旅先は千葉県房総半島の太平洋サイド、通称「外房」。美味なるコーヒー、話題のブルワリー、心落ち着く宿、この地ならではの塩の製作所などなど。クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が、電車で容易にアクセスできない“不便さ”を棚上げし、行ってみたいと思える点と点を辿るとそこには心の陽だまりとの出合があった。豊かな風土に彩られた日本に存在する独自の「地方カルチャー」=“ローカルトレジャー”を樺澤貴子が探す連載・外房への旅編をお届けする

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

*記事内で紹介している情報は、記事公開時点のものです。

《BUY》「SABOTEN MISSILE(サボテン ミサイル)」
開放的なガレージで出合うアートな多肉植物

【2025年1月公開記事】

画像: 「SABOTEN MISSILE(サボテン ミサイル)」の長閑な陽だまりをで寛ぐのは、「サバコ」の愛称で親しまれている野良猫

「SABOTEN MISSILE(サボテン ミサイル)」の長閑な陽だまりをで寛ぐのは、「サバコ」の愛称で親しまれている野良猫

画像: 店名にもなっているサボテンは、多種多様な顔ぶれが揃う

店名にもなっているサボテンは、多種多様な顔ぶれが揃う

 一宮川と並行するように街道沿いを車で走ると、カーナビが目的地到着の旨を告げる。ところが、イメージしていた緑溢れる植物店が見当たらない。目の前にあるのは、柵の内側で気まぐれに空を仰ぐサボテンと無機質なガレージだけ。確信が持てないまま駐車場から建物へ近づくと、その印象は一変する。 

 ここ「SABOTEN MISSILE(サボテン ミサイル)」は、多肉植物とサボテンの専門店だ。入り口には背の高いサボテンが居並び、手前の温室のようなエリアには、バリエーション豊富な多肉植物が互いの個性を引き立てるように棚にひしめく。ガレージ内はロフトを設えた開放的な空間で、個性豊かな植物が自由なオーラを放っている。

画像: 鉄工所倉庫をリノベーションして、オフィスとショップをビルトイン

鉄工所倉庫をリノベーションして、オフィスとショップをビルトイン

画像: 植物はもちろん、鉢カバーのセンスも光る

植物はもちろん、鉢カバーのセンスも光る

 サボテンをはじめどの植物もハンサム揃い。その理由を尋ねると、「アート感覚で選んでいただけるように、躍動的なフォルムや樹形を見極め、全てを僕たちの目を通してバイイングしています」とオーナーの杉木康人氏。聞けば、植物の卸問屋まで足を運ぶことはもちろん、生産者の元へも直接出向き独自のルートを開拓。 “観葉植物は、どの店で買ってもさして変わりない”と思っていた先入観が覆ると同時に、個々の“パーソナリティ”に魅せられていった。

画像: スリット状の組み天井からは多彩な植物が下げられて。テイストもサイズも様々なオブジェのような鉢カバーにも目移りする

スリット状の組み天井からは多彩な植物が下げられて。テイストもサイズも様々なオブジェのような鉢カバーにも目移りする

 絵画作品がフレームによってガラリと表情を変えるように、植物も身を置く器によってナチュラルにもモダンにもなりうる。プリミティブな陶器から高台や脚つきのフォルム、オブジェのようなデザインまで、「SABOTEN MISSILE」では多彩な植木鉢や鉢カバーを扱う。ディスプレイされているコーディネートは一例で、別のカバーを選んで購入することも、植え替えをお願いすることも可能。また、インテリア空間と植物のコーディネートを見据え、日本の古道具やヨーロッパやアメリカの70〜80’sのものを中心としたビンテージの家具まで扱っている。

 取材をしながら、心の端で自宅のインテリアを思い浮かべ、この日は小さなサボテンを連れ帰ることに。焼き物の植木鉢から、黒いスチール製のものへ植え替えてもらい、今は我が家の窓辺に佇んでいる。この細やかな存在は、外房の旅の途上を思い起こす“栞”のような存在として暮らしに溶け込みながら、時折、穏やかな海風の記憶を手繰り寄せてくれる。

画像: ストアマネージャーの金原さん。育て方のコツなども細やかに教えてもらえる

ストアマネージャーの金原さん。育て方のコツなども細やかに教えてもらえる

住所:千葉県長生郡一宮町一宮358-2
電話:0475-36-2339
公式サイトはこちら

《BUY》「Sghrスガハラ ファクトリーショップ」
ガラスがもたらす暮らしの変化球

【2025年1月公開記事】

画像: リサイクルガラスから作られた一期一会のガラス器。その影さえも美しい

リサイクルガラスから作られた一期一会のガラス器。その影さえも美しい

 マテリアルの儚さに、厚みのある時間を紡ぐ「Sghrスガハラ」のガラス器。長年、日々愛用してきて感じるのは、一見シンプルでありながら “心地よい違和感”が潜んでいることだ。そんなモノ作りの現場を見てみたいと、ずっと心に留め置いていたのが、ここ九十九里にある「Sghrスガハラ ファクトリー ショップ」である。

画像: この地に工房を構えたのは1968年。飾り気のない建造物が、真っ直ぐなモノ作りの心意気を語るよう。手前はファクトリーショップ

この地に工房を構えたのは1968年。飾り気のない建造物が、真っ直ぐなモノ作りの心意気を語るよう。手前はファクトリーショップ

画像: 宇宙船のような溶解窯。工房の様子はオンライン工房見学にて、リアルな躍動感を垣間見ることができる

宇宙船のような溶解窯。工房の様子はオンライン工房見学にて、リアルな躍動感を垣間見ることができる

 熱気を帯びた工房では、10代から70代まで約30名の職人が巨大な溶解窯を囲む。坩堝から適量のガラスのタネを竿に巻きつけ、温度が下がらないよう素早く自分の持ち場に戻り、型吹きで手早く整形したのち、竿から造形物を切り離す。この一連の工程が、流れるような所作で黙々と進行していく。互いの動きが重ならないよう、阿吽の呼吸によってリズミカルに動く職人の光景は、まるで前衛的なモダンダンスの群舞を眺めるようだ。

画像: 無駄のない動きに魅せられた最年長の職人、塚本衛さん

無駄のない動きに魅せられた最年長の職人、塚本衛さん

画像: 多彩な顔ぶれが揃うファクトリーショップ

多彩な顔ぶれが揃うファクトリーショップ

 創業から90余年を迎える「Sghrスガハラ」には、圧倒的な数が揃う。ファクトリーでは、旗艦店には置かれていないものもあり、その数なんと4000種類。職人をはじめ誰でも企画を発表できる機会を月に一度のペースで設けており、毎年80〜100点に及ぶ新作が誕生する。

 作り手の感性を何よりも大切にした商品企画は、たとえばこんな風。人気のコレクション「UR(ウル)」は、「冬のある朝、バケツにはった氷から発想した」という職人の暮らしの体験に基づく。飲み物を注ぐと光の屈折で表情が一変する「幻GEN」は、制作過程の失敗からアイディアが生まれた。さらに、芽吹きから想起した「Haruna」のコレクション名は職人の孫の名前だと聞くと、春を迎える木々の喜びに孫を愛でる高揚感が重なる。商品の美しさもさることながら、背景のエピソードにリアリティのある温もりが宿る。また、商品化されていない職人の自由演技による作品や、工房で出る端材を再利用したリサイクルガラスの器と出合えるのも、ファクトリー直営ならではの一期一会。

画像: カフェではすべてのメニューが自社製品で提供される

カフェではすべてのメニューが自社製品で提供される

 ストーリーのあるガラスの世界を堪能したあとは、ファクトリー直営の「Sghr cafe」へ。朝からスタートした取材も昼時分を迎え、ケークサレをオーダーした。料理を待つ間、店内を見回すと照明からドアノブに至るまで自社のガラス製品が散りばめられている。待ちかねたケークサレは、窪みのあるガラスのドームケースの内に恭しく鎮座。その窪みはミネストローネで満たされていた。優しい味わいとともに、新鮮な器の提案に気持ちまで満腹となったのは言うまでもない。

画像: バターを使わずヘルシーに仕上げたケークサレ。器のコーディネートも目を潤す

バターを使わずヘルシーに仕上げたケークサレ。器のコーディネートも目を潤す

住所:千葉県山武郡九十九里町藤下797
電話:0475-67-1021
公式サイトはこちら

光と陰のコーヒー

《CAFÉ&BUY》「KUSA.喫茶 自家焙煎COFFEE+PAN.」
言葉の降り注ぐ深煎りコーヒー

【2025年1月公開記事】

画像: 光を刻むように窓を設えた「KUSA.喫茶 自家焙煎COFFEE+PAN.」

光を刻むように窓を設えた「KUSA.喫茶 自家焙煎COFFEE+PAN.」

画像: ゆっくりと湯をおとす姫野氏

ゆっくりと湯をおとす姫野氏

 プロローグは、昨秋訪れた結城の「cafe robinet」へと遡る。店自慢のスペシャリティコーヒーは、「TRAD」と名付けられた鋭角な奥行きと透明感が溶け合った深煎りの一杯。そのコーヒーを生み出している焙煎人こそが「KUSA.喫茶 自家焙煎COFFEE+PAN.」の姫野 博氏だ。優しい陰影が忘れられず、今回の旅先の筆頭に連ねた。

 名もなき草むらを整地して建てられた所以から、「KUSA」と名付けられた店は、街道から少し奥まって立つ。アイボリーの外壁に包まれた建物の横顔を眺めながら、さらに奥へ進むと、ポツリと呟いたような小さなドアが現れる。

画像: 冬の午後、温かなコーヒーを求めて

冬の午後、温かなコーヒーを求めて

画像: 木漏れ日が投影する陰さえも美しい

木漏れ日が投影する陰さえも美しい

 ドアを開けると、コーヒー豆を焙煎する熱気が高い天井にまで立ち込めていた。外光を抑制したアンバーな照明のもと、スモーキーな空気に屈折する微かな光がなんとも幻想的。インスピレーションソースが“海辺の修道院”と聞いて、目の前の光景に納得する。10代の頃から心のサードスペースとして喫茶店を拠り所にしていた店主の姫野氏は、独学でコーヒーの焙煎を学んだ。深煎りコーヒーのレジェンドとして知られる喫茶店に通いつめ、カップの内に秘めた哲学に耳を傾け続けた。

 辿り着いた自家焙煎のコーヒーは、シングルオリジンの豆を中心に、約12〜16種類が揃う。理想のフレーバーを生み出す相棒は、焙煎人の技術と繊細な勘所が問われるフジロイヤルの直火式とディードリッヒの半熱風式という2台の焙煎機。火の入る一瞬を読み解き、豆の個性を自分の言葉に翻訳して細密な美学を注いでいる。

画像: 店のオープンは水曜日と土曜日、月に一度の日曜日のみ。水曜日は豆の販売に限る

店のオープンは水曜日と土曜日、月に一度の日曜日のみ。水曜日は豆の販売に限る

画像: 喫茶室は土曜日のみ。深煎りコーヒーに、奥様の優子さんが焼いたクラシックなパウンドケーキが静かな幸福感を添える。4月以降、オープン日が増えるため要問い合わせ

喫茶室は土曜日のみ。深煎りコーヒーに、奥様の優子さんが焼いたクラシックなパウンドケーキが静かな幸福感を添える。4月以降、オープン日が増えるため要問い合わせ

 姫野氏がつむいだ自家焙煎のコーヒーは、前衛的かつリリカルな言葉に満ちている。たとえば彼の地で最初に味わった「TRAD」は数種類の深煎りの豆を、日々調整を重ねながらブレンド。深さの中に抜け感があり、後口に複雑な余韻が立ち込める。その体感を姫野氏は“10数年の時を経た聖なる水のような深煎りブレンド”と表現し、ラベルにも記した。喫茶室を祈りの場に見立て、焙煎機の奏でる鎮魂歌を伴奏に、コーヒーの物語を奏でているようだ。

 この日オーダーしたのは、「アンダーグラウンド」という名の最も深煎りのブレンド。その場の気配も一緒に吸い込むように味わうと、スモーキーな漆黒の味わいに、一筋の安堵感が差し込んだような感覚に。目には見えない密やかな言葉を抱きかかえたコーヒーが、私自身の人生にピタリと重なり、まるで難しい哲学書が、すっと腑に落ちたような心地よさ。こんな風に原稿におこさず沈黙の中で味わっていたい──というのが、実のところ本音である。

画像: 増設した焙煎室の外壁にも、姫野氏の言葉が降り注ぐ

増設した焙煎室の外壁にも、姫野氏の言葉が降り注ぐ

住所:千葉県長生郡長生村一松乙1987-14
電話:0475-32-5600
公式サイトはこちら

《CAFE》「Overview Coffee Ichinomiya」
太陽と海風の中で味わう浅煎りフレーバー

【2025年1月公開記事】

画像: 巨大な岩石を嵌め込んだようなエクステリアのカウンター

巨大な岩石を嵌め込んだようなエクステリアのカウンター

 内なる自分と見つめ合う前述の「KUSA.喫茶」とは対照的に、気持ちを外界へと解き放つようなカフェが「Overview Coffee Ichinomiya」だ。訪れたのは朝食どきの、朝8:00。コーヒーとデリプレートを待つ間、暖かな小春日和の光に包まれながら、この土地の自然と繋がるような感覚を、ファースト・インプレッションで受け止める。海辺の街に流れるフレンドリーな空気や、開放的な建築的要素に加え、「Overview Coffee」というコーヒーメゾンのマインドが運ぶ“地球を見つめる優しさ”が息づくためだろうか。

画像: 無機質な空間を冬の太陽が穏やかに照らして

無機質な空間を冬の太陽が穏やかに照らして

画像: 焼き立てのパンとともに、スタッフが好きなものを盛り込んだ野菜中心のデリプレートを味わう

焼き立てのパンとともに、スタッフが好きなものを盛り込んだ野菜中心のデリプレートを味わう

 気候変動を解決し、美味しいコーヒーが飲める未来を築きたい──。そんな思いから、プロのスノーボーダーであるアレックス・ヨーダが、2020年に米国ポートランドで立ち上げた「Overview Coffee」。翌年には日本でも展開された。コーヒー豆は本国から焙煎したものを取り寄せるのではなく、日本で扱う豆は瀬戸内海に浮かぶ瀬戸田にて焙煎することを信念としている。さらに「焙煎はローリング社の15kgの焙煎機を使っています。その理由は、ほかの焙煎機と比べ75%のガス削減ができるためです」と日本法人の代表を務める増田啓輔さん。焙煎という日々の営みにおいても、地球環境に対して少しでもポジティブなインパクトを残したいというミッションを貫く。目指す味わいは土壌がもたらすテロワールを感じること。本国と同じ豆に加えて、エチオピアなど6種類を厳選し、毎日飲みたくなる浅煎りのコーヒーが、ここ一宮にも届けられている。

画像: 店内にパン工房を設けて焼きたてを提供

店内にパン工房を設けて焼きたてを提供

画像: Overview Coffeeのフィロソフィーのもと、選び抜いたオーガニックワインが揃う。太陽を仰ぎながらグラスを傾けられるのは旅の醍醐味

Overview Coffeeのフィロソフィーのもと、選び抜いたオーガニックワインが揃う。太陽を仰ぎながらグラスを傾けられるのは旅の醍醐味

 一宮店ならではの魅力は、東京・練馬からパンとワインと食の楽しさを発信している「コンビニエンスストア髙橋」のレシピに基づいたデリが味わえること。同店で修行をしたパン職人が常駐し、“化粧をせずに、素顔で美味しいパン”を掲げ、自然の酵母や麹などの菌を用いたパンを日々焼いている。この日、朝食にオーダーしたのは、フムスやクスクス、ファラフェルなどのエスニック料理と、地元のファーム直送のたっぷり野菜、2種類のパンを盛り合わせたデリプレート。朝ごはんには十分すぎるボリュームかと思いきや、スパイスの魔法のせいか胃袋へ軽々と吸い込まれた。

 腹ごなしに海までひと歩きしようと向かう手には、ちゃっかりとドーナツと本日2杯目となるコーヒーが。九十九里海岸を抜ける海風に身を置くと、日々が、この上もなく新しく更新されていくようだ。清々しさが満ち渡った朝となった。

画像: シナモンドーナツと果実味のあるコーヒー「アフリカ」を散歩のお供に

シナモンドーナツと果実味のあるコーヒー「アフリカ」を散歩のお供に

住所:千葉県長生郡一宮町一宮字東台場10144
電話:080-4876-3692
公式サイトはこちら

実直な食と宿

《EAT》「青-AO-」
お皿で綴る海と大地のラブレター

【2025年2月公開記事】

画像: 街道沿いに掲げられた「青-AO-」の目標

街道沿いに掲げられた「青-AO-」の目標

「田舎町にある何でもない食堂ですが、それでもよろしければ」──そう言って取材を受けてくださったのはオーナーシェフの片岡晃一さんだ。穏やかな声が語る“田舎町の食堂”という言葉に、謙遜ではなく “誇り”が漂う。実直な食材と暮らし、料理という営みに変える自負とでもいうのだろうか。

 まだ朝の気配をまとった、一宮の田園地帯を車でひた走る。一度通り過ぎてしまったほど小さな看板には、店名を印象的に形容する「air,Italy,silence,food」の文字。深呼吸をして玄関へ向かうと、気まぐれに出迎えてくれた烏骨鶏のチエコに緊張が緩む。

画像: 冷えた白ワインとともに、山羊のチーズと「青-AO-」のシグネチャーであるマッシュルームのサラダを

冷えた白ワインとともに、山羊のチーズと「青-AO-」のシグネチャーであるマッシュルームのサラダを

画像: 店の招き猫ならぬ“招き鶏”

店の招き猫ならぬ“招き鶏”

画像: 文字を綴るように盛り付けをする片岡さん

文字を綴るように盛り付けをする片岡さん

 街道沿いでありながら、空間は喧騒から遮断され優しい静けさに満ちている。窓辺の席に腰掛け、ゆっくりと店内に目を移す。緩やかな天井の勾配、不揃いの家具、低めに設えた窓、その向こうに切り取られた牧歌的な景色──視線を運びながら自然と心の置き場が“今、この瞬間”へと定まっていくのを感じる。

「青-AO-」の営業はランチが基本。ランチプレートやコース料理はなく、アラカルトを主役に据えている。この土地に根差した健やかな食材だけを選び抜き、“今日という日”に振る舞いたい一品メニューに仕立てている。シェフの片岡さんがお皿の上に料理という手紙を綴る書き手なら、客人への語り部は奥様の友紀さんが担当。

画像: 1人前のパスタに大きな地産の蛤が3個分も入る

1人前のパスタに大きな地産の蛤が3個分も入る

画像: 香ばしいサバの燻製を、完熟の柿や葡萄、レインボーキュウイといった季節の果物でフレッシュに昇華

香ばしいサバの燻製を、完熟の柿や葡萄、レインボーキュウイといった季節の果物でフレッシュに昇華

 語り上手な友紀さんに魅了され、この日は4品をオーダー。前菜は、千葉県いすみ市の里山で山羊を放牧してチーズ作りを手がける「Le Chalet HATTORI」のフレッシュチーズに、南房総の完熟イチジクを添えて。「青-AO-」のシグネチャーでもあるマッシュルームのサラダは、歯応えを感じる厚めのスライスが鍵という。独特のソフトな食感の輪郭を際立たせるのは、しっかりと振った塩とレモン。キリリと冷えた白ワインが、前菜に軽妙な伴奏を添える。続いてテーブルを彩るのは、地元・九十九里で水揚げされた蛤を主役にしたパスタ。カラスミの塩梅がマイルドな塩気を誘い、ワイングラスへと伸びる手が止まらない。メインを飾るサバの燻製は、スモーキーな余韻に色とりどりのフルーツが甘美な色気を添えている。

 お皿に吸い寄せられていた視線を窓の外へと移すと、陽光の階調の変化に気づく。ゆっくりと、ただ食事をする。そんな当たり前のことが、日常から失われていたのではないだろうか、と自分に問う。その日の夜、料理の艶やかな記憶を手繰り寄せる。海と大地の恵みに、真っ直ぐに愛を告げるラブレターのような一皿──そう日記に綴り、夢で再び味わいたいと目を閉じた。

画像: 不揃いのアンティークの家具が不思議と居心地よい

不揃いのアンティークの家具が不思議と居心地よい

住所:千葉県長生郡一宮町東浪見2606-1
電話:0475-38-7049
公式インスタグラムはこちら

《STAY》「SANU 2nd Home一宮1st」
心を緩める、海辺の別荘

【2025年2月公開記事】

画像: 吹き抜けのリビングダイニングを据えた、全室メゾネット式の空間

吹き抜けのリビングダイニングを据えた、全室メゾネット式の空間

 海辺の街の空気は、なぜか気持ちを開いてくれる。今宵の宿は、海岸まで徒歩5分。別名“九十九里ビーチライン”と呼ばれる県道30号沿いに面した「SANU 2nd Home一宮1st」。海に向かって両手を広げたようにデザインされた、シンメトリーの2棟立ての長屋式キャビンである。設計を手がけたのは、Puddle(パドル)を主催する加藤匡毅さん。その土地に根付いた素材を礎に、人の手を介して美しい変化を遂げるような空間を設計する建築家として知られる。

画像: 空を仰ぐように2棟が並び、その間を海風がわたる

空を仰ぐように2棟が並び、その間を海風がわたる

画像: 本来は会員制だが、トライアルで1度は誰もが宿泊体験できる

本来は会員制だが、トライアルで1度は誰もが宿泊体験できる

 この連載でも北杜市の回で紹介した「SANU 2nd Home」は、月額制または共同所有で別荘をシェアできる、これまでにない仕組みを構築したカンパニー。2021年のスタートから話題を呼んでいる。当初は山や湖を中心に展開してきたが、2023年初冬に初の海エリアが誕生。それが、ここ一宮1stだ。山のキャビンが1棟独立型なのに対して、こちらは9室のメゾネットが長屋のように連なるのが特徴。

画像: キッチンを軸とした空間設計は「SANU 2nd Home」のコンセプトのひとつ

キッチンを軸とした空間設計は「SANU 2nd Home」のコンセプトのひとつ

画像: 周囲の住宅街から視線を遮断しながら、心地よい光が降り注ぐ設計に

周囲の住宅街から視線を遮断しながら、心地よい光が降り注ぐ設計に

 壁を共有しながらも、明かり取りの窓やテラスから隣室の気配が交わらないように45°の角度で配置。規則的なデコボコが、風の通り道に添いながら2棟シンメトリーに並ぶ。洗練された佇まいながら、仰々しさはなく街に溶け込み、プライベート感を保ちながらも、どこか開放的。そんな不思議な心持ちが、さまざまな宿を訪れ尽くした大人には新鮮に映り、ほどよくコージーな抜け感も心地よい。などと頭で分析してはみたものの、日常と非日常、その境界線は案外心の中にあるのかもしれない。

画像: 地元の植栽を取り入れた、ランドスケープデザインが、美しい影を生んで

地元の植栽を取り入れた、ランドスケープデザインが、美しい影を生んで

住所:千葉県長生郡一宮町一宮10147
公式サイトはこちら

勝浦の新星スポット

《BUY&BAR》「THRILLER BEACH BREWERY(スリラー・ビーチ・ブルワリー)」
清冽な“乾杯ビール”を求めに

【2025年2月公開記事】

画像: 入り組んだ海岸のせいか、密やかな美しさを魅せる勝浦の海

入り組んだ海岸のせいか、密やかな美しさを魅せる勝浦の海

画像: パチンコ店を改装したという、インダストリアル調の店内

パチンコ店を改装したという、インダストリアル調の店内

 ビールの好みは十人十色だが、「とりあえずはビール!」が口癖の人に味わっていただきたい店がこちら。2024年春にオープンした「THRILLER BEACH BREWERY」である。

 ビール作りを手がけるのは、前身は工業系メーカーに携わっていたという笠倉大二郎氏。全く異なる業種からの転身でブルワリーに挑んだ。「ビールは最初の乾杯で、一瞬にして幸せの場作りができるツール。そんな人と人を繋げるモノ作りって、“なんか、いいな”というストレートな気持ちから、人生の舵を切りました」と語る。

画像: 美味しさを閉じ込めるように、真剣にビールを注ぐ笠倉さん

美味しさを閉じ込めるように、真剣にビールを注ぐ笠倉さん

画像: タイプの異なる3種類をテイスティング

タイプの異なる3種類をテイスティング

 目指したビールは、さっぱりとして香りが鼻に抜けるような“海風”のような余韻。熱を加えずに酵母の力だけで育まれた、フレッシュなビール作りを掲げている。たとえば、乳糖を用いた甘口の白ビール「極東マリブ」は、6%とやや強めの度数。熟したメロンのようなフレーバーが、魚のマリネやサラダに好適だ。「サンセットサーフマン」は、勝浦の海をエモーショナルに染める夕暮れをイメージ。芳ばしさの中にアプリコットやオレンジのエッセンスが散りばめられた琥珀色のビールで、赤身のステーキの旨みを引き立てる。「波と香りのセッション」は、スキッとした白ぶどうやココナッツの香りに包まれ、焼き魚の味わいをブラッシュアップするという。

 早る気持ちを抑え、乾杯の前に目を閉じて深呼吸。記憶に勝浦の海の気配が宿ったところで、躍動感のあるビールを思い切り味わう。テイスティングカウンターでほろ酔い気分になるもよし、瓶ビールを買って宿でじっくり味わうもよし。その夜は鼻腔に抜ける風味を夢枕に、深い眠りに落ちることだろう。

画像: 丁寧に作られたビールは、1日にわずか250本しか瓶入れできないとか。ラベルデザインは造形作家・木暮奈津子さんの作品

丁寧に作られたビールは、1日にわずか250本しか瓶入れできないとか。ラベルデザインは造形作家・木暮奈津子さんの作品

画像: 好みの味わいをオーダーメイドで注文できる「タンクオーダー」(約1000本分)も人気。味の設計から製造までを一環して行う、小規模のブルワリーならでは

好みの味わいをオーダーメイドで注文できる「タンクオーダー」(約1000本分)も人気。味の設計から製造までを一環して行う、小規模のブルワリーならでは

住所:千葉県勝浦市勝浦11-1
電話:0470-64-4560
公式サイトはこちら

《BUY》「勝浦塩製作研究所」
月の引力を宿した陰陽の塩

【2025年2月公開記事】

画像: 畝をつくって天日に干す、この地道な作業を全て一人でこなす

畝をつくって天日に干す、この地道な作業を全て一人でこなす

 大人は美味しい塩に目がない。もっと言えば、個人的に美味しい塩を収集している。加熱調理用ではなく、グリルした肉やアクアパッツァ、サラダの仕上げに加えるミネラル感のある塩である。“塩梅”とはよく言ったもので、ひと匙の塩が料理の魅力をぐっと底上げしてくれる。

 勝浦にこだわりの塩がある──と聞いて尋ねたのは、店舗をもたず、ひたすら作ることに徹している「勝浦塩製作研究所」という硬派な名称を掲げたファクトリーだ。代表を務めるのは、趣味のサーフィンで世界中の海を渡ってきた田井智之氏。各国の海水を飲むなかで、「勝浦の海水が一番美味しかった」と断言。28年前からこの地に拠点を構え“美味しい海水”の中でサーフィンを楽しみ、海への返礼として2021年から塩を作りはじめた。

画像: 晒しの上で、塩を慈しむように篩に掛ける

晒しの上で、塩を慈しむように篩に掛ける

画像: 仕上がった海の恵みはご覧のとおり、神聖な美しさに満ちている

仕上がった海の恵みはご覧のとおり、神聖な美しさに満ちている

 塩は「満月」と「新月」の2種類のみ。その名の通り、満月と新月の日にだけ海水を汲み、プリミティブな製法を貫く。まず、汲み上げた2tの海水は350ℓずつにわけ、攪拌しながら薪釜で熱する。薪をくべること1日12時間、それを4日間続けることで2tの海水はようやく理想の濃度に凝縮。約2日かけて天日干しをして、きめ細かな結晶になるよう全てを篩にかける。ようやく一息ついたところで、次の月の満ち引きが訪れる。

画像: 店舗をもたないため、地元の道の駅やオンラインで求めることができる

店舗をもたないため、地元の道の駅やオンラインで求めることができる

「満月」と「新月」にこだわる理由は、月の引力によって塩分濃度や成分までも変わるためとか。新月の塩はカルシウムが豊富で、まろやかな味わい。サラダに振りかけると野菜の輪郭が際立つ。一方、満月の塩はマグネシウム成分に富み、コクが深いため肉料理や天ぷらにフィットするそうだ。取材後に2種類の塩を買い求めたことは言うに及ばず。私の塩コレクションの中でもヘビーローテーションで登場し、料理の腕を補ってくれている。

画像: 2台の自作の釜が並ぶ工房。残念ながら見学は不可

2台の自作の釜が並ぶ工房。残念ながら見学は不可

画像: 勝浦の海水が世界一美味しいと語る田井智之氏

勝浦の海水が世界一美味しいと語る田井智之氏

公式インスタグラムはこちら

《STAY》「離れ 風月-FUGETSU」
愛犬と美食を楽しむオーベルジュ

【2025年2月公開記事】

画像: メインの熟成肉はトリュフソースとスモーク岩塩で楽しむ

メインの熟成肉はトリュフソースとスモーク岩塩で楽しむ

 愛犬を連れて心置きなく旅を楽しめる「離れ 風月-FUGETSU」。ここ勝浦にオープンしたのは、2024年夏のことだ。予約が途切れない理由は指折りあげられるが、その筆頭がゲストルームで味わうフルコースにある。レストランを完備していないため、食事は事前予約制となるが、愛犬と部屋でくつろぎながらセントラルキッチンで調理したフルコースを楽しめる。

 取材に訪れたのは初冬の折。マッシュルームのポタージュにはじまり、伊勢海老と玉味噌のホワイトソース、牛タンと生ハム出汁のおでん、メインを飾る熟成肉から松茸の炊き込みご飯まで。美食家の心を虜にするメニューが連なる。

画像: 入口に設けられた熟成肉専用の鮮度保存冷蔵庫。夕食への期待が高まる

入口に設けられた熟成肉専用の鮮度保存冷蔵庫。夕食への期待が高まる

画像: 石と木をテーマに据えた、洗練されたインテリア。犬が滑りにくい床材を使用するなど細部に工夫が散りばめられて

石と木をテーマに据えた、洗練されたインテリア。犬が滑りにくい床材を使用するなど細部に工夫が散りばめられて

 館内はパブリックスペースがなく、ゲストルームですべてが完結するように設計。キッチン付きの天井の高いリビング、ドッグランやプールを設えた開放的な庭、その庭とつながる半露天のバスルームなど、愛犬家ならずとも心惹かれる要素が凝縮している。4部屋のみというプライベート感に加え、全てが異なる趣にデザインされているため幾度も訪れる楽しみもある。一足早い春の陽射しをもとめ、房総半島の南を目指してはいかがだろう。

画像: 水風呂とお湯の浴槽を行き来しながら心身を整えたい

水風呂とお湯の浴槽を行き来しながら心身を整えたい

画像: 海辺の建物らしい開放感が心地よい

海辺の建物らしい開放感が心地よい

住所:千葉県勝浦市興津2492-3
電話:090-4577-8700
公式サイトはこちら

 今回紹介した外房の旅。訪れる以前は「近くて遠い場所」──と感じていたが、今回の旅で心の距離はぐっと縮まった。太陽が恋しい冬にこそ、遮るもののない陽光と海風の交差する、この土地を訪れてはいかがだろう。

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

日本のローカルトレジャーを探す旅 記事一覧へ

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.