BY KOTARO KASHIWABARA

「風土」と名付けられた、50種類以上の野菜を使ったシグニチャーディッシュ
長く首都圏への食材供給基地と思われていた地域がいま、ガストロノミーツーリズム、ローカルガストロノミーによって変わろうとしている。その代表のひとつが茨城県だ。
茨城県といえば失礼ながら、7年連続で「都道府県魅力度ランキング」最下位だったのだが、2020年についに脱出。その後も紆余曲折があったが、昨年度は45位と再脱出に成功している。その要因のひとつがガストロノミーへの取り組みなのは間違いあるまい。大井川知事自ら率先して行っている政策で、2018年からは県北地域に焦点を当てて「茨城県北ガストロノミー」プロジェクトを開始したのである。
今回ご紹介するバスク料理「YOSHIKI FUJI」は、まさに県北の常陸大宮市に位置する。茨城県は広いので水戸や筑波ならまだしも、北部の地域はなかなか知られてはいないが、東京から特急と水郡線を乗り継げば2時間半もかからずに目指す駅までたどり着ける。

小高い丘を切り開いて作られた「YOSHIKI FUJI」
そこからタクシーに乗ってもいいが、ぶらぶらと歩いて店に向かうのも地方のレストランを訪れる際の楽しみのひとつだ。予約の時に「夜は何時からですか?」と尋ねたところ、藤シェフに「丘の上のレストランなので、夜よりも昼がおすすめです」といわれて、暖かくなった春の空気を感じながら15分ほど歩いて訪ねた。
藤シェフの料理は数年前、彼が以前経営していた「雪村庵」でいただいたことがある。雪村庵は同じ常陸大宮にあったが、大きな古民家を料理店として改装した店で、そこでバスク料理を食べるというミスマッチなところが面白かったし、茨城でこんなモダンバスク料理を食べられるのかと感激した。

茨城産の梅山豚(メイシャントン)で作られた生ハム
「私はずっとフランス料理を修業し、オーナーシェフだった雪村庵もフランス料理店だったんですが、函館にあるバスク料理の日本の第一人者、『レストラン バスク』の深谷宏治シェフに出会ったことで彼に傾倒して師事。雪村庵をバスク料理店にしたんです」
コロナ前には自店のレストランを一年間休業し、シェフはスペインのサンセバスチャンにある三つ星レストランなどで修業し、マダムはフィリピンへ語学留学に。ゼロから「YOSHIKI FUJI」を立ち上げた。

目の前の庭園にあるハーブや野菜は料理のためのもの
「もともとは小高い丘で草ぼうぼうの土地でしたが、眺望がすばらしいのが気に入り、ゼロから造成しました。バスクの薪焼き料理の名店『エチェバリ』のような風景のあるレストランにしたいと思ったのです」
料理はまず、テラスに座って田園風景を眺めながら、アミューズを食べることから始まる。近所で取れるのびるや野草と、からし菜の菜の花を乗せたタルトを、こちらも近所の野草を使ったほうじ茶と一緒にいただく。

アミューズとして、のびるとからし菜の菜の花を使ったタルトが出された
「朝、近所の山に採りに行った山菜たちです。店の前を流れる小川では鰻やモズクガニ、鮎も獲れます。料理はすべて茨城の食材を使っています」
前菜は4種。常磐の白魚やウマヅラハギ、近くの山にある季節の山菜を使った、まさにここでしか食べられないものだ。前回はフォアグラを使い、チョコレートでコーティングしたムースも、ここでは県内で養殖されているホロホロ鳥の白レバーを使っている。

白魚やウマヅラハギ、近くの山にある季節の山菜、ホロホロ鳥の白レバーを使った前菜
私は数年前、茨城県の高級料理店のオーナーに、「茨城の魚は質がよくないのでわざわざ東京から取り寄せています」と聞いたことがあったが、この日の閂(かんぬき)と呼ばれる大型のサヨリを使った料理は素晴らしい身質だった。それが藤さんの選別眼の素晴らしさなのか、漁師の質が上がったのか、はたまたかねてから常磐物はすばらしいのかはわからないが。

閂サイズのサヨリのマリネでカンゾウを巻く

シート状にしたイカの入った菜の花のムース

タケノコのピルピルソース
「なるほど」と感嘆したのが、この季節ならではのタケノコ料理。なんとピルピルソースが使われているのだ。ピルピルは通常、タラ料理に使われる乳化させたソースなのだが、これがタケノコにとてもよく合った。まさに茨城で食べるバスク料理だ。
前半戦の白眉は「風土」と名付けられた、50種類以上の野菜に、2時間以上かけて煮たり蒸したり焼いたりと、それぞれの野菜に合った調理をほどこした皿(記事冒頭の写真)。もちろんすべて茨城産だ。

キャベツのタルタルとホロホロ鳥のバロディーヌ

梅山豚の生ハムを乗せたパンコントマテ

真鯛のベニエ、在来種の豆
その後の料理をみても、パンコントマテに乗せられた生ハム、ジャガイモのピューレに乗せられたクレソン、真鯛のベニエに敷かれた在来種の豆もすべて茨城のもの。冒頭に書いたようにこれまで首都圏への供給基地だった食材をすべて集めれば、こんなに豊かな料理が出来上がるのだ。

瑞穂牛のヒレの薪火焼、のびると柚子味噌ソース
メインディッシュは地元の瑞穂牛のヒレ肉の薪焼き。オープンキッチンの中で藤シェフはふいごを使いながら、塊肉にじっくり火を入れていく。藤シェフがこの店の眺望の参考にした「エチェバリ」は薪焼きを世界に広めた名店といわれるが、藤シェフの火入れも抜群だった。

シルクスイートの薪焼きいもとホロホロ鳥の卵のアイスクリーム

本場のレシピをアレンジした、イチゴのバスクチーズケーキ
デザートは3回供されるが、メインはバスクチーズケーキだ。数年前に日本中で流行したが、シェフはサンセバスチャン「ラ・ヴィーニュ」のレシピを基に、旬のいちごを使ったもの。
最後まで茨城産の食材を使い、見事にバスク料理に仕上げた藤シェフの料理を食べ終わってこう感じた。魅力度が低いなんてとんでもない。茨城の食材はこんなにも奥深いのだなあ、と。
YOSHIKI FUJI
住所:茨城県常陸大宮市石沢字上ノ坪1107-1
TEL. 0295-53-0330
公式サイトはこちら
柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。