BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
古くからの家族経営のドメーヌが多いブルゴーニュにおいて、「ドメーヌ・ド・ラ・プスドール」の成り立ちは少し毛色が変わっている。かつて、「ロマネ・コンティ」のオーナーであったブロシェ家の所有地が投資家たちによって再構築されたのは1964年のこと。その時に醸造長となったのがジェラール・ポテル氏だった。その後、彼がドメーヌの株の半分を、もう半分はオーストラリアの投資家たちが所有した。だが、ポテル氏の急逝によって、ドメーヌは売りに出されてしまった。
1997年、新しいオーナーとなったのが前当主のパトリック・ランダンジェ氏だった。医療機器の会社を経営、特に外科手術の先端機器で名を馳せた人物で、銘醸ワインがひしめくヴォ―ヌ・ロマネに別荘を持っていた。「いつかは自分の畑を持ち、ワイン造りを」という夢を叶えた形だ。一見、“金持ちの道楽”のようにも見えるかもしれないが、それはまったくの見当違いだ。「ドメーヌ・ド・ラ・プスドール」のワインは芳醇にしてエレガント、正真正銘のグラン・ヴァンといえる。
現在の醸造責任者は当主のブノワ・ランダンジェ氏。ドメーヌにおいては2代目に当たる。彼は父とともにドメーヌに参画、醸造施設や発酵用の木樽を一新した。そして1999年には6階構造の醸造施設を完成させ、収穫から醸造、樽熟成、瓶詰めまで、ポンプを一切使わず、重力でブドウ果汁やワインが流れる仕組みを作り上げた(こうすることでブドウ果汁が熱摩擦を起こさず、フレッシュな状態に保たれる)。
だが、さらに興味深いのは、ブノワ氏は現在も父の跡を継いで医療機器の会社を経営しており、ドメーヌの仕事と二足のわらじを履いているということだ。しかも彼は、エンジニアという重責も担う。このことについて尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「ワインづくりを始めたのは20歳のとき。醸造学も勉強しましたし、カリフォルニアの『ロバート・モンダヴィ・ワイナリー』で修業もしました。その後、父の仕事とドメーヌを継ぎましたが、実際、自分の中にも葛藤はありました。でも、ある日、『医療機器製造の緻密な仕事とワインづくりは似ている』と気づいたのです。私にとっては、どちらの仕事も大切なもの。ただ、医療機器の会社にはスタッフもいるので、9月、10月の収穫時期には仕事は彼らに任せ、私は必ず畑にいて、ブドウを見守るようにしています」
現在、ドメーヌはヴォルネイに本拠地を構え、ピュリニー・モンラッシェやシャンボール・ミュジニー、シャルム、レ・ザムルーズなど名だたる銘醸畑を所有し、洗練されたワインを生み出している。「テロワールを表すワインをつくるのに大切なのは、ブドウの最高の部分だけを残すこと。ブドウの熟し加減を見極めて、極力手を加えないことです。これには、医療機器と同じように“正確な仕事”が必要とされるのです」
彼が2014年に正式に醸造責任者となったことで、ビオディナミへの転換もスタートした。おそらく、その味わいは、さらにピュアで心に残るものになっていくのだろう。個性あふれる“エンジニアが手がけるワイン”から、しばらく目が離せない。