「まず食べたいものありきで旅先を決める」という贅沢な視点がいま、観光や食のシーンで熱い注目を集めている。日本各地で脚光をあびる大人のためのデスティネーションレストランを、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎が厳選して案内。

BY KOTARO KASHIWABARA

*記事内で紹介しているメニューや価格は、記事公開時点のものです。

Vol.9「VENTINOVE(ヴェンティノーヴェ)」(群馬県・利根郡)

【2025年1月公開記事】

画像: 食材は半径30キロ以内で調達。渋川市「鳥山畜産」から届いた赤城牛のサーロイン

食材は半径30キロ以内で調達。渋川市「鳥山畜産」から届いた赤城牛のサーロイン

 仕事柄というべきか、「どうやって美味しい店を探すのですか」と聞かれることは多いのだが、秘密などはない。公開情報から自分に合いそうなものをブックマークしているのが主だから、誰にでもできることだ。

 しいて言えば、食いしん坊の友人たちが多いので、彼らの情報が入りやすい立場ではある。互いの食の好みを知っているから、「あの店は柏原さんは好きだと思います」などとリコメンドされたら、行かなくてはならないと思ってしまうし、そういう場合に外れることはめったにない。

画像: 群馬県利根郡・川場村にある土田酒造の敷地内にあるレストラン

群馬県利根郡・川場村にある土田酒造の敷地内にあるレストラン

 群馬県利根郡の川場村にあるイタリア料理「VENTINOVE(ヴェンティノーヴェ)」は、この一年間ほどのあいだに複数の料理人や食いしん坊から名前を聞いていて、「きっと柏原さんは気に入ると思います」とまで言われていたから、一度行ってみたいと思っていた。しかし、予約困難だと聞いていたし、ひとりでは難しそうで、いつか機会があればいいなあ程度に考えていた。ところが思ってもみなかった友人がこの店の常連であることがわかり、ご相伴に預かることができたのである。

 それにしても交通が不便なところにある。車ならば行きやすいが、私の周囲には呑み助が多いから、ロシアンルーレットよろしく、誰かが酒を呑むのをあきらめる必要がある。電車の場合は新幹線「上毛高原駅」からタクシーで行くしかない。この日は常連の友人が運転を買って出てくれたので、私たちはペアリングを楽しむことが出来た。

画像: ペアリングには土田酒造の日本酒も

ペアリングには土田酒造の日本酒も

 ヴェンティノーヴェがあるのは、群馬県利根郡・川場村にある土田酒造の敷地内。酒蔵の脇の道を入っていくとレストランが現れる。土田酒造社長と竹内悠介シェフの父親が親しく、「いま息子が店を探しているんだけど」という話からここに決まった。というのも、シェフは東京生まれだが、父親の仕事の関係で10歳から川場村で育ったのである。

 そもそも、移転そのものが唐突な話だった。竹内シェフは調理師学校卒業後、広尾「アッピア」で5年修業し渡伊。イタリアで料理から肉の解体、保存までを学んで帰国したのち、青森の名店「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」で1年修業し、2011年に東京・西荻窪に「トラットリア29」をオープンした。順調な日々だったという。

画像: 料理を竹内シェフ、サービスは奥様が担う

料理を竹内シェフ、サービスは奥様が担う

「ところが2019年秋に、ビルのオーナーから翌年の春までに退去するように言われたのです」。同時期に新型コロナウイルスの感染が拡大。緊急事態宣言も発令されて店は開けず、辛い日々を送っていた。

「当初は西荻で探していたんですが、コロナ禍になってから、地方で開業するのもいいかなと考えはじめました。川場村なら友達も両親もいるし、食材を送ってもらっていた縁もある。まずは引っ越していろいろ考えようと思っていたら、土田さんからご縁をいただき、この場所に店を構えることになったのです」

画像: 奥に見える薪が、すべての料理の熱源になる

奥に見える薪が、すべての料理の熱源になる

 新たに建築した建物は、窓の向こうに利根川支流の薄根川と山々の緑が見渡せる一軒家。テーブルと個室が主体で、キッチンはすべてオープンにした。そしてせっかくなら朝の川場村を味わってもらいたいと、宿泊できる部屋を2階に一室用意。宿泊者はおかゆを中心にした朝ごはんをいただける。厨房の熱源は薪のみ。設計時はガスとの併用も考えたが、ガスを引くのをやめてしまった。

 西荻時代は客単価一万円前後のトラットリアだったが、落ち着いて料理をしたいと思ってコース料金を上げた。といっても、地元の客にも来てほしいから、通常のコースは15,500円から用意されている。食材もシェフ自ら山で採ってきた山菜や野草と懇意にする農家の野菜や果物が中心だ。

画像: 生家の納屋で見つけた大きなうどん鉢で和えるサラダ

生家の納屋で見つけた大きなうどん鉢で和えるサラダ

画像: 骨付きの塊肉を薪火でじっくりと焼く

骨付きの塊肉を薪火でじっくりと焼く

「ここにきてまず食材探しから始めました。当初はパッとしないイメージだったんですが、実は山菜や野草から野菜、肉、チーズまで、とても豊富なんです(笑)。調味料以外はほとんど群馬県産100%。半径30キロでまかなっています」

 一日2組しか取らないので食事のスタートは15時から18時までのあいだで任意で選べる。厨房はワンオペで、奥様がサービスをする体制なので時間はかかるが、早めのスタートにすれば日帰りも問題ない。

 コース料理は2種類。季節の前菜・パスタ2種に加えて、牛肉のグリルともう1種を選べるコンテコース(税込15,500円)と、季節の前菜・パスタ3種に加え、窯焼きの群馬県産赤城牛もしくはジャージー牛の骨つきサーロインを味わえるビステッカコース(同18,500円)。今回は常連のおすすめもあって、ビステッカコースにしたが、これが大正解。

画像: 古代米の小さなパイ、自家製生ハム

古代米の小さなパイ、自家製生ハム

画像: 菊芋のヴェルッタータ(スープ)

菊芋のヴェルッタータ(スープ)

 自家製生ハムのお通しから始まり、菊芋、ハナビラダケ、クリ、銀杏などどれも近郊でシェフが採ってきたものが料理になって出される。

 そしてランプレドットが素晴らしかった。日本風にいえば「もつの煮込み」だが、沼田市の片桐精肉店から送られてくる豚のホルモンを地元のかぶや白インゲン豆と一緒にコトコトと煮る。こういう煮込み料理こそ、薪という熱源の真骨頂だ。

画像: もつ煮込み(ランプレドット)

もつ煮込み(ランプレドット)

画像: にんにく、卵、リンゴ酢、オリーブオイルで和えたサラダ

にんにく、卵、リンゴ酢、オリーブオイルで和えたサラダ

 生家の納屋で見つけた大きなうどん鉢に瑞々しい薬味をバサッと落としてドレッシングで和えたサラダのあとは、お待ちかねの渋川市「鳥山畜産」から届いた赤城牛のサーロイン。2ヵ月熟成させたものをじっくりと薪で焼いたが、「うまい、うまい」と一瞬でなくなった。

画像: 赤城牛の骨付きサーロインは、ビステッカコースのお楽しみ

赤城牛の骨付きサーロインは、ビステッカコースのお楽しみ

画像: 噛み応えのある牛肉。薪火ならではの香りが嬉しい

噛み応えのある牛肉。薪火ならではの香りが嬉しい

 最後は選べるパスタだが、シンプルなトマトのキターラ、香草のクリームソースで和えた里芋のニョッキ、いのししのラグーのストロッツァプレティの3種を平らげ、きのこのリゾットまで作っていただき、サツマイモのモンブランとひめぐるみのジェラートで締めた。どれもレストランから30分以内で採れたものばかりだ。

画像: トマトソースのキターラ

トマトソースのキターラ

画像: 香草のクリームソースで和えた里芋のニョッキ

香草のクリームソースで和えた里芋のニョッキ

画像: いのししのラグーのストロッツァプレティ

いのししのラグーのストロッツァプレティ

「レストランは週2日休んでいますが、休みの日も狩猟や薪づくり、草刈りなどがあり、西荻時代よりもやることは明らかに増えました。ある意味ワーカホリックですが、負担じゃない。精神的にヘルシーで満足しています」

画像: さつまいものモンブランとひめぐるみのジェラート

さつまいものモンブランとひめぐるみのジェラート

 いまは地元の黒トリュフを探しているとシェフは話す。隣町で採った人がいると聞いたそうだ。次にうかがうときが楽しみだ。

VENTINOVE(ヴェンティノーヴェ)
住所:群馬県利根郡川場村谷地2593-1(土田酒造敷地内)
公式サイトはこちら

Vol.10 徳山鮓(滋賀県・長浜市)

【2025年2月公開記事】

画像: 熊の炊き込みご飯、びわ鱒の卵添え

熊の炊き込みご飯、びわ鱒の卵添え

 はじめて「徳山鮓」を訪れたのは十年以上前だった。当時から発酵食材を駆使した料理の美味しさが評判で、予約もなかなか取れなかったのだが、常連の友人からお誘いいただいての訪問だった。

 滋賀県長浜市の北部にある余呉湖。琵琶湖に隣接する小さな湖だが、その湖を見下ろす高台に徳山鮓がオープンしたのは2004年。いまは和風オーベルジュとも呼ばれるが、料理旅館と言ったほうがわかりやすいだろう。美味しい料理をいただいたあとにゆっくり風呂に入り、部屋でくつろいで寝て、翌日の朝ごはんを楽しむスタイルの宿である。

画像: 訪れたのは、今シーズン一番の雪の日

訪れたのは、今シーズン一番の雪の日

画像: ベランダから余呉湖を眺める

ベランダから余呉湖を眺める

 主人の徳山浩明さんは同地で生まれ育ち、京都の料亭で修業を積んだのちに帰郷。地元の国民宿舎で料理長を務めていたときに、発酵研究の第一人者である小泉武夫先生と出会った。先生との親交を通じ、発酵食品の奥深さに目覚め、生家を改築。発酵を主とした料理を出す徳山鮓を開店したのである。

画像: 店主の徳山浩明さん

店主の徳山浩明さん

 地元の食材を徹底的に活かした料理が有名で、山からは猪や熊、鹿、湖や近隣の川からはうなぎや鮒、カニ、ワカサギ、鮎、イワナなどが届き、さらに四季折々の山菜、キノコ、野草を駆使する。もちろん四季に応じて料理は変わるのだが、なかでもこの店を有名にしたのが鮒ずし(鮓)。ちなみにすしは「寿司」「鮨」「鮓」とさまざま書かれるが、発酵させた保存食は鮓と表記されるのが一般的なため、徳山鮓の店名もそこから来ている。

 琵琶湖周辺に生息する煮頃鮒(ニゴロブナ)をご飯、塩に漬け込んで発酵させた「熟れずし」の一種で、滋賀県の琵伝統的郷土料理とされる。冷蔵庫のない時代に、貴重な栄養源だった魚を長期間味わうために考えられた保存法で、カルシウムや乳酸菌、タンパク質などの栄養素が豊富な半面、その発酵臭が苦手な人も多い。私も以前、滋賀県で仕事の会食で鮒ずしをまるごと一尾出されたときがあった。身はともかく、臭いがすごい頭から尾まですべてを食べるには覚悟が必要だと思ったのだが、同席者が滋賀県生まれで鮒ずしが大の好物だといって、ほとんどひとりで平らげてくれたことを思い出す。

画像: 鮒ずしにはワインジュレを添えて

鮒ずしにはワインジュレを添えて

 しかし徳山鮓の鮒ずしは発酵臭を抑え、乳酸菌の旨さを感じる分かりやすい味で、ここから鮒ずしの虜になった人も多い。私も最初にうかがった時、皿に並んだ鮒ずしの薄切りがとても食べやすく、それでいて熟れずしのうまさが表現されていたことに驚いた。

画像: 鯉の刺身

鯉の刺身

画像: 鯖のなれ寿司、カチョカバロチーズ添え

鯖のなれ寿司、カチョカバロチーズ添え

 その徳山鮓にひさしぶりに訪れた。冬の真っただ中、余呉湖の周辺は雪景色におおわれ、一番美しい季節だ。この季節のスペシャリテは熊鍋で、脂の乗った素晴らしい熊肉をしゃぶしゃぶでいただいたのだが、私はそれよりも、鮒ずしが以前よりも洗練されたことに感激した。当時の徳山鮓の料理とはまるで違う食後感だったのだ。

「そう感じていただけましたか。十数年前は夫婦ふたりで自分たちの料理を確立するために、山に入り、食材を探し、がむしゃらにやってきました。鮒ずしも漁師をしていた父の作っていたものを見よう見まねで自分の料理にしたんです。しかしいまは3人の子供たちが大きくなり、料理の世界に入ってくれた。彼らと一緒にチームを作り、これまで自分に欠けていたところを息子たちに託すことが出来るようになったのです」

画像: 熊のパイ包み、発酵からすみ、赤カブ、ジビエの骨ソース

熊のパイ包み、発酵からすみ、赤カブ、ジビエの骨ソース

画像: 菊芋とじゃがいものペースト

菊芋とじゃがいものペースト

 徳山さんには息子がふたりと娘がいるが、いまは全員、徳山鮓で働いている。長男の翔太さんが発酵系料理を担当し、長女の舞さんは地元の学校を卒業してから京都の割烹で5年ほど修業して戻ってきたのだが、そこで知り合った料理人の那由多さんと結婚し、彼は娘婿として徳山鮓に入った。次男の敬介さんはフランスに留学し、食文化全般を学び、いまはジビエ系を担当。

「いまのメニューは全員がひとつにならないと完成しない料理で、3、4年前からこのシステムに変わっていきました。全体のメニューは私と長男で考えるのですが、彼はデータを駆使し、過去の同じ季節のメニューをたたき台にして提案してくれる。私も『私の料理を土台にしておまえたちの考えを入れればいい』と話しています。たとえば鮒ずしも進化していて、いまはジュレをかけていますが、今日のものは日本人のニュージーランドワイン生産者のワインを使ったものです」

画像: マスカルポーネとすっぽんの茶わん蒸し

マスカルポーネとすっぽんの茶わん蒸し

画像: 焼きすっぽんに肝ソースを添えて

焼きすっぽんに肝ソースを添えて

 たしかにいまや徳山鮓は日本料理の範疇を超えて「徳山料理」としか言いようのない、オリジナルなものに進化している。

 この日は、マスカルポーネチーズとすっぽんの茶わん蒸しから始まり、鯖の熟れずしにはカチョカバロチーズを合わせ、熊のパイ包みは真ん中に発酵からすみを射込む。発想だけでなく、食材のマリアージュが日本料理ではないのだ。

画像: 熊鍋の熊肉。左がメス

熊鍋の熊肉。左がメス

画像: 熊鍋は脂が美味

熊鍋は脂が美味

画像: 熊鍋の出汁を使った蕎麦がことのほか旨い

熊鍋の出汁を使った蕎麦がことのほか旨い

 メインの熊鍋は、地元で獲れ80キロほどのだったが、息子さんが自ら仕留めることもあるそうだ。独自の発酵出汁で熊をしゃぶしゃぶするのだが、メスとオスで肉の味がこんなに違うのかと驚いた。コース最後には、そのスープを使った蕎麦が出されるのだが、これを食べるためだけでも、来た甲斐があったと感激する味だった。

 熊の季節が終わると、花山椒、そして鮎や鰻へと余呉湖の豊饒な食材は移り変わるのだが、徳山さんは今後、さらなる変化を考えている。

画像: 鮒ずしの飯を使ったアイスクリーム

鮒ずしの飯を使ったアイスクリーム

「彼らにはいま、3年のあいだで花山椒に変わる食材を探せと指示しています。私自身もそれがなになのかが楽しみです。私はいつも、記憶に残るものを作りたいと思っています。それは料理だけでなくてもいい。ここ数年、宿泊部屋を増築しましたが、それだっていいんです。記憶に残ってくれれば、もう一度、徳山鮓を訪れたいと思ってくれるに違いないのですから。これから徳山鮓は地産地消から余呉を育てることに舵を切ろうと思っています。食材をただいただくだけでなく、育てることから始めたいのです」

画像: 左から長男の翔太さん、浩明さん、女将の純子さん、次男の敬介さん

左から長男の翔太さん、浩明さん、女将の純子さん、次男の敬介さん

 そこには、徳山さんから息子さんたちの代に続く「徳山鮓2.0」に通じる道がはっきりと見えている、と私は感じた。

徳山鮓
滋賀県長浜市余呉町川並1408
公式サイトはこちら

Vol.11 私房菜 きた川(三重県・松阪市)

【2025年3月公開記事】

画像: 伊勢海老の麹納豆蒸し

伊勢海老の麹納豆蒸し

 三重県松阪市といえば「松阪牛」。「和田金」「牛銀」というふたつの老舗牛肉料理店が有名で、すき焼きやしゃぶしゃぶを楽しむ観光客も多い。いっぽう、江戸時代から伊勢神宮への参詣客が立ち寄る宿場町としても知られ、多くの豪商も生まれている。なかでも三井物産や三越で知られる三井財閥は松阪市を祖とし、2024年には開業350年を迎えた。

 しかし今回、私が訪れたのは松阪牛を食べるためではない。いまや2年先まで予約が埋まっていると評判の中国料理店「私房菜 きた川」を訪れるためである。日本全国にある、わざわざ訪れるに値するレストランを表彰する「デスティネーション レストラン 2024」で、わずか10軒のうちの1軒に選ばれているのだ。

「私房菜」とは香港にはよくあるプライベートキッチンスタイルの料理店のことだが、きた川も1日1組限定の完全予約制。予約さえすれば2名からでも営業するし、時間も事前の打ち合わせ次第だ。 

 松阪駅から車で20分ほど。店は周りを水田に囲まれ、以前は養蚕農家だった古民家を改装した。

画像: オーナーシェフの北川佳寛さんと奥様

オーナーシェフの北川佳寛さんと奥様

 オーナーシェフの北川佳寛さんは松阪市で生まれ、その後、大阪の調理師専門学校に進んだ。そこで講師として訪れた、渋谷区神泉でヌーベル・シノワの店「文琳」を経営していた河田吉功さんとの出会いが北川さんの人生を変えた。うま味調味料を使わない彼の新しい中国料理に感動し、卒業後、横浜中華街の料理店ほか数店を経て、途中で二子玉川「文琳」で修業した。

 その後、いくつかの店で修業して故郷に帰ってきたのが2014年。開店したのは2015年2月のことだった。ワンオペだったので当初から予約制だったが、ランチもやる普通の中国料理店だったと北川さんは話す。

画像: 養蚕農家だった古民家を改装した一軒家が店

養蚕農家だった古民家を改装した一軒家が店

「ランチで見える地元のかたのために、にんにくを使わない料理を作ったりしていたのですが、あるインフルエンサーの方が紹介してくださってから県外の方が増え、せっかく来てくださるのならと地元の野菜や松阪牛、あわびや伊勢海老を使うようになったのです」

 コロナ前にランチをやめ、ディナーに全力投球することでさらに料理の評価があがり、遠方からの客が増えた。高級食材を使うことが出来るようになったが、料理をするときにいつも頭に思い浮かべるのは、河田さんならどうするかということ。

「河田さんは常に新しい綺麗な油を使い、余計なものを足さない。塩だけで味が立ってくる感覚を大切にしていました。引き算の料理というより、最小限の素材と調味料で、シンプルな料理を心掛けています」

画像: 鰻、安乗河豚の白子和え、浦村の牡蠣蒸しなど地元の食材を使った前菜

鰻、安乗河豚の白子和え、浦村の牡蠣蒸しなど地元の食材を使った前菜

 この日の料理は、ピーカンナッツとアーモンドが供されてから、隠元豆やジャガイモ、人参、金時草といった季節の野菜や、鰻、安乗河豚の白子和え、浦村の牡蠣蒸しなどの小皿で料理は始まる。数は多いが少量なのと、食後感が軽快なため、かえって胃の活動が活発になっていくのがわかる。

画像: 地元の答志島で揚がったトロ鰆を使った刺身風サラダ

地元の答志島で揚がったトロ鰆を使った刺身風サラダ

 続いて出された刺身風サラダの魚は、地元の答志島で揚がったトロ鰆。店は海から離れたところにあるのだが、ほんの少し行けば三重県の豊饒たる海鮮食材が迎えてくれるのだ。醤油、ライム汁などを合わせたタレに葱油とごま油を加え、シェフが目の前で完成させる。

 同じく地元の伊勢海老を使った麹納豆蒸し(記事冒頭の写真)にはほんの少しご飯を添えて、海老の出汁が香る麹納豆ソースも一緒にいただく。

画像: 北海道の毛蟹、岩手産帆立貝と地元のレンコンを使った春巻

北海道の毛蟹、岩手産帆立貝と地元のレンコンを使った春巻

 春巻きは北海道の毛蟹、岩手産帆立貝だが、地元のレンコンをうまくマリアージュさせた。こうした地元以外の食材の使い方が北川さんはうまい。

画像: 上海蟹とふかひれのスープ、蕪入り茶碗蒸し仕立て

上海蟹とふかひれのスープ、蕪入り茶碗蒸し仕立て

 そしてきた川のスペシャリテともいえる、ふかひれ料理が登場。この日は、上海蟹とふかひれのスープ、蕪入り茶碗蒸し仕立てで、濃厚なスープが酒を呼ぶ。

画像: 地元の牛肉といえば松阪牛。本日はフィレ

地元の牛肉といえば松阪牛。本日はフィレ

画像: 地元産のエリンギにたまり醤油ソースで

地元産のエリンギにたまり醤油ソースで

 そして松阪牛フィレ肉を使った四川山椒焼きがフィナーレを飾った。日本でも有数の銘柄牛である松阪牛のフィレを贅沢に使えるのは、きた川ならではの楽しみである。

画像: 安乗ふぐのスープと地元名産のあおさを使ったスープ麺

安乗ふぐのスープと地元名産のあおさを使ったスープ麺

画像: 師匠譲りの担々麺

師匠譲りの担々麺

画像: 辛さを感じさせない麻辣麺

辛さを感じさせない麻辣麺

 〆はふぐスープを使った地元名産のあおさを使った麺か担担麺か麻辣麺を選ぶのだが、どれも捨てがたく、北川さんにわがままを言って、すべて食べさせていただいた。3種類とも異なったスープながら、どれも食べおわっても胃にもたれない。これが、最小限のものだけで作られたシンプルな調理のおかげなのだろう。自然に「滋味」という言葉が浮かんでくる料理なのである。

「デスティネーションレストランに選んでいただいたことはとても光栄なんですが、僕はすべての食材に地元のものを使わなくてはいけないというこだわりがあるわけじゃない。無理にこだわることでかえって料理が不自然になってしまうなら、そのほうがいやだと思うからです。たとえばうちの店は地元の方も来られるので、そういう場合は松阪牛を使いません。デスティネーションレストランといっても、うちの場合は松阪市の郊外ですから、この環境に似合った料理を作っていきたいと思っています」

画像: いちご、シャインマスカット、ラフランスの杏仁豆腐に南張メロンのシロップを

いちご、シャインマスカット、ラフランスの杏仁豆腐に南張メロンのシロップを

画像: 伊勢の郷土菓子「へんば餅」をモチーフにした白玉団子

伊勢の郷土菓子「へんば餅」をモチーフにした白玉団子

 デザートをいただいたあとは地元の郷土菓子のへんば餅仕立てのお茶菓子で締めくくる。北川さんの作った料理をサーブするのは奥様。開店してから知り合ったというのだが、息の合ったサービスでこちらもリラックスしながら楽しめる。

 地産地消にこだわり過ぎず、自然に楽しめる料理を提供したいという北川シェフの思いが伝わり、かなりの量を平らげたにもかかわらず、翌朝も胃が軽く、連日でも行きたい店となった。

私房菜 きた川
三重県松阪市伊勢寺町1020
TEL: 0598-63-1888
公式サイトはこちら

柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。

いま行くべき究極のレストラン 記事一覧

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.