BY KANAE HASEGAWA

瀬戸内海に浮かぶ佐木島に、2026年開業予定の「NOT A HOTEL SETOUCHI」。海を見下ろす1万坪の半島に建つ3つのヴィラのひとつ「270」は、視界が270°開かれている。日本にこんな土地があったのかと驚く
COURTESY OF NOT A HOTEL
今週は森に囲まれ、目の前で刻々と変化する天候を感じながら北軽井沢のヴィラで過ごそう。そして来週は見渡す限り海という宮崎県の青島のヴィラで人目を気にすることなく過ごそう。これらはホテル滞在とは異なる、NOT A HOTELが可能にする暮らし方。ひとつの物件を最大36人で所有することで、新たな家の持ち方を提案するサービスだ。一年の日数をオーナーの数で割り、分割された日数分、そのヴィラに毎年滞在できる。権利を持つ日数内であれば、所有する物件だけでなく、ほかの物件も相互利用できる。2020年のローンチとともにアーリーアダプターたちから注目を集めた。
その理由は、数億円する所有権の売買を、実際の建物を見ることなく、インターネット上の画像を見て行う仕組みにある。それもそのはず、物件は販売時に存在していないのだから。画面に映っているのはすべて精巧に生成されたCGパース画像だ。にもかかわらず、2021年9 月に販売が始まると、24時間で15億円分が売れた。
「ZOZOがアパレルで確立したECの仕組みのように、最初から在庫を持つのではなく、注文が入って初めて建設に取り掛かるというビジネスモデルです」
そう話すのはNOT A HOTELの創業者でCEOの濱渦伸次。彼はZOZOでアプリを展開した人物だ。注目を集めている理由はほかにもある。気鋭の建築家やデザイナーがヴィラを手がけているからだ。インテリアデザイナーの片山正通をはじめ、谷尻誠と吉田愛が率いるSUPPOSE DESIGNOFFICEらがデザインした物件はすでに完成し、ほぼ連日稼働している。

2024年内販売開始予定の「NOT A HOTEL TOKYO」。NIGO®が空間の隅々までディレクションする。ベッドルームはオーシャンビューを確保
COURTESY OF NOT A HOTEL

プールスペースは目の前に広がる東京湾と溶け合うかのよう
COURTESY OF NOT A HOTEL

断崖絶壁に建ち、屋根の上にアーティスト、KAWSの彫刻をのせたヴィラはそれ自体がアートピース
COURTESY OF NOT A HOTEL

NIGO®が床の間の位置や釜の位置を工夫した茶室
COURTESY OF NOT A HOTEL
さらに、建設が進行中のヴィラには藤本壮介、ビャルケ・インゲルスの設計事務所「BIG」が参画している。名の通ったラグジュアリーホテルブランドではなく、住宅宿泊事業のスタートアップに、これほどのビッグネームが賛同したのはなぜだろう?
「僕が彼らの活動や考えを理解したうえで、彼らの創造性を存分に活かしてもらえる環境を提供していることが、クリエイターにとって魅力的なのかもしれません」
ほぼ白紙状態での依頼。制約は敷地の環境のみ。その敷地が建築家たちの創造力を刺激してきた。たとえば、沖縄県石垣島で2025年夏に開業予定の「NOT A HOTEL ISHIGAKI EARTH」。計画地は無人島かと思うほど人工的なものが一切ない、9586㎡の草原だ。この土地に、数棟ではなく、一棟だけを建てるという大胆不敵なプランを出してきたのは藤本壮介。大きな輪の形をした建物は緑化された屋根が緩やかに地上階へとつながり、建物そのものが丘陵地のように大地と一体となる。広大な敷地も含まれるとあって、ヴィラの共同所有権の価格は毎年30泊の所有権が約3.5億円。第一期販売は2 日間で売約済みとなり、すでに全口数が完売している。
「CGのみで物件を販売して、売れなかったら建てないというビジネスモデルなので、そもそも破綻することがないんです。だから、とてつもなくやんちゃなことも、やってみることができるんです」
とはいえ、事前のリサーチは入念に行う。「ロケーション選びに最も時間をかけます。あの建築家ならこの敷地をどう読み解いて、どんな見たことのない風景を生み出してくれるだろう。そんなイメージをしながら、常日頃から敷地を探し、取得した時点ですでに依頼する建築家が決まっています」。決め手となるのは「売れなかったら自分が買い取る覚悟でいますから、どれも自分がワクワクし、欲しい建築かどうか」だという。実際に滞在したオーナーのSNSへの投稿を読むと、どれも満足度がすこぶる高い。それは前述のロケーションや建築に対する評価だけでなく、ヴィラでの体験に導くユーザーインターフェースといったソフト面も大きな要因となっている。NOT A HOTELはすべての操作を専用アプリで行う。アプリを開くと、国内9 つの拠点(2024年9月時点)の中で自分が所有するヴィラが画面に表示される。一年で権利を所有する日数分、滞在できないときは、ホテルとして自動的に貸し出される。こうしたソフト面でのスムーズさが全体の満足度につながっている。
「実のところ、CEOとして最良だった意思決定はホテルのオペレーションの内製化です。ホテルを所有する事業主と、オペレーションを担う運営側が異なるのが今の潮流ですが、NOT A HOTELは食事の提供から清掃まで、極端に言えば、土地探しからチェックアウトまで、すべて自社で行います。そうすることで滞在者からのフィードバックが一カ所に集まり、素早く対応できますし、常に改善に努めています」
2027年にはクリエイティブディレクターのNIGO®がディレクションする「NOT AHOTEL TOKYO」も誕生する予定だ。
「僕はクリストファー・ノーラン監督の映画『インセプション』の世界が好きなんです。他人の脳内に侵入し、考えていることを盗み出してしまうという作品です。そのことをNIGO®さんに伝えて、頭の中を売らせてもらえませんか、とお願いしました」
濱渦のこの発想が、NIGO®をその気にさせた。NIGO®の好きな家具や思い描いている暮らしなど、彼の世界観を実際の空間に表現したヴィラが誕生する。そのヴィラは、東京湾を一望する岩壁と一体化したように建つ。すでに公開されているCGを見ると建物自体がアートのようだが、ここにいち早く一泊できる権利をファレル・ウィリアムスが立ち上げたインターネットオークションサイト「Joopiter」で競りに出したところ、約1,000万円で落札された。

北海道のスキーリゾート地・ルスツに建ち、2025年冬販売予定の「NOT A HOTEL RUSUTSU」は、雄大な自然の一部となるような建築を数多く手がけるノルウェーの大手建築設計事務所、スノヘッタが設計。スキー場のふもとではなく、スキー場を見下ろす山頂にあり、羊蹄山の眺望をひとり占めすることができる
COURTESY OF NOT A HOTEL

宮崎県青島の海を一望する「NOT A HOTEL AOSHIMA CHILL」。目の前の海岸線とシームレスにつながる幅15m以上のプライベートプールからはもちろん、どの部屋からも海を望むことができる。住宅からホテル、商業施設までを手がける建築家の大堀伸による空間は、非日常性と住宅の日常性がバランスよく同居する
COURTESY OF KOZO TAKAYAMA

2025年夏開業予定の「NOT A HOTEL ISHIGAKI EARTH」。石垣島の海沿いに広がる約3000坪の敷地に、内外の境界が曖昧な大地から立ち現れたような原始的な建物は藤本壮介の建築事務所が設計
COURTESY OF NOT A HOTEL

開業済みの「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA IRORI」。床から天井までガラスで囲まれた、豊かな自然の中で過ごすためのヴィラ。刻々と変化する景色がそのままインテリアになる贅沢さ。居間に囲炉裏を据えた3LDKの間取りに半露天風呂も備える
COURTESY OF KENTA HASEGAWA
毎日服を選ぶように、明日過ごす家を選ぶ楽しみを
「華々しく話題になると富裕層向けのビジネスと思われがちなのですが、立ち上げ時から目指しているのは家を持つことの民主化です。たとえば、これまで別荘を持つのはせいぜい一軒で、予算が3,000万円だったとします。しかし、別荘を12人か36人で持ち合えば、同じ予算で12か36の拠点の別荘で暮らすことができる。そのプラットフォームがNOT A HOTEL です」
時々滞在する“家”をいくつも持つことを可能にする。すでにある国内9つの拠点に加えて、6つの拠点の開業が控えている。今後さらに増えていけば、オーナー権利の相互利用で滞在できる拠点も増えていく。「明日、どこで食事をしよう?どんな服を着よう?と選ぶ自由があるように、明日、どこで暮らそう?という暮らす場所の自由を手にしてもらいたいんです」
確かに、パンデミックを経てこれまでと暮らし方が変わったことで、NOT A HOTELへの関心はいっそう高まりそうだ。とはいえ、容易に手に入れることのできる価格ではない。そこで、より利用しやすくするために、2022年6 月にNOT A HOTELを年間一日単位で利用できるNFTの権利「NOT A HOTEL メンバーシップNFT」を販売した。一口185万円から。47年間、毎年同じ日にどこかのNOT A HOTELに滞在できるという利用権だ。滞在できる場所は、毎年ランダムに振り分けられるからわからないが、その不確実性も楽しむ心持ちが必要だ。
さらに新しい取り組みも始めた。北軽井沢に新しく建てるヴィラの設計案を募るコンペティションの開催だ。応募資格は“40歳未満”のみ。経歴は問わない。審査員は藤本壮介、片山正通、SUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠と吉田愛。
濱渦は「コンペティションは日本に存在する優秀な若手建築家を発掘する、いいプラットフォームです。そして実際に優勝作品を建てることで、若い才能を世界に広めることにもつなげたい」とコンペを企画した思いを語る。応募が締め切られた今年9月末までに、23カ国、1490組からエントリーがあった。最年少の応募者は高校生だというから、頼もしい。
「いまだ知られていない日本の魅力を国内外の人たちに気づいてもらいたい。『BIG』が設計中の別荘が建つ広島県三原市は、日本人でもまだ知る人が少ない地域です。そうした土地の可能性や魅力を建築家に引き出してもらい、そして滞在してもらうことで気づいてもらいたいんです」
NOT A HOTELでは現代アートから着想した新しいサービスも始めるなど、濱渦からのアイデアは尽きることがなさそうだ。

濱渦伸次(はまうず・しんじ)
1983年宮崎県生まれ。高等専門学校卒業後、2007年、Eコマースプラットフォームを構築する(株)アラタナを設立。2015年、スタートトゥデイ(現ZOZO)の子会社として参画。一貫してアパレル企業向けのECシステム、EC関連サービスに関わる。(株)ZOZOテクノロジーズ取締役を2020年3月に退任、同年4月NOT A HOTELを創業。現CEO
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI
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