豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。そんな“ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す本連載。今回紹介するのは、相模湾を望む起伏に富んだ独特の景勝に惹かれ、多くの文人墨客が別荘を構えた熱海。まずは、この土地を見守る2つの神社を参詣したい

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: 龍神伝説が宿る「伊豆山神社」。境内に佇み深呼吸をすると心の隅々まで清まるよう

龍神伝説が宿る「伊豆山神社」。境内に佇み深呼吸をすると心の隅々まで清まるよう


《SEE》「伊豆山神社」
紅白龍が宿る山辺の社の“気”を味わう

画像: 伊豆山神社の参道へは、海辺の走湯神社から835段の階段で繋がっている

伊豆山神社の参道へは、海辺の走湯神社から835段の階段で繋がっている

「境内に到着され、どのように過ごしましたか」──伊豆山神社の宮司・水谷智賢さんに問われ、数分前の行動を振り返る。階段を息も絶え絶え登り、足早に手水舎へ向かったのち本殿へ直行。ちょっとしたお願いごとと旅の安全を心でつぶやくという、通例と変わらぬルーティンを思い返す。「神社というのは、基本的に気の巡りのよい場所です。いきなり参拝する前に、時間の許す限りゆったりと過ごしてください。できれば目を閉じて、空気を味わうといいですよ」と水谷さん。

画像: 本殿は相模湾を一望する海抜170mの高台に境内は立つ

本殿は相模湾を一望する海抜170mの高台に境内は立つ

画像: 曇り空と水平線とがニュートラルに溶け合う景色がノスタルジーを誘う

曇り空と水平線とがニュートラルに溶け合う景色がノスタルジーを誘う

「境内でゆったりと過ごす」ことで自分の中にどんな変化が訪れるだろう。足早に参拝した後ではあるが、宮司の助言を思い返し伊豆山の気をいただくことに。本殿のさらに奥に立つ「白山社」を目指し、かつて修験道だった自然のままの険しいデコボコ道へと向かう。日頃の運動不足を悔いながらも、大地や木の根を足の裏で感じながらゆっくり歩みを進めること約20分。視線の先に朱塗りの鳥居を見つけると、山の空気が胸にすーっと吸い込まれ、細胞に染み入るようであった。目を閉じ視界を遮ると、風に揺れる樹々の葉音や鳥の声が耳を心地よく擽る。この原始的な体験で、生きるための大切な感覚を取り戻したようにさえ思えた。

画像: 樹々の根に支えられた白山社への参道

樹々の根に支えられた白山社への参道

画像: 森に抱かれるように立つ朱塗りの鳥居のなんと美しいことか

森に抱かれるように立つ朱塗りの鳥居のなんと美しいことか

画像: 祠はさらに上の急斜面に立つ

祠はさらに上の急斜面に立つ

 山から降りて改めて境内を見渡すと、初見とは異なる聖域に足を踏み入れたようである。そこで、改めて神社の縁起をひもとく。伊豆山の地下には赤白二龍が臥し、火を司る赤龍と水を司る白龍が交わり、この地に温泉を生み出したという伝説が宿る。走湯大権現と称され、一説によれば、とめどなく湯が湧き出るこの地はいつしか湯が“いづる”=“伊豆(いず)”と呼ばれるように。神社の創建も古く、平安時代初期の大同2年(西暦807)へと遡る。坂上田村麻呂による東夷征討に際して、伊豆山での祈願成就のお礼として社殿を創建、「積羽八重言代主神」を祀り、当初は「不老山神社」と称し鎮座祭を執り行ったのがはじまりだとか。さらに時代は下り、平治の乱で流された源頼朝が北条政子とともに深い信仰を寄せたことでも知られ、二人が腰掛けて語ったとされる巨石も残る。

 遠い昔の歴史を手繰り寄せているうちに静かな雨が訪れ、ふと境内を振り返ると梛の木が瑞々しく輝いていた。何やら心の澱が流されたような、軽やかな気持ちで社を後にした。

画像: 手水舎には赤白龍の伝説をもつ社を象徴するオブジェが

手水舎には赤白龍の伝説をもつ社を象徴するオブジェが

画像: 境内に植えられた御神木の梛の木。お湿りによって葉の緑がひときわ艶めきを増した

境内に植えられた御神木の梛の木。お湿りによって葉の緑がひときわ艶めきを増した

住所:静岡県熱海市伊豆山708-1
電話:0557-80-3164
公式サイトはこちら

《SEE》「來宮神社」
樹齢2100年の大楠から英気をあやかる

画像: 御神木の落葉した化身はお守りとして購入できる

御神木の落葉した化身はお守りとして購入できる

 山間の伊豆山神社から海へ向かい車を走らせること数分。熱海らしい勾配に富んだ地形をいかした「來宮神社」が現れる。正確な創建は不明だが、その歴史は奈良時代710年へと遡り、全国44社の“キノミヤジンジャ”の総社として信仰を集めている。敷地に足を踏み入れると清々しい樹々のトンネルに迎えられ、大樹を眺めながら参道を進む。まず目指したいのは、熱海屈指のパワースポットとしても知られる本殿左手に厳かに佇む大楠だ。推定樹齢は2100年。紀元前から熱海の地を見守っている。

画像: 奥行きを感じさせるように社殿が配され、歩を進めるごとに高揚感が増す

奥行きを感じさせるように社殿が配され、歩を進めるごとに高揚感が増す

画像: 全国で2番目に、本州では随一の巨樹に認定された御神木の大楠

全国で2番目に、本州では随一の巨樹に認定された御神木の大楠

 江戸末期まで來宮神社は“木宮明神”と称され、古代の人々が“神にお降り願う木”として尊び、聖なる木として崇められてきた。高さ26m、幹周23.9mに及ぶ大楠は、昭和8年に国指定天然記念物に指定。通年にわたり青々とした葉を湛え、現在でも成長し続けるという超越した生命力を誇ることから、不老長寿や無病息災の象徴に。大楠にそって一周歩くと寿命が一年延びると信じられると同時に、願い事を心に秘めて歩を進めることで願いが成就すると言い伝えられてきた。天を仰ぐように広がる樹形、力強く躍動感溢れる幹の表情、巨岩を抱きかかえ大地をしっかりと捉え深く食い込んだ根は、人の手の及ばぬ芸術のようでもある。

画像: ゴツゴツとした幹のこぶは、岩のような様相を呈する

ゴツゴツとした幹のこぶは、岩のような様相を呈する

 あらゆる歴史の変遷を見つめ黙として佇む仙人のような御神木を後に、参道へと戻ったら境内のカフェでひと息。敷地内には4箇所ものカフェがあるが、この日は社務所に近い「報鼓(ほうこ)」のテラスに座する。名物は、大麦を炒って甘味を加えた麦こがし。ボウロや饅頭、ソフトクリームなどさまざまなメニューのバリエーションが連なるなか、この日は「麦こがしシフォン」を注文。口溶けの余韻にふわりと麦の香ばしさが追いかけ、遠い日の記憶を引き寄せるような懐かしさに包まれた。再び社を訪れた折には、麦こがしの優しい香りが、残暑の取材のワンシーンを思い起こさせてくれることだろう。

画像: 大楠とカフェを結ぶ竹林の小径

大楠とカフェを結ぶ竹林の小径

画像: 懐かしさを誘う麦こがしシフォンと、キャラメルラテの現代的なテイストが絶妙に溶け合う

懐かしさを誘う麦こがしシフォンと、キャラメルラテの現代的なテイストが絶妙に溶け合う

住所:静岡県熱海市西山町43-1
電話:0557-82-2241
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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