美食の街として注目度が高まる千葉県、いすみ市。なかでもひときわ熱視線が注がれるのが「五氣里(いつきり)」だ。日本各地から食通を惹きつける大人のためのデスティネーションレストラン。その魅力を、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎の視点でひもとく。

BY KOTARO KASHIWABARA

画像: 木村藍シェフのスペシャリテ「30品目の野菜」 COURTESY OF ITSUKIRI

木村藍シェフのスペシャリテ「30品目の野菜」

COURTESY OF ITSUKIRI

 千葉県は不思議な場所で、インバウンドの観光客が日本で訪れた地域としては全国でトップ5に入っている。しかし、旅行関係者によると実際は成田空港とディズニーランドがあるためだそうで、それ以外は開拓されていないという。私も千葉県については東京近郊という認識しかなかったのだが、昨年、仕事で銚子市を訪れたり、第2回「ちばガストロノミーAWARD」にご招待いただき、千葉県のガストロノミーの奥深さを実感しはじめた。

 なかでもいすみ市については以前より興味があった。市を挙げて美食の街いすみ『サンセバスチャン化計画』を推し進めていたこと(世界で随一の美食都市として知られるスペイン・サンセバスチャンのような街にしようという計画)がひとつと、もうひとつは2023年にできたラグジュアリーリゾートホテル「五氣里」(いつきり)の存在だった。このホテルのメインダイニング「餐」のシェフが地元出身の女性だとは知っていたものの、先日あるイベントでお目にかかり、私の敬愛する食の大先輩がかねてから評価なさっていた、池袋「シュヴァル・ドゥ・ヒョータン」のシェフだったと知ったからだ。

画像: 都心からわずか90分で行けるリゾート PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

都心からわずか90分で行けるリゾート

PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

 シェフの木村藍さんはいすみ市で生まれ育ち、大学進学とともに上京。卒業後は金融関係の仕事に就いたが、当時から給料のほとんどを外食に費やすほどの食いしん坊だったという。
 それが高じて退職後には料理学校「ル・コルドン・ブルー」へ通いはじめ、全課程を卒業、フランス料理店で修業したのちに「シュヴァル・ドゥ・ヒョータン」のシェフに就任した。2023年には農林水産省「料理マスターズ」でブロンズ賞を獲得している。
「池袋の住宅街にあるフランス料理店でしたが、2018年にミシュランのビブグルマンとなりました。そのころからガストロノミーに目覚め、故郷のいすみ市の食材を使い始めたのです。22年にいすみ大使に就任したこともあって、いすみ市の食材を中心にしたおまかせコースに切り替え、その後故郷に戻り、24年に五氣里のトップシェフに就任しました」

画像: トップシェフの木村藍さん PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

トップシェフの木村藍さん

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 ヒョータン時代の後半2年は、店の休日前夜にいすみ市に来て生産者を訪ね歩き、営業当日の朝に帰る日々。現在はそれがさらに研ぎ澄まされ、一部の調味料以外はいすみ市と千葉県内のもの、半径20キロ以内の食材しか使わない。
「いすみ市の大原漁港は伊勢海老が日本一の漁獲量ですし、野菜やジビエも豊富です。料理も食材を生かすため、油脂分はほとんど使いません」

 五氣里は、里山にある、客室すべてに温泉がついたプライベートヴィラとグループ用グランピングテント、温泉大浴場やサウナをもつリゾートホテルだが、木村シェフの料理を味わえるメインダイニングでディナーだけの予約も可能だ。東京駅から特急「わかしお」に乗れば大原駅まで75分ほど。送迎バスもあり、都心から90分もあればリゾート気分を味わえる。

画像: サワラを薪で炙る PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

サワラを薪で炙る

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 ディナーは、外の焚火で木村シェフが作るサワラと太いひじきのアミューズからスタートする。部屋に戻ると、料理はいすみの魚介類や野菜をふんだんに使った前菜盛り合わせ。トラフグのフラン、マグロとラディッシュ、のびるのベニエ、猪とアナグマのパテ、サザエのブルゴーニュ風、リンゴのタルトなど、いすみの食材が勢ぞろいだ。

画像: 前菜の盛り合わせ。トラフグ、マグロ、サザエ、猪、アナグマなどすべて近郊のもの PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

前菜の盛り合わせ。トラフグ、マグロ、サザエ、猪、アナグマなどすべて近郊のもの

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 そして大原の名産、伊勢海老をボイルしてコンソメジュレで和えた冷製のあとは、シェフのスペシャリテである30品目の野菜へと続く。

画像: 伊勢海老の冷製。ボイルした伊勢海老にコンソメジュレ、菜の花を添えて PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

伊勢海老の冷製。ボイルした伊勢海老にコンソメジュレ、菜の花を添えて

PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

 その後も、地だこ、日本ミツバチ、アオリイカなどを使った料理が出されるが、一緒に食べる西洋なばなやケール、カーボネロ、カラフル人参、つぼみ菜などがなんともおいしく、野菜が最高のごちそうになっている。

画像: 地だこは西洋なばな、ケール、カーボネロなどとどもに PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

地だこは西洋なばな、ケール、カーボネロなどとどもに

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画像: 日本みつばちの巣蜜とブルーチーズ PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

日本みつばちの巣蜜とブルーチーズ

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画像: 人参とアオリイカ、猪のラルド PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

人参とアオリイカ、猪のラルド

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 外で炊いていたこの地方特産の無農薬のいすみ米に、青海苔をのせた小丼で口休めをしたあとは、魚と肉のメインディッシュ。この日は金目鯛と鹿ヒレのロースト、ともに近郊で獲れたものである。

画像: いすみ米に青のりをのせて PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

いすみ米に青のりをのせて

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画像: 魚のメインディッシュは色も美しい金目鯛 PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

魚のメインディッシュは色も美しい金目鯛

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画像: メインディッシュのひとつ、鹿肉ヒレ PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

メインディッシュのひとつ、鹿肉ヒレ

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 デザートのチョコのテリーヌにも、フキノトウを練りこんで季節感を醸し出すなど、春の季節のいすみ市の食材を堪能するメニューだった。

画像: フキノトウを練り込んだチョコレートのテリーヌ PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

フキノトウを練り込んだチョコレートのテリーヌ

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 私はこれまで、その地域の食材を極め、それを使った料理を作ることに全力投球するシェフを多数見てきたが、千葉という、ともすればどんなものも手に入る東京へと流されがちな環境のなかで、ストイックな状況に自分を追い込み、日々、料理を作る木村シェフの在り方に敬服した。
 木村シェフは今後の展望をこう語る。
「土中の環境や地域全体の自然環境のことをもっと勉強したいし、この土地の生産者がに長期的に生業が続くような仕組みを作らなければと思っています。そのためにも、五氣里がいすみ地域のハブのような役割を果たせるといいですね」

画像: グランピングのテント PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

グランピングのテント

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 私は今回、五氣里に一泊して、木村シェフのディナーだけでなく、里山リゾート体験も味わった。個室の風呂も温泉なのがありがたく、ディナーのあとは個室で浴びてゆっくりと休養し、翌日は大浴場を堪能したあとに朝食を味わった。
 朝食は、前日の伊勢海老の頭の味噌汁のついた日本料理だった。厚く切って塩焼きにした金目鯛がいすみ米とベストマッチング。あらためていすみ市の食材の豊富さを感じた。
 日帰りで木村シェフの料理を味わうのもいいが、昼過ぎに大原駅に着いて漁港を散策して五氣里にチェックインし、ゆったりとディナーを味わってから温泉につかるのは至福の経験だろう。それが東京駅からほんの90分ほどで楽しめるというのが、この地の魅力だ。

画像: ホテルのメイン棟 PHOTOGRAPH BY KOTARO KASHIWABARA

ホテルのメイン棟

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五氣里
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柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。

画像: 本連載の執筆者・柏原光太郎氏の新刊が好評発売中。世界中の美食家を惹きつける日本を舞台に、ガストロノミープロデューサーとしての確かな視点で選び抜いた、450軒ものデスティネーションレストランを網羅した一冊。 『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ガストロノミーツーリズム最前線』 ダイヤモンド社 ¥1,980

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『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ガストロノミーツーリズム最前線』

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