うしろめたさを感じながらも便利な生活をやめられない私たちに、僧侶たちは最小限のものさえあれば生きていけることを示してくれる
ILLUSTRATION BY STINA PERSSON

 現在、アメリカからやってきた「マインドフルネス」 という、心身を整える方法が流行している。これはもともと禅に由来したものなのだが、禅がZENと翻訳されて世界に紹介され、逆輸入されているにもかかわらず、日本人の私は禅についてよく知らない。しかし、これは大方の人々に共通することではないだろうか。曹洞宗の大本山、永平寺で3年、今もベルリンで修行を続ける雲水の星覚(せいがく)さんは、「禅の生活は、宇宙の理にかなっています」と語る。

 

 インドのブッダガヤで釈迦が悟りを開いたのは紀元前5世紀頃のことだ。禅宗は、十弟子のひとり摩訶迦葉(まかかしょう)が以心伝心で釈迦から引き継いだのが始まりとされる。さらに禅は中国に伝えられ、長い年月をかけて日本に渡ってきた。禅が日本で花開いたのは鎌倉時代。 栄西が臨済禅を、道元が曹洞禅を日本にもたらして以来、独特の発展を遂げ、仏教の枠を越えて文化、芸術、ビジネスに影響を与えた。1960年代になると、禅はZENとしてアメリカで知られるようになり、ヒッピー文化などのカウンターカルチャーと結びつき、ミニマルなライフスタイルや、アートの総称ともなった。

 

 日本の高度経済成長期には、人々が科学技術の進歩を信じ、物質的な豊かさを追い求めたため仏教への関心は相対的に薄れ、さらにオウム真理教の一連の事件による宗教アレルギーのためか、長い間、禅は限られた人のものとなっていた。しかし現在、仏教の禅を起源にもちながら宗教性をそぎ落とした瞑想の技法、「マインドフルネス(今ここにあることに気づくことで心を整える瞑想の手法)」をGoogleやAppleが福利厚生で採り入れるなど、医療やビジネスにおける瞑想ブームが起きたことをきっかけに、再び日本でも禅が注目されるようになった。禅の流行は、世界的な潮流のひとつなのである。禅的な思想がこの時代に息を吹き返したのは、偶然ではないように思える。行きすぎた資本主義による極端な貧富の差、ネットから24時間休みなくあふれ出す情報にさらされることによる精神的疲弊、二酸化炭素排出による気候変動への危機感など、「もっと豊かに」「もっと多くを」という欲望が行きすぎてしまった社会において、世界中が、資本主義経済に希望を見いだせなくなり、「その先」を模索している。その解決方法のひとつとして、欲を手放し、必要最小限のスペースさえあれば生きていけることを示す禅に、物質社会からの幸福な退却方法を求める人々がいるのは、なるほど゙自然の流れであるようにも見える。

 

 最近、日本の仏教界でも既存の枠を超えて、さまざまな活動をする僧侶が増えている。雲水の星覚さんもそのひとりだ。シンガポールで生まれ鳥取県で育った彼は、大学で政治学を専攻したが、就職活動をいっさいすることなく、卒業してすぐ永平寺に修行に入った。特に仏教に縁のある家庭で育ったわけではないという。身体のことについて考えるのがもともと好きで、最初は役者を目指していた。しかし、身体表現である演劇を学んでいくうちに、禅が教える身体の在り方に興味をもち、永平寺に入った。下山した今はドイツに住み、ベルリン市民に禅を伝えている。彼の修行した永平寺といえば、よく名の知られた戒律の厳しい禅寺である。しかし、その厳しい修行も楽しくてしかたがなかったという。

 

 

「禅は、私たちの身体が自然の一部であることに気づくための作法です。禅の生活をしていれば、われわれの身体は余計なものを手放して、限りなく自然本来の姿に近づいていく。それが楽しくないはずはありません。苦行のように思われますが、坐禅は『安楽の法門』 といって、実は最も楽な姿勢なんですよ」

 

 

 もともと禅の修行は身体技法であることから、体験なしにその本質はわからない。道元の説く禅は、「只管打坐(ただ坐る)」。坐禅をしたことのない人間にとっては、言葉で自転車の乗り方を教えられてもわからな いのと同様、その本質に近づくことは難しい。坐禅が安楽の法門とはにわかには信じがたいが、外国人にも丁寧に禅の指導をしている星覚さんが、永平寺のお膝元、福井県永平寺町にある清涼山天龍寺で「初心指導」 をしてくれるという。二泊三日の「禅の旅」に、私も参加することにした。