《皇帝》《英雄》《テンペスト》…。べートーヴェンを一文字で表すならば、すなわち「激」。だが一方で、鳥のさえずりに満ちた道をひとりそぞろ歩くことを、こよなく愛したという。クラシック音楽と美酒を愛する指揮者・野津如弘が、大作曲家の顔のB面に思いを馳せる

TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO

生涯で60回以上も引越し。その理由は…

画像: 生涯で60回以上も引越し。その理由は…

 ベートーヴェンというと、どうしてもしかめ面のイメージがある。学校の音楽室の壁に掲げられていた、モジャモジャの髪の毛で一点をじっと睨むような眼差しの肖像画が、強烈な印象としてあるからだろうか。《運命》や《悲愴》といった仰々しい曲名、そして難聴という作曲家にとって致命的ともいえる病に苦しみ、その中で創作活動を続けたというエピソードが、そのイメージを増幅させているのかもしれない。

 そんなベートーヴェン、確かに気難しい人物であったのも事実で、なんと生涯で60回以上も転居を重ねた引越し魔でもあったのだが、その理由の一つには、近所との折り合いも悪かったというのがあったようだ。
 夏の間はウィーン郊外に暮らすことも多く、有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」が書かれたハイリゲンシュタットもその一つ。元々は医者に勧められて難聴の治療のためにやってきた温泉地で、ベートーヴェンは1802年の春から秋までここで暮らし、難聴の苦しみ、そしてそれを克服して芸術家として生きる決意を記した「遺書」を書いた他、ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》などを作曲している。翌年もまたハイリゲンシュタットの近く、オーバーデーブリングで夏を過ごし、交響曲第3番《エロイカ》を作曲している。

 これ以降、何度も夏を過ごしたハイリゲンシュタットには、今もベートーヴェンが散歩した道が残っており、それらの道は「ベートーヴェンガング(ベートーヴェンの散歩道)」や「エロイカガッセ(エロイカの小路)」などと名付けられている。1808年に作曲された交響曲第6番《田園》のインスピレーションを与えたのもこの地で、第2楽章「小川のほとりの情景」は、まさにこの「ベートーヴェンの散歩道」に沿って流れるシュライバーバッハという小川の情景だ。

《田園》、そしてヴァイオリン・ソナタ第5番《春》

画像: 《田園》、そしてヴァイオリン・ソナタ第5番《春》

 ウィーンという都会の喧騒を離れ、小川のせせらぎや、木々のざわめき、鳥の鳴き声に囲まれたベートーヴェンも、この時ばかりは、きっと穏やかな笑顔を浮かべていたに違いない。「わたしは森のなかにいると、歓びにあふれ、幸福です」と日記に記した彼は、ひとり静かに自然の音と対峙し、そして自らの内なる音楽と対話した。そこから生まれた傑作が《田園》である。

 ヴァイオリン・ソナタ第5番《春》からも、ニコニコしたベートーヴェン像が浮かんでくる。この曲の調性も《田園》と同じくヘ長調で、喜びあふれるメロディーが迸るように湧き出てくる。暗く寒いウィーンの冬から、春になり光が燦々とそそぐなか、浮き立つ気持ちを表しているかのようだ。

 桜の花びらが風に舞い、もうすぐ新緑の美しい季節。お花見やピクニックには、ぜひハイリゲンシュタットのワインをお供にしたい。この地にはベートーヴェンの時代からすでに葡萄畑が広がっており、1817年にベートーヴェンが住んでいた住居は、現在ワイナリー兼ホイリゲ(居酒屋)「マイヤー・アム・プファルプラッツ ベートーヴェン・ハウス」として営業している。伝統的なウィーナー・ゲミシュター・サッツという複数のブドウ品種の混植・混醸で造られる白ワインも面白いが、オススメはオーストリアを代表するブドウ品種グリューナー・ヴェルトリーナー。瑞々しくフレッシュな口当たりは、春にぴったりの味わいだ。

画像: 生産者の「マイヤー」は由緒あるワイナリーで、その敷地内にはかつてベートーヴェンが住み、「第九」を作曲した家屋がある。エチケットからベートーヴェンがこちらを見上げて凝視するも、ボトルの中は実に清々しくエレガント。白コショウや洋ナシのアロマに、レモンやグレープフルーツの香りがふわりと漂い、ジューシーな口当たり。これからの季節、このボトルを携え、緑の風のなかへ。少し歩き疲れたら、草上のピクニックを楽しんで。グリューナー・ヴェルトリーナー ベートーヴェン 第九 ラベル<750ml>¥2,695 COURTESY OF MOTTOX モトックス TEL.0120-344101 公式サイトはこちらから

生産者の「マイヤー」は由緒あるワイナリーで、その敷地内にはかつてベートーヴェンが住み、「第九」を作曲した家屋がある。エチケットからベートーヴェンがこちらを見上げて凝視するも、ボトルの中は実に清々しくエレガント。白コショウや洋ナシのアロマに、レモンやグレープフルーツの香りがふわりと漂い、ジューシーな口当たり。これからの季節、このボトルを携え、緑の風のなかへ。少し歩き疲れたら、草上のピクニックを楽しんで。グリューナー・ヴェルトリーナー ベートーヴェン 第九 ラベル<750ml>¥2,695

COURTESY OF MOTTOX

モトックス
TEL.0120-344101
公式サイトはこちらから

 

<参考文献>
ベートーヴェン『音楽ノート』(小松雄一郎訳編、岩波文庫、1957年)

画像: 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。 公式サイトはこちら

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
公式サイトはこちら

画像: マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。 公式インスタグラムはこちら

マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
公式インスタグラムはこちら

野津如弘の音楽と美酒 記事一覧へ

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.