このような芸術と科学のコラボレーションを目指したアーティスト・イン・レジデンスはしだいに廃れていき、代わって、夏に行なわれるラグジュアリーな滞在型プログラムが人気を集めるようになった。ところがここ数年、国の重要な研究機関にアーティストを受け入れ、彼らに科学の現場を見て学び、作品の制作につなげてもらおうという企画が見直されている。起業家や科学者だけでなく、アーティストたち自身のあいだでもこうしたプログラムへの関心が高まっているのだ。TEDやシリコンバレーが注目を集めることからもわかるように、今はイノベーションを渇望する風潮が強い時代だ。企業はこぞってラボを立ち上げ、さまざまな分野の知恵を結集してイノベーションを生み出そうとしている。そしてそこにはクリエイティブなアートも含まれている。今から2年前、美術品収集家のダーシャ・ズコバは、彼女の名前を冠したアーティスト・イン・レジデンスを創設するために、MITに100万ドル寄付した。


一方で、トーマス・ストルース、ヴィヤ・セルミンス、トム・サックス、オラファー・エリアソンといったアーティストたちは、科学技術の急速な発展――人工知能から宇宙物理学まで――に触発された作品を発表している。建築と写真で知られる杉本博司は、進化しつづける技術と画像の関係性の追究に幾度となく挑んできた。《Lightning Fields》というシリーズの作品は、40万ボルトのヴァンデグラフ起電機を使って発生させた静電気をフィルムに直接焼きつけたものだ。



杉本博司のセルフポートレート。自身が2014年に

デザインしたアイウェア「Oculist Witness」を身につけて

”PORTRAIT OF HIROSHI SUGIMOTO

 FOR OCULIST WITNESS EYE GLASSES,’’ 2014. 

DESIGNED BY HIROSHI SUGIMOTO,

 PRODUCED BY LIZWORKS AND SELIMA OPTIQUE, 

©︎ HIROSHI SUGIMOTO



 シンクタンクのアルスエレクトロニカでアートディレクターを務めるゲルフリート・シュトッカーは、「今は新しいテクノロジーに突き動かされるかたちで、物事が激しく変化している。そんな時代において、アーティストは文化の伝道者としての役割を担うようになった」と考えている。アルスエレクトロニカは、芸術と科学のコラボレーションを称えるフェスティバルを1979年からオーストリアのリンツで開催している。「科学技術の進歩がもたらした変化は、倫理やモラルに関する問題を私たちに突きつけていますが、こうした問題は人間の肉声を通じて提起されることが、きわめて重要なのです」とシュトッカーは言う。


アルスエレクトロニカは、欧州原子核研究機構(CERNの略称で知られる)やヨーロッパ南天天文台などの研究機関がそれぞれ独自に企画したアーティスト・イン・レジデンスもサポートしている。スイスを本拠地とし、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)と世界最大の素粒子物理学の研究施設を誇るCERNは、2011年、アルスエレクトロニカの協力を得て「Collide」というアーティスト・イン・レジデンスの旗艦プログラムを立ち上げた。「Arts@CERN」の責任者を務めるモニカ・ベロは、「このプログラムが目指すのは、宇宙の根源的な構造を理解することです。芸術家には現象の研究に興味を抱く人が多いので、このプログラムは彼らにとって非常に魅力的なチャレンジであるはず」と話す。