をした乾燥トウモロコシの粒(マイス)から粉を挽き、マサを作るところから毎日の仕込みがスタートする。
乾燥トウモロコシを下処理した状態のものはニクスタマルと呼ばれる。完熟したトウモロコシの殻粒を石灰と水と一緒に処理し、ひと晩放置してから水でさらしてアルカリ成分を除くのだが、これは古代からずっと続いてきた手法だという。マサの水分量を調整し、こねてちょうどいい硬さにし、トルティーヤプレスで平面状にプレス。それを鉄板で焼いて出してくれるのだが、フワッ、モチッという食感、香ばしいトウモロコシの香りに驚かされる。「マサは一日たつと香りも風味も落ちます。だから毎日、粉を挽くところから作りますね」とマルコ。
じつは本場メキシコでも、ニクスタマルを作り、粉を挽いてマサにする作業を経てトルティーヤを焼くレストランや屋台は少ない。手間がかかる上にマサは日持ちがしないため、業者からできあがったトルティーヤを買ってくる店が多いのだ。一般家庭も同様で、ほとんどの都会の家庭がスーパーマーケットで購入している。それはマルコの作るトルティーヤとは似て非なるものだ。
マルコは十代の頃は外交官を目指し、大学では国際関係を専攻した。日本語を勉強していたこともあり、18歳の時に上智大学に一年留学。その際、日本の飲食店のレベルの高いことに衝撃を受けたという。「和食はもちろん、フレンチもイタリアンもインド料理も中華も、何を食べてもクオリティが高い。日本人は日常的にそういうものを食べていると知って、なんて国なんだろうって。おこづかいはすべて外食に使っていましたね」。メキシコに帰国した後、日本で食べた料理が食べられないことにストレスを感じ、「だったら作ろう!」と思ったのが料理を始めるきっかけに。
20歳前半にメキシコ国内を旅し、地方の郷土料理を食べ、メキシコ料理について調べるうちに、人生を変える一冊に出会う。ダイアナ・ケネディのメキシコ料理の本『The Art of Mexican Cooking』だ。ケネディはイギリス人だが、1957年からメキシコに住み、さまざまな地域を訪ねて料理を研究し、数多くの著書がある料理研究家だ。彼女の新書紹介イベントが地元モンテレイで行われることになり、マルコは期待を胸に参加。「そのイベントには主婦しか参加していなくて、僕だけ一人、若い男子。いろいろ質問をするので面白かったんでしょうね。ダイアナさんに家に招待してもらって、メキシコ料理について話を聞くことができたんです」
ケネディの家に行くと、彼女はニクスタマル済みのブルーコーンのマイスをその場で製粉して、焼きたてのトルティーヤを出してくれた。「今まで食べていたトルティーヤはなんだったんだ!ってぐらいおいしかったんです。トルティーヤもこだわって丁寧に作ればここまでおいしくなるんだと感動しました」