BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
“旬”の佐渡を味わい尽くしたいと、リサーチをしていて意表を突かれたのは本格的な“フレンチ”を味わえる店が充実していたことだ。今回は、変化球に富んだ厳選の2店に加え、美味しい一皿を支える生産者の物語をお届けする
《EAT》「LA PAGODE(ラ パゴット)」
佐渡の森羅万象をフレンチスタイルで味わう
フランス語で仏塔を意味する「LA PAGODE」は、佐渡で唯一の五重塔が建つ妙宣寺の向かいに佇む。漆黒の焼き杉の外壁とビビッドなコントラストを放つ、アップルグリーンに彩られたブースにはフランス製の薪窯が据えられ、ひときわ誇り高きオーラを放っている。レストランの主はパリのガストロノミーの世界で、⾷と芸術を融合させる“デザイン・キュリネール”の礎を築いたフランス人シェフ、ジル・スタッサールさんだ。3年前に家族とともにこの島へ移住し、「森と火と食をつなげるラボ」というコンセプトを掲げて2022年にレストランをオープン。「太古から人間は火を焚き、自然からのギフトを変容させて食してきた。その原始的な視点を取り戻し、直火が宿るこの空間で、料理を通し佐渡に暮らす人々と心地よい関係性を積み重ねたい」というジルさんの思いを、妻の朋さんが代弁。森から薪を切り出し2年もの年月を費やして乾燥させ、その薪をくべた窯は600℃に達したのちに、2日かけて緩やかなカーブを描き200°Cまで下がる。「ピザを焼くときは350〜400℃、もう少し下がるとパン・ド・カンパーニュを」というように、ジルさんは熱の塩梅に合わせて最適な一皿を紡ぎ出す。ここでは現代人の歩幅とは異なる、深淵な時間の流れのなかで食を巡る風景が繰り広げられているのだ。
「パリの暮らしの大切なことはマルシェから学んだ」というジルさんは、ここ佐渡においても食の生産者との繋がりを大切にしている。地元の漁港で水揚げされるムール貝や蛸、豊富な種類の魚、関西から移住した女性が一人で手掛ける農園のスパイスから島の南東で除草剤を使わずに育まれた小麦、近所に住まう野菜作りの名人から届けられる畑の実りまで。“素材のクオリティこそが料理の鍵を司る”というパリ時代の哲学を貫きながら、半径10km以内の地産地消を目指して作り手と直接対話することを欠かさない。「海のもの、山のもの、畑のものに恵まれ、それぞれの生産者と地域の人が集う。このコミュニティこそが自分たちが理想とするレストランの在り方。佐渡の自然と人の恩恵に預かって、ジルの料理も一層の好奇心が漲ります」と妻の朋さん。この日、オーダーしたのはディナーのアラカルトから鴨のローストと舌平目のムニエル。もちろん、どちらも佐渡産だ。低温で3時間かけて火を入れた鴨は、ジビエ特有の香りの奥行きと甘みが噛むほどに満ちる。ナツハゼの実のソースの酸味と蔓紫の苦味が絶妙。舌平目にはホーリーバジルのペーストをあしらい、窯で焼いた茄子も心憎いアクセントに。
オープンから1年を迎えたこの秋、「LA PAGODE」では新たなプロジェクトが幕開けた。佐渡の素材を活かした5つのプロダクトが誕生したのだ。ラボが最も大切にしている「森」と「火」を冠した2種類のフレーバーオイル、「月」や「魔法」というドラマティックな味覚の旅を誘う2種類のマスタード、そして「食べることを作るという愛」という詩的なフレーズをネーミングした苺のマーマレード。苺は、地元の酒造会社「北雪酒造」がリキュールで使用した廃棄食材を、バジルと合わせて再加熱したもの。地域の循環や自然環境に貢献したいというラボの思いを、佐渡から地方へ、さらには世界へと届ける第一歩を踏み出した。帰り際、ジルさんがつまみ食いさせてくれたのは翌朝のために仕込みをしていた天然酵母の薪窯仕上げのクロワッサン。直火の余熱が染めたムラのある焦げ色や口いっぱいに広がるバターの香りが、霧雨に煙る午後の静けさの中で幸せの余韻となった。
住所:新潟県佐渡市阿仏坊18-1
電話:080-6551-5033
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《BUY》「カルム農園」
“雑草”とともに夢を紡ぐ開拓者
羽を広げたようなフォルムの佐渡島は、左上を大佐渡、右下を小佐渡と呼ぶ。カルム農園は、小佐渡の西南に位置する羽茂(はもち)という海を見下ろす山間の地で2020年に開墾した。佐渡⽜の糞の堆肥や牡蠣殻、籾殻燻炭など、佐渡の資源を利用しながら地道に土づくりから取り組んでいる。農園の主は、神戸から移住した梶原由恵さんだ。北の孤島で、たった一人で自然と向き合いながら手の届く範囲、地に足のついた農業を目指している。そのきっかけは、30代で体調の変化から食を見直したこと。「食べるものが体を作っていますから。安心、安全で元気の出る農作物を一人でもたくさんの方へ届けたい」と語る。見学させていただいた畑は、作物よりも雑草の存在が際立っていた。そのことを伺うと「雑草は土を助けてくれる存在。干ばつから畑を守り、梅雨どきには水を吸い上げてくれ、海風の強いこの土地では風除けにもなる」と、もはや同志のように雑草を讃える。
「一人で手掛ける農業には収穫量に限界がある」ということから、次に梶原さんがトライしたのはオリジナルのスパイス作り。ニンニクや柚子、山椒から青じそ、蜜柑まで。佐渡の大地が育んだ香り高いスパイスは、先んじて紹介した「LA PAGODE」でも使われるほか、佐渡のショコラティエとのコラボレーションを果たすなど、この地で食の豊かさを求める人々の点と点とを結んでいる。そんな梶原さんの夢は、自らが経験してきた農業の喜びを体験してもらえる施設をつくること。その手始めとして、この冬にはスパイス作りのワークショップも行う直販所をオープンする予定だという。取材に訪れた頃、移動する先々の道すがらには、金色のセイタカアワダチソウが群生していた。ふと、この花は来年も再来年も、同じ時季に佐渡の晩秋を彩るのだと思った。自然とはその繰り返しなのだと。軽トラックを笑顔で逞しく乗りこなす梶原さんに見送られながら、この田畑に変わらぬ実りがもたらされることを願った。
住所:新潟県佐渡市羽茂小泊(地内)
電話:090-2280-5825
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《EAT》「origine(オリジヌ)」
食の時間を慈しむ、港町の朝食
旅先では、時に格別な朝食を振る舞う店と出会える。小佐渡の最南端、小木の港町で朝7時からオープンしている「origine」も、そんな一軒だ。米麹で発酵させた仄かに甘い食パン、サラダには新潟ならではの菊の花弁の酢漬けがあしらわれ、江戸時代からこの地区で栽培されている伝統野菜「八幡いも」からは大地の優しさが漂う。丁寧に裏漉しされたカボチャのポタージュを一口含むと、途端に身体中に口福が巡る。慌ただしい日々の朝食では「今、何を口に運んでいるのか」さえ意識が及ばないことがあるが、この店ではそれぞれの食材の個性が語りかけてくるかのよう。「食べることは生きるために必然の行為だけど、“どう食べるか”を考えることはとても大切だと両親におそわった」と、オーナーシェフの伊藤 薫さん。
伊藤さんは新潟県の中越地区で、養鶏を営む自然卵を生業にする家に生まれた。幼少期は父親に伴われ、1日のほとんどを畑や森で過ごしたそう。まるで、レイチェル・カーソン著の『センス・オブ・ワンダー』に登場する少年を思わせる、森に育てられた伊藤さんが奏る料理は“唯ならぬはず!”と直感。朝食後、特別にディナーのおすすめを撮影させていただいた。全6品からなる夜のコースから伊藤さんが選んだ一皿は、主役となる佐渡牛の藁焼き。佐渡牛は年間で約30頭しか出荷できない幻の牛だ。潮風に包まれた佐渡稲藁を食べながら、5〜10月にはのびやかに育つため、その味わいは柔らかくジューシーな肉質とあっさりと円やかな甘みが特長。伊藤さんは、生産者である牧場を訪ね、島外にある加工の現場も見学し、牛の命が人間の食べ物に変容する過程をしっかりと受け止め、想いをのせて火を入れる。撮影のシャッターを切り終えるのを待ちかねて食したステーキは、言わずもがな。ひと噛みひと噛みを、記憶に刻むようにゆっくりと味わった。
丸の内の星つきフレンチで修行した経歴をもつ伊藤さんだが、「origine」の料理は、「あくまでもフレンチを礎にした佐渡の海や山、畑や酪農の恵みと季節の瞬間を合わせるイノヴェーティブな料理」だと語る。佐渡に移り住み無農薬の野菜作りにも挑戦、暮らすことによって日々感じる島の風土を体と心で受け止め、それを料理する。「自然の中は、ひらめきの時間です。山を歩き、土に触れながら“あるものを、どう生かすか”ということを常に考えています」。秋を見送り長く厳しい冬が訪れると、佐渡牛はぐっと身が引き締まり、魚の美味しい季節がやってくるという。取材が終わり駐車場から旋回する車に、いつまでも手を振ってくれた二人の姿が、帰り道の田んぼで睦まじく佇んでいた、つがいの朱鷺の姿に重なった。
住所:新潟県佐渡市小木町1940-3 1階
電話:080-2115-9996
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