さまざまな分野で活躍する“おやじ”たち。彼らがひと息つき、渋い顔を思わずほころばせる……そんな「おやつ」とはどんなもの? 偏愛する“ごほうびおやつ”と“ふだんのおやつ”からうかがい知る、男たちのおやつ事情と知られざるB面とは。連載第10回は政治学者の姜 尚中さん

BY YUKINO HIROSAWA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI EHARA

 聞けば、お好みのおやつは小豆、それも粒あんが主役のものばかり。「小学生の頃、給食にときどき登場した“ぜんざい”が原点なのかもしれません。すいとんのような炭水化物が入っていたり、いっしょに脱脂粉乳が供されたりと、当時の栄養不足を回避するための策だったのでしょうが、非常に待ち遠しかったし、美味しかった。来年70歳になるのですが、最近になってどうやら“甘さ”には、その人を過去に連れ戻す力があるように思えるのです。匂いや舌の感覚が、強く記憶に刻まれている気がして」。

「例えば、プルーストの小説『失われた時を求めて』にもマドレーヌの匂いから記憶を思い出す、というシーンがありますでしょ? 僕は、自分がいちばん屈託のない幸せを感じていたのは、小学生時代なのではないか、と。学校の給食をもりもり食べ、日々遊ぶことしか考えておらず、夕方になるのがなんだか惜しくて、そして初恋を体験したあの頃に戻りたいのかもしれません」。

画像: 竹皮包羊羹「夜の梅」1本¥2,800 とらや TEL.0120-45-4121 www.toraya-group.co.jp

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 加えて、「なんだか不安だとか、これから何が起きるか分からない状況に置かれている昨今。おやつを食べることで、しっとりとした気分になる幸せを確保しておきたいのかもしれません。いわゆる現実逃避ですね(笑)」とも。仕事の合間、日本茶もしくはさっと点てた抹茶とともに味わうそうで、「実家では商売をやっていたので、来客にはいつもちまきや桜餅といったおやつといっしょに日本茶を振る舞っていました。そこで大人たちがひと息ついておしゃべりに花を咲かせる姿を見るのが、子供心に好きだったんですね。そのせいか、今でも日本茶が欲しくなる。『おーいお茶』、ですよ(笑)」。

「好きなものや好きなことを見つけたら、それ一筋。あれもこれもと目がいくタイプではない」と語る姜さんにとって、小豆のおやつは「自分の存在を声高に誇示するというよりは、すっと入り込んで、心を和らげてくれるーー。奥ゆかしい和風美人、とでも言いましょうか」。周囲から「“脇が甘い”、“ツメが甘い”と言われてしまうのは、甘いものが好きなせいかな(笑)」なんて、はにかみながらも時おりユーモアをはさんで語る、ちょっぴり天然でチャーミングな一面を見せてもらった。

姜 尚中(SANJUN KAN)
1950年熊本県生まれ。政治学・政治思想史を専門とする政治学者。東京大学名誉教授であり、長崎県鎮西学院学院長や熊本県立芸術館長も務める。累計100万部を突破した「悩む力」(集英社新書)のほか、著書・共著も多く、近著には「母の教え 10年後の『悩む力』」(集英社新書)がある
PHOTOGRAPH BY SHIN WATANABE

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