「The Asia’s 50 Best Restaurant 2020」でベストペストリーシェフを受賞し、村上 隆とのコラボスイーツを発表するなど、一躍日本を代表する女性シェフに躍り出た庄司夏子。その歩みの背景には、この新たな時代をともに生きようとする女性たちへの想いが込められている

BY YUKA OKADA

 その後の本人曰く“プータロー生活”に関してはあまり語られていないが、この時期に「フルール・ド・エテ」のアイデアの礎となるフルーツケーキを食べ歩いたり、またしても恩師から「暇ならホールでもやりなさい」と手を差し伸べられ、高校の講師でもあった黄綬褒章受章者の橋本暁一が総料理長を務めていたシェラトン都ホテル東京の「中国料理 四川」で接客も経験。さらに「フロリレージュ」時代に取材の窓口を担当していたことで面識があった雑誌編集者などからケータリングや出張料理を頼まれるようになり、豪華な家々を訪れるなかでインテリアにも造詣を深めながら、自然と「料理の世界に戻ってもいいかな」と考えるようになった。

 そうして2014年に若干24歳で独立を決め、命を賭けてやろうと生命保険にも加入。だが、シェフとしての修行期間も短く、すぐに客が殺到するような華々しい経歴もなければ、銀行から借りられるお金も限られ、当面は人も雇えない。結果的に全てを一人でまかなえるレストランとして一日一組限定と定め、マンションの一室を借り、「まずは店のブランド力を高めてくれる名刺代わりのオリジナルのデザートを」と生み出したのがフルール・ド・エテだった。ヒントになったのはそれこそプータロー時代、フルーツケーキを食べ歩きながら「デザートの世界にもジュエリーブランドのギフトボックスのような、箱や袋から始まるストーリーのケーキがあってもいいんじゃないか」と感じた実経験にあったという。

画像: 店でもコースの最後に必ず提供される「フルール・ド・エテ」は、水っぽくならない国産の完熟マンゴーを使用し、バラの儚さや艶やかさを表現。庄司が抜群の美意識でテーブルに散りばめる本物のバラもまた名物

店でもコースの最後に必ず提供される「フルール・ド・エテ」は、水っぽくならない国産の完熟マンゴーを使用し、バラの儚さや艶やかさを表現。庄司が抜群の美意識でテーブルに散りばめる本物のバラもまた名物

 そこからは前述の「レストランには現実を持ち込みたくない」との想いのもと、まさに箱と袋だけで数千円する前例のないパッケージに挑み、まずはケーキのみを売り始めた。既知の雑誌編集者たちには店のオープンを知らせるリリースを送り、ほどなくある出版社からの紹介でSMAP解散前夜の「SmaSTATION!」で取り上げられたことで一気にブレイク。メディアから“幻のケーキ”との呼び名も与えられ、晴れてレストランの営業もスタート。ただし、一万円を超えるケーキを買ってくれたゲストだけにレストランを紹介することで、必然的に「本当に大切な人たちと過ごしていただく、家族の食卓のような居心地のいい空間」という今でも大切にしている原点を心に刻むことになった。

 なお、今年に入り、一日一組はそのまま、スタッフ2人を伴い創業の地から移転。一般からの予約をスタートした。理由は「ミシュランは紹介制の店はNGなので」とのことだが、一方で新型コロナウイルス感染症が飲食業界に与えている大きなダメージを目の当たりにするなかで、改めて気づきがあったとも話す。

画像: 季節で変わる植栽と暖炉の炎を眺める一日一組6席の店内。サンローランの店舗をヒントにした大理石のテーブルにアントリオ・チッテリオのチェア。インゴ・マウラーの照明は憧れのシェフの店で初めて見たときからの憧れ

季節で変わる植栽と暖炉の炎を眺める一日一組6席の店内。サンローランの店舗をヒントにした大理石のテーブルにアントリオ・チッテリオのチェア。インゴ・マウラーの照明は憧れのシェフの店で初めて見たときからの憧れ

「ビッグマネーを稼ぐような人生は無理でも、究極、家族を養えればいいと感じるようになりました。そういう意味で、レストランも月々の賃料が何百万円もする物件を必ずしも借りる必要はなくて、私のような規模でも実現できたように、どんな仕事でも自分のペースとサイズでとりあえず起業して、見たことがないものを生み出してちゃんとしたものに仕上げ、頭を使うことができれば、評価されるんじゃないでしょうか。規模や組織でなく人間もブランドであって、そういう一人の価値は簡単に損なわることはないと思います」

画像: 繊細なスープの上にクリスピーに仕上げた甘鯛は、庄司がその場でオイルをかける“ジュワッ”という音まで美味。接客経験を活かし、サービスも一人でこなす。器は陶芸家の和田山真央によるオリジナル

繊細なスープの上にクリスピーに仕上げた甘鯛は、庄司がその場でオイルをかける“ジュワッ”という音まで美味。接客経験を活かし、サービスも一人でこなす。器は陶芸家の和田山真央によるオリジナル

画像: レストランで現在提供する11品のコースの終盤には、イチゴを封じ込めた東信のアート作品にシャーベットを乗せた一皿が。まさに夢のような美しさがそこに PHOTOGRAPHS: COURTESY OF ÉTÉ

レストランで現在提供する11品のコースの終盤には、イチゴを封じ込めた東信のアート作品にシャーベットを乗せた一皿が。まさに夢のような美しさがそこに
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF ÉTÉ

 ちなみにブランドといえば、庄司はトップメゾンの国内外のイベントもたびたびクリエーションの場としてきたが、仮にバジェットと求められるクオリティが釣り合わないオファーがあったとして、心もとない予算のせいでメゾンのブランド価値を下げるくらいなら、足りない部分は自分の財布で補うくらいの気持ちを持っていたいと話す。多少のリスクを負っても相手の立場に立ったクリエーションを全うできる人間はあまりに少ない。

 庄司夏子がそうして孤高に切り拓く道の先には、覚悟を決めたものだけが生み出せる最善の未来がある。先が見えないこの非常事態をサバイブした新しい世界で、一人でも多くの女性が時代の同志として、それぞれの道をともに歩き出すことを願いたい。

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