BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI, THANKS TO KYOTO SHUNJU
「Noma Kyoto」。そのレストランは活気にあふれていた。階段に置かれたドライな海藻や貝殻が道標となり、レストランへ誘う。壁には畳。筍、野草が店内を彩り、天井から下がる昆布が風にたゆたう。大きな窓一面に樹々の青々とした姿が広がる。
デンマーク・コペンハーゲンにある「ノーマ」は、世界の食の専門家の投票で決められるアワード「ワールドベスト50レストラン」で、世界一の座に5回も輝いた。北欧の食材を使い、革新的な新・北欧料理でフーディを魅了し、世界で最も予約が取れないと言われているレストランだ。そのノーマが本店を休み、5月まで10週間限定のポップアップ・レストランを「エースホテル京都」内にオープンした。2年前から準備を始め、今年2月までには家族も伴い総勢103名が来日。滞在中、スタッフの子どもたちは京都の幼稚園や小中学校へ通った。オーナーシェフのレネ・レゼピは1月上旬には到着、料理や食材の研究を重ねた。
うらうらと暖かな花日和の京都の朝。レゼピは大きなかごつきの自転車で、ひとり撮影場所にやってきた。2015年の東京でのポップアップでは、北海道から沖縄まで食材探しの旅に出たが、今回は京都にフォーカスし、懐石料理や精進料理、食材について学んだ。八寸に着想を得て、平たいかごに5品を取り合わせて盛ったり、土鍋で締めのご飯を出したりと日本料理のスタイルを取り入れた。「異なる文化が出合い、互いを理解し合えば、必ず新しいものが生まれる。それが面白いのです」
京都とコペンハーゲンは似ているとレゼピは言う。「コペンハーゲンに山とよい天気を持ってくれば京都になります(笑)。都会でありながら自転車に乗れば農家に行けるし、味噌蔵や豆腐、和菓子のお店も。山に入れば、野生のものも手に入る」
レゼピの料理を文章で説明するのは至難の業だ。どの料理も「おいしい」だけでなく、生産者と食材に対する尊敬と創造性、芸術性にあふれ、社会への問いかけまで感じることができる。「海藻のしゃぶしゃぶ」は、スモークしためかぶのだしにくぐらせた海藻を、発酵させた青のり醬油ベースの特製ポン酢で。日本近海には1,500種類もの海藻が育つが、よく知られているのは30種類ほど。出された海藻を口にすれば、まだまだ未知の食べられる海藻がありそうだ、と思う。メインディッシュにれんこんをポルチーニ醬油で焼き上げた料理をいただけば、動物性たんぱく質に頼らずとも、十分満ち足りることに気づかされる。
「レネは天才だと思う。彼は、僕たちに料理とは何かを惜しみなく教えてくれる」──髙橋惇一
これらの料理はレゼピだけで作り上げるのではない。ノーマのキッチンではメニュー開発チームと厨房チーム、発酵ラボの3チームが一丸となり料理を作る。もちろん、ヘッドシェフはレゼピだ。ノーマでは日本人スタッフも活躍する。髙橋惇一はノーマに11年在籍、メニュー開発に携わってから8年になる。開発チームは5~6人で、食材の火入れ方法を何十種類も試したり、発酵ラボと協働で発酵調味料を開発したり。
ノーマは週4日働き、3日休む就業スタイル。アイデアの多くは休みの日に浮かぶと髙橋は言う。「やはりレネは天才です。天才から学ぶのは難しく、感じ取るしかない、でも、彼は、僕たちに料理とは何かを惜しみなく教えてくれ、彼のレベルまで引き上げてくれる。料理人としてのみならず、人間力に学ぶところも大きいですね。新人の研修生一人ひとりに挨拶するし、国籍や年齢で分け隔てることを彼は決してしない」
「10週間のレストランのためにここまで力を注ぐのかと正直、驚きます」──神尾理沙
京都のポップアップは、同じく日本人スタッフ、神尾理沙の奮闘がなくては実現しなかっただろう。デンマークではマネジメント部門に属し、京都では統括マネジャーとして、食材以外の、日本サイドとのコーディネートをすべて任された。スタッフのビザから住居の手配に始まり、子どもたちの入園・入学手続きなどでは連日、役所に通いつめた。テーブルウェアも手がけ、作家とその作品のリサーチ、彼らとのやりとりも行った。「10週間のレストランのためにここまで力を注ぐのかと正直、驚きます。スタッフはみな、お客さまのために1000%のパワーを注ぎ込んでいます。その中心にいつもレネがいます。彼は誰かが困っていたら黙っていられない。先日も、空港で見知らぬ子どもが泣いていたら、誰よりも早く近寄って『大丈夫?』って」
レゼピはそんなスタッフをとても大切にしている。「私の役割はスタッフを世の中からリスペクトされる存在にすること。給料をきちんともらい、自分の時間を持てる人生を送れるなら、こういう職場で働きたいと思う人が増えるでしょう。未来へつなげていくために、ノーマは変わらなくてはいけない。レストランをいったん閉め、新たな経済基盤を築くために、『ノーマプロジェクト』を発動させました。20年間、発酵ラボと開発チームが研究を重ねてきた味を家庭へ届けていきます。レストランで使ってきたオリジナルの調味料は100種類以上あります。今後は、『fushi(節)』も作っていきたい。鰹節にヒントを得て、野菜でも作れるように鰹節工場と協働で『ベジ節』を研究中です」。コーン節やパンプキン節はすでに完成しているという。海の環境が変わりつつあり、ヴィーガン志向の人も増加中の昨今、ベジ節は需要が確実に増えていくはずだ。
レゼピは自身の家族も大切にしていて、今回も妻と3人の娘を伴った。娘たちの未来に伝えたいことを尋ねると、「自分で作って、家で食べるということ。レストランは非日常の体験。一緒に座って食べるという日常を、本当に大切にしてほしい。先日、上の娘が初めて日本風のカレーライスを作りました」とうれしそうに言う。「ご飯も炊いてくれたんです」と相好を崩す。
最後に10年後のノーマの予想図を問うと、にこやかに答えた。「ノーマプロジェクトが成功し、レストランは最高のクリエイティビティで稼働している。ポップアップも2〜3年に1回できるといいですね。チーム全員が、レストランは楽しい、面白いと思い、チャレンジしながら豊かな人生を送っている。メンバーがそういう人生を築けるようにするのも、自分の役目だと思っています。まずは、そこへ向かって進んでいきます」
歩くのが趣味というレゼピは、鴨川に沿って歩き、山に登る。四国の八十八カ所のお遍路にも挑戦したそうだ。彼が求めているのは、山の頂を目指しつつ、その過程をチームと、そして家族とともに、楽しみながら歩き続けていくことだろう。
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