アメリカ人のシェフたちが今、ディナーほどかしこまらず、カクテルパーティともちょっと違うフランスのある習慣に傾倒している。その理由とは?

BY ALEXA BRAZILIAN, PHOTOGRAPH BY MELODY MELAMED, SET DESIGN BY ADRIAN ABABOVIĆ, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 昨年12月に、ジョシュ・サフディ監督・製作の映画『マーティ・シュプリームーー世界をつかめ――』の完成披露プレミア上映会の打ち上げで、同作品の出演者や製作者たちがマンハッタンにあるナショナル・アーツ・クラブに集まった。ブラックタイで正装して着席するような正式なディナーではなく、「アペリティフ・ディナトワール」のためだ――それはフランス発祥の習慣で、カクテルパーティとディナーを融合させた、いわばハイブリッド的な宴だ。そしてこれが今、米国で人気を集めているのだ。

画像: 料理本の著者であり、レシピ創作者のアンディ・バラガニが制作したアペリティフ・ディナトワール用のごちそうの数々。左から、薄いパイ生地を幾層にも重ねて焼き上げたトルコの伝統的なお菓子バクラヴァ、チコリ、柑橘類をあしらったドーム型ケーキ、ゴマとブラッククミンを混ぜて焼いた平たいパンと生のハーブ。バラの花びら、苺、マッドリバー・ブルーチーズ(註:バーモント州でオーガニックの無殺菌牛乳を使って作ったチーズ)、ヨーグルトのディップ。球形の山羊のチーズの表面には砕いたピスタチオを塗った。チーズの盛り合わせタワー。テーブルクロスは18世紀初頭に織られたフランドル地方のタペストリーを手本にして、イギリスの布と壁紙のメーカーであるワッツ1874が制作した。 SET DESIGNER’S ASSISTANT: UMA TUFEKCIC. CHEF’S ASSISTANT: JASON KHAYTIN. FOOD STYLING ASSISTANT: KATHERINE CAROTHERS. PHOTO ASSISTANTS: IVORY SERRA, ANNA NOSWORTHY

料理本の著者であり、レシピ創作者のアンディ・バラガニが制作したアペリティフ・ディナトワール用のごちそうの数々。左から、薄いパイ生地を幾層にも重ねて焼き上げたトルコの伝統的なお菓子バクラヴァ、チコリ、柑橘類をあしらったドーム型ケーキ、ゴマとブラッククミンを混ぜて焼いた平たいパンと生のハーブ。バラの花びら、苺、マッドリバー・ブルーチーズ(註:バーモント州でオーガニックの無殺菌牛乳を使って作ったチーズ)、ヨーグルトのディップ。球形の山羊のチーズの表面には砕いたピスタチオを塗った。チーズの盛り合わせタワー。テーブルクロスは18世紀初頭に織られたフランドル地方のタペストリーを手本にして、イギリスの布と壁紙のメーカーであるワッツ1874が制作した。

SET DESIGNER’S ASSISTANT: UMA TUFEKCIC. CHEF’S ASSISTANT: JASON KHAYTIN. FOOD STYLING ASSISTANT: KATHERINE CAROTHERS. PHOTO ASSISTANTS: IVORY SERRA, ANNA NOSWORTHY

 19世紀のヴィクトリア朝ゴシック様式のタウンハウスの館内に、前菜の品々がテーブルいっぱいに、美しく芸術的な形で飾りつけられている。その光景はまるで、1700年代のオランダで描かれた静物画のように見える。前菜を手がけたのはニューヨークのシェフ、リビー・ウィリスだ。招待客たちはクラブ内の部屋から部屋へと自由に移動しつつ、クリスタル製や銀製の容器の上に飾られた燻製肉や、鶏肉のロール巻き、チョコレートでコーティングされた苺などをつまんでいく。このパーティをプロデュースしたのは、スー・チャン率いるニューヨーク拠点のマーケティングとイベント運営の企業だ。チャンいわく、この形式のパーティの利点のひとつが、ソーシャルメディア上でその魅力が誰にでも簡単に伝わりやすいことだという。42歳の彼女が言うには、着席式のディナーでひとりひとりに提供される料理や、カクテルパーティでスタッフがトレーにのせて運ぶひと口サイズのオードブル料理と比べて、「巨大な飾りつけで提供された食材を見ると興奮するし、写真映えがいいから」だという。「それに、招待客がより多くの人と交流しやすく、話しやすいし」。また、肥満治療薬としてのGLP-1受容体作動薬がこれだけはやっている今、ほんの少しだけ何か食べたい客――あるいはまったく何も口にしたくない客も、この形式のパーティなら参加しやすいのだ。

 フランス語で「夕食」の意味を表す言葉「dîner(ディニ)」に接尾語の「-atoire」をつけると、機能や目的を表す言葉となる。つまり「ディナトワール」とは、つきつめれば、正式なディナーの代わりの食事という意味だ。また「アペリティフ」(もしくは、よりくだけたフランス語では「アペロ」)は食前酒を意味する。つまりアペリティフとディナトワールを合体させることで、従来のアペリティフに21世紀的な意味合いが新たに込められているわけだ。そもそも食前酒であるアペリティフは、のちに「よき時代(ベルエポック)」と称されることになった19世紀末から第一次世界大戦前にかけてのフランスで、夕食前の習慣として定着した。第一次世界大戦前の19世紀末、パリ住民たちは夕刻になると、一杯飲むために大挙してレストランに駆けつけるのが習わしだった――発酵の途中で蒸留酒を加えた酒精強化ワインに南米原産のキナの樹皮から抽出されるキニーネを配合したデュボネや、アルコール度数の高い薬草系リキュールのアブサンなどが当時は人気で――酒のつまみはピーナッツやオリーブの実が定番だった。そして今から20年ほど前から、カクテルを楽しむという意味だったアペロの定義が拡大し、夕食までを含むものとして新たに認識されはじめた。当時、フランスでカジュアル・ダイニングが人気を博していたことがその背景にある。フランスではアペロ・ディナトワールは、イベントとして開催されるのではなく、各家庭で行われるのが普通だ。コーヒーテーブルの上に軽食がのったトレーが置かれ、ワインを添えるのが一般的だ。唯一のルールはほとんどの軽食が、ひと口サイズであることだ。生野菜のスティックとディップや、ハムやサラミやチーズなどがまず最初に出される。続いてもう少し食べごたえがあり、温かい料理の品々が出る。たとえば、ひと口サイズのキッシュやグジェール(フランス語でシュー生地にチーズを練り込んで焼く料理の意)やケークサレ(塩気があり、肉やチーズを混ぜて焼いたケーキ風味のパン)などがそうだ。デザートは果物か、マドレーヌやマカロンなどのミニャルディーズ(小さなお菓子)が多い。

 ディオールやルイ・ヴィトン、シャネルなどを顧客に抱え、パリを拠点として創造的なイベントを手がけるバルボステという制作会社がある。同社の共同創業者でクリエイティブ・ディレクターでもあるシャーロッテ・シットボンが、最近、パリ郊外のヌイイ= シュル= セーヌにある彼女のアパートメントで友人たちを招いてアペロ・ディナトワールを催した。彼女がふるまったのは、冬大根にバターを添えた盛り合わせや、ミートボール、アップルタルトなどだ。「食材はすべてオーガニックで旬のもの。奇をてらったものは何もない」と39歳のシットボンは言う。「飾りっ気なしで、華美な盛りつけも一切なし。ただ、みんながほっと温かい気持ちになれる料理を出しただけ」

 だが、米国ではフード・アーティストたちが赤紫色のチコリを塔の形に飾りつけたり、本物の果物そっくりに見えるトロンプルイユ・ケーキ(註:トロンプルイユはフランス語で「目を騙す」の意)で趣向を凝らすなど、やりすぎの感があるため、アペリティフ・ディナトワールも自然と派手になりがちだ。2月に開催されたニューヨーク・ファッション・ウィーク中にJ・クルーが開いた立食のみのパーティでは、ベトナム人のフード・アーティスト兼スタイリストのトゥー・ファム・ブーザーが、全部で5つのテーブルに飾る料理の制作を任された。ひとつのテーブルの上にはバターで作った彫刻の数々や蝶ネクタイの形をしたパンが飾られ、また、別のテーブルには、手彫りの模様が刻まれたヘチマや、スペイン語でアホ・ブランコと呼ばれるカボチャの冷製スープが、大きなボウルに入って配置されていた。そしてデザートとして登場したのは、ゴマを混ぜて焼き上げたメレンゲ生地の層にクリームをのせたパブロバ(註:豪州発祥のケーキ)を「眼の形」にデザインしたものだ。さらにパッションフルーツを使ったカード(凝乳)や、まるごとのブラックベリーも飾られていた。

 ニューヨーク在住で36歳のアーティストのジェン・モンローは、ファッション関係やデザイン関係の顧客たちのために、ディナトワールの機会を利用して、ビジュアル的によりインパクトの強いプレゼンテーションを提供している。昨年、彼女が家具販売チェーンのデザイン・ウィズイン・リーチのマンハッタンにある店舗内のショールームのアレンジを担当した際には、ひとつのテーブルにはさまざまな種類の乾燥ソーセージやサワードゥ(註:小麦やライ麦と水のみで作る天然酵母の一種)のパンを大量にのせた。そして別のテーブルには、ねじれた紐のような形のパンがアーチを描くようにディスプレイされた。それはまるで海面に身体の一部を浮上させた海の怪獣のように見えた。さらにミニサイズのにんじんの先端やチコリ、紫アスパラガスなどが、テーブルの上に直に敷かれたバターナッツかぼちゃとゴマペーストを混合したディップの絨毯に植え込まれて、まるで林のように屹立していた。そしてその野菜スティックの間を、ねじれた紐状のパンがまるで縫うように配置されているのだ。「より柔軟な形で提供される食事を求める声が、ますます高まっている」とモンローは言う。その理由は、単純に言って、そのほうが見栄えがいいディスプレイを簡単に実現しやすいからでもある。ディナトワールの料理を準備する際には業務用キッチンを使う必要がないうえ、テーマに沿った食事を提案するのにも適している。たとえば、昨年12月に、絨毯ブランドのベニ・ラグスの祝日を祝うパーティのために、36歳のシェフでフードライターのアンディ・バラガニが起用され、同社の創業者のマンハッタンのロフトに集まった150人の招待客向けにテーブルに飾りつける食事を担当した。この日のテーマは「スキー場で滑ったあとの打ち上げパーティ」だった。

 そこで彼はアルプス地方の山小屋の形をした氷の彫刻を作り、その中に空洞のトンネルを仕込み、マティーニを流し込んで冷やして飲むためのアイス・ルージュを制作した。さらに、砕いた氷の上にシュリンプカクテルを山のように盛り、野菜を浸して食べるチーズフォンデュも作った。極めつけは高さ61㎝のベイクド・アラスカ(註:スポンジケーキの上にアイスクリームをのせ、メレンゲで全体を包んだデザートのこと)だ。そのベイクド・アラスカは、パーティが佳境に入った頃に着火され、全体が炎に包まれた。「カクテルパーティが長時間続いたように感じたけれど」とバラガニは言う。「でも、誰もがおなかいっぱいになった」

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