「デスティネーションレストラン」という言葉が広く語られるようになる以前から、食のプロたちを惹きつけてきた「山の幸、川の幸 郷土料理ともん」。知る人ぞ知るこの名店を、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎が撮りおろしの写真とともに紹介する

BY KOTARO KASHIWABARA

画像: タラの芽、ヤマウド、コゴミなど20種類以上の山菜

タラの芽、ヤマウド、コゴミなど20種類以上の山菜

 池袋駅から西武池袋線の特急に乗れば入間市駅までは30分。そこからは歩いても20分ほどで「山の幸、川の幸 郷土料理ともん」(以下ともん)に着く。
 簡素な外観も手伝って、一見、地方によくある郷土料理店のように思われるかもしれない。しかしこの店、料理のプロたちが足しげく訪れる、天然の山菜ときのこ、川魚料理の専門店なのである。

画像: 街道沿いにたたずむ一軒家

街道沿いにたたずむ一軒家

 春は地元の野草や雪国の極上の山菜、夏は各地の渓流から岩魚、ヤマメは釣り、鮎は投網で、秋は山に入ってきのこを採り、冬は寒雑魚やカジカなどの魚が「ともん」をにぎやかす。
 都心には全国から山菜やきのこを取り寄せて料理する店はいくらでもあるだろう。だが、この豊かな食材を採取するのは、戸門秀雄さんと 2代目を継いだ次男・剛さんのふたり。埼玉近郊だけでなく、奥多摩、長野、新潟、東北まで食材を探して足を延ばすのだ。そして奥様との3人で、店を切り盛りしている。

画像: ともんにて、テーブルから奥の厨房を眺める

ともんにて、テーブルから奥の厨房を眺める

 秀雄さんが店を開いたのは1976年、24歳の時。秀雄さんの両親が精米店と定食屋を営んでいた場所を料理店に変えた。
「もともと釣りが好きで、それを生かす特徴のある料理店にしたいと思っていたところ、松本の山菜料理店でお手伝いをさせていただいたことをきっかけにして、自分自身で山に入って採った食材を使った郷土料理店にすることにしました」
 最初はひっそりと地元客中心の店だったが、ゴルフ帰りのビジネスマンに発見されて口コミで東京から客が押し寄せるようになった。 
「大手証券会社の役員や出版社の社長さんなど、店の前にずらりとハイヤーが並んだ時期もありました。『すべて用意するから都内に引っ越してこないか』と誘われもしましたが、都内ではこの品質のものを使えないと思って断りました。でも、おいしいものを出していればどこだってお客様は来てくださる、と自信がつきましたね」

画像: テーブルと小上がり

テーブルと小上がり

 秀雄さんは料理人でもありながら、一流の渓流釣り師でもある。1984年にデビュー作のエッセイ『山の魚たちの午後―渓流歳時記』(宝島社)を著してから、現在まで9冊を上梓。2022年には『川漁~越後魚野川の伝統漁と釣り~』(農山漁村文化協会)で「第24回日本水大賞 審査部会特別賞」を、翌年には、アウトドアを通じた教育や地域活動などで社会に貢献する個人を表彰する「JAPAN OUTDOOR LEADERS AWARD 2023」を受賞したほどだ。
 2011年からは、多摩地域西部の日本料理店で修業した剛さんが2代目を継いだ。
「私の代になって冬季はジビエも始めました。狩猟だけは免許を取っていないので、鹿やイノシシ、熊などを千葉県の『猟師工房』をはじめ、各地の猟師さんから送ってもらいます。それ以外の山菜やきのこなどはほぼすべて、私や父が山河に出向き、自ら採取したものです。また、父の代から懇意にしていただいている地方の名人には今でも色々教わったり、時には山菜を送ってもらったりもしています」

 ともんを訪れた日は4月下旬だったため、メニューは山菜のオンパレード。剛さんがざるに載せて見せてくれたのは、コゴミ、フキノトウ、山ウド、ウルイ、コシアブラなど20種類以上。シドケ、シオデ、トリアシショウマなど、初めて聞く名前も多い。

画像: 突き出しのきんぴら

突き出しのきんぴら

 お通しの山ウドのきんぴらでスタート。前菜に盛られたのは、セリの礒辺巻、カタクリの花の甘酢、フキノトウの煮つけ、ツクシの酢の物など8種類。ほかにも、この日に作られた、15種類すべてを盛った皿も拝見した。

画像: ずらりと並んだ前菜8品

ずらりと並んだ前菜8品

画像: 頼んだコース(8,800円)とは別だが、本日出せる前菜のすべてという15種類を見せていただいた

頼んだコース(8,800円)とは別だが、本日出せる前菜のすべてという15種類を見せていただいた

 コゴミやフキ、タラの芽などの入った山菜と豚もつの煮込みをいただいたら、天ぷらの登場。このあたりで日本酒が欲しくなるが、日常的に地方を訪れる剛さんだけに、各地の地酒のラインアップも豊富だ。新潟県の巻機(まきはた)や鮎正宗など、飲んだことのない日本酒が登場した。
 

画像: 新潟県妙高市のお酒、鮎正宗

新潟県妙高市のお酒、鮎正宗

画像: 3皿にわけて出していただいた天ぷらのうちのひと皿

3皿にわけて出していただいた天ぷらのうちのひと皿

 天ぷらは3皿にわかれ、ヨモギ、ヤマウコギやタカノツメなど全部で10種類が出された。山菜とひと言でいうが、苦みが特徴のもの、甘さが秀でたもの、サクッという食感がおいしいものなどさまざまであることを知る。

画像: 山女魚と山菜の揚げ出し餡掛け

山女魚と山菜の揚げ出し餡掛け

 次は川魚の出番。山女魚と山菜の揚げ出し餡掛けから始まり、天然岩魚のフキノトウ味噌焼きと沢蟹の唐揚げ、そして岩魚とこんにゃくの刺身。寄生虫のリスクを考慮し、岩魚の刺身だけは養殖を使っているという。

画像: 岩魚のフキノトウ塩焼きと沢蟹の唐揚げ

岩魚のフキノトウ塩焼きと沢蟹の唐揚げ

画像: 岩魚とこんにゃくの刺身。ワサビも野生のもの

岩魚とこんにゃくの刺身。ワサビも野生のもの

画像: 山ウドの酢味噌添え

山ウドの酢味噌添え

 皮をむいて冷やした山ウドを酢味噌で食べたあとはメインディッシュの山菜鍋。山ウド、ミツバアケビ、ウルイ、コシアブラなど10種類ほどの山菜に、キクラゲ、ウスヒラタケなどのきのこも入った鍋で、全体的に薄味ながら、両者のだしが効いて、最後まで飲み干してしまったほど。

画像: だしの効いた山菜鍋

だしの効いた山菜鍋

 さらには山菜ときのこの炊き込みご飯が土鍋で出されて大団円。さすがに満腹で半分以上は持ち帰らせていただいた。
 

画像: 山菜の炊き込みご飯

山菜の炊き込みご飯

 続けて甘い雪下人参、オオイタドリの新芽の甘酢シャーベットでコースを終える。デザートまでほとんどすべての料理に山菜が使われているが、まったく飽きがこない。

画像: オオイタドリの新芽の甘酢シャーベット 写真提供:ともん

オオイタドリの新芽の甘酢シャーベット

写真提供:ともん

 私は講演会などで、東京には世界中の食材があるが、収穫や漁獲などから日数が経っているし、経緯や過程がわからない。いっぽう地方のものは時間が経過していない上に誰が採ってどのように仕事をして届くかわかるため、こうした食材を使いたい料理人が近年増えている、と話すのだが、ともんの場合はまさに、すべて目の前の戸門親子が採ってきたもの。こんな贅沢な食事はない。
「山の木が切られたり、支流が住宅地になったりと環境が変わると天然の食材にも影響が出ます。いまはまだ無くなったものはありませんが、採れる時期が早まったり場所が変わったり、と変化しています。私たちはこの豊かな食材を絶やさないためにも、すべてを採らないことを心がけています。そうした小さな心がけで、山や川の幸はまだまだ手に入れることができると思っています」
 と、剛さんは語る。

 実は剛さんのお兄さんの慶さんも、一時期この店を手伝っていたが、そのときにドタキャンされたことから思いつき、キャンセルされた飲食店や予約がむずかしい飲食店のデジタル予約や決済を行うサービス「ポケットコンシェルジュ」を創業し、料理の世界から一歩踏み出した。私がこの店を知ったのは、慶さんに連れて行っていただいたことがきっかけだった。
 デジタルとアナログ、まるで正反対のようだが、この国の食文化を担う兄弟がこんな場所から生まれたことに私は感慨をおぼえた。

画像: 戸門秀雄さん、奥様のみね子さん、そして2代目の剛さん

戸門秀雄さん、奥様のみね子さん、そして2代目の剛さん

山の幸、川の幸 郷土料理ともん
埼玉県入間市春日町1-3-2
TEL. 04-2962-2507
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柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。

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