世界の建築界の最高峰に立つ女性、妹島和世。軽やかなガラスの建築で世界を驚かせた彼女は、さらに進化し、新たな領域を目指す

BY JUN ISHIDA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI HOMMA

 今、世界で最も著名な女性建築家といえば、妹島和世だろう。日立製作所で働く技術者の父を持ち、茨城県日立市の社宅で育った妹島。日本女子大学で建築を学び、伊東豊雄の事務所に入った彼女は、1987年に妹島和世建築設計事務所を設立。そして1995年には西沢立衛(りゅうえ)とともに共同設計事務所SANAA(サナア)を立ち上げた。

「金沢21世紀美術館」(2004年)、「ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート」(米・ニューヨーク、2007年)といった建築物で国内外にその名を知らしめたSANAAは、2010年に建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞、名実ともに世界のトップ建築事務所のひとつとなった。妹島は現在、SANAAと自身の事務所を合わせると国内外で20以上のプロジェクトを抱える。ほかにも、海外ではミラノ工科大学、ウィーン国立応用芸術大学、日本では横浜国立大学大学院Y-GSAで教授を務め、国内外を飛び回る忙しさだ。

画像: 「荘銀タクト鶴岡」の竣工記念式典に出席した妹島和世。周りに置かれたソファ「Flower」はSANAAデザインによるもの

「荘銀タクト鶴岡」の竣工記念式典に出席した妹島和世。周りに置かれたソファ「Flower」はSANAAデザインによるもの

最新作「荘銀タクト鶴岡」は
より複雑でおおらかな建築に

 9月末、妹島は山形県鶴岡市にいた。SANAAの最新プロジェクトである「荘銀タクト鶴岡」(鶴岡市文化会館)の竣工記念式典に出席するためだ。最終チェックのため、妹島は式典前日に朝一番の飛行機で鶴岡入りした。午後に会場を訪れてみると、スタッフとともにガラス壁に取りつけられたパステルカラーのカーテンの開け閉めを調整していた。

「夜になると真っ暗になるので、ちょっと色があったほうがいいと思ってパステルカラーのカーテンを設置しました。でも隣の敷地にある致道館を見せたいので、その見え方を調整していたんです。致道館や庭が、別の視点から見えるようになって好評だと聞きました。以前は、文化会館の敷地と致道館の庭にはフェンスの塀があったのですが、せっかくなので塀をとることを提案したら、市役所が文化庁に交渉し許可を取ってくださいました」

「荘銀タクト鶴岡」は、客席数1,120席の大ホールを中心とした鶴岡市の文化芸術活動の拠点。大ホールを取り囲むように通路があり、通路沿いには小ホール、練習室、楽屋が設置されている。外観は山々に囲まれた鶴岡の風土を生かし、山並みと重ならないよういくつもの小さな屋根が重なった形となっており、その形状は山の稜線の延長とも、隣接する国指定史跡の「庄内藩校 致道館」の屋根と呼応するようにも見える。一カ所として同じ形のない建物は、シンプルな建造物の多いSANAAとしては珍しい。

「以前は、この場所にはこの形が合う、と考えて単純な丸や四角を採用することが多かったですが、今はここは道路、ここは致道館、ここは裏の家、というように、より周囲の環境に溶け込めるようにすることを試みているので、外観がより複雑になっています。内部空間と外部空間の関係を考えてみても同じで、以前だったら外観はシンプルなボリュームにしていたところを、ここでは大ホールの部分は高さが必要だから外観もそのまま高くして、低い部分との差を見せるなど、内部のさまざまな要素をそのまま外側に反映させています」

画像: 「荘銀タクト鶴岡」の竣工記念式典では、ホワイエに設計時のスタディも展示された。ひとつの建物を創るために、100個以上のスタディが創られる

「荘銀タクト鶴岡」の竣工記念式典では、ホワイエに設計時のスタディも展示された。ひとつの建物を創るために、100個以上のスタディが創られる

画像: 山並みに呼応する外観美しい山々に囲まれた庄内平野にある鶴岡市。「荘銀タクト鶴岡」の外観も、山の稜線と重なることを避けてデザインされている。緩やかなカーブをなす屋根部分には地元の職人が手作業で作った板金が用いられている

山並みに呼応する外観美しい山々に囲まれた庄内平野にある鶴岡市。「荘銀タクト鶴岡」の外観も、山の稜線と重なることを避けてデザインされている。緩やかなカーブをなす屋根部分には地元の職人が手作業で作った板金が用いられている

画像: 大ホールで行われていた地元高校の吹奏楽部のリハーサル。ホールの客席は、ステージと遠くならないようワインヤード(ぶどう畑)形式に。音が集まるように、手摺壁が反響板となっている

大ホールで行われていた地元高校の吹奏楽部のリハーサル。ホールの客席は、ステージと遠くならないようワインヤード(ぶどう畑)形式に。音が集まるように、手摺壁が反響板となっている

 鶴岡の歴史的町並みのなかに突如として現れた現代的な建物は、2004年にSANAAが金沢に創った「金沢21世紀美術館」を思い起こさせる。宇宙船のようと評された円盤型の美術館は、国内外の建築、アート界をあっといわせ、世界中から人々が訪れるデスティネーションとなった。古都・金沢の魅力を再発見させるきっかけともなり、その後巻き起こる金沢ブームの火つけ役になったといっても過言ではない。妹島はかつて「金沢21世紀美術館」について、「まちに開かれた公園のような美術館」をコンセプトとしたと述べている。事実、この美術館は展覧会目あてでなくとも、無料で入れる共用スペースや周囲の公園に、市民が日常的に訪れる場所となった。

画像: 竣工記念式典で「荘銀タクト鶴岡」を訪れたSANAAの西沢立衛(右)と妹島

竣工記念式典で「荘銀タクト鶴岡」を訪れたSANAAの西沢立衛(右)と妹島

画像: 「荘銀タクト鶴岡」内部。大ホールを囲む通路沿いには、小ホールや練習室などを配置。通路にも、SANAAデザインのソファや椅子が置かれ、ゆったり過ごせるよう配慮されている。天井はSANAAでは珍しく木のルーバーを設置。鶴岡市の木材を使用している

「荘銀タクト鶴岡」内部。大ホールを囲む通路沿いには、小ホールや練習室などを配置。通路にも、SANAAデザインのソファや椅子が置かれ、ゆったり過ごせるよう配慮されている。天井はSANAAでは珍しく木のルーバーを設置。鶴岡市の木材を使用している

「『荘銀タクト鶴岡』は、金沢よりもさらにおおらかな形になっています。開いた形状なので、建物により自然に入っていける。小ホール、練習室などは、公演のないときは会議室や地元の子どもの練習場になる。細くなったり広くなったりする通路では、市場を開いてもいいし、自由に演奏してもいい。今後、図書スペースやカフェができて、ここでダラダラ過ごせるようになるといいですね」

自分の建築は、環境をつくる
1ピースでいい

「おおらか」という言葉は、現在の妹島を語るうえでのキーワードかもしれない。建築家として独立してから30年。建築に対する考え方にも変化が生まれてきた。

「内部空間と外部空間をつなげたいとずっと考えてきました。それは変わりませんが、さらに、その周りに広がる空間、"環境" に自分たちの創るものがどうつながってゆけるかを考えています。建築自体も環境をつくる1ピースです。現在、瀬戸内海の犬島では、民家をリノベーションしたりして、ギャラリーを作る「家プロジェクト」をやらせていただいていますが、自分の建築がどうというより島全体の一要素になればいいと考えています。

社会が複雑化し、建築家に求められる能力も広がってゆくなか、どういう建築が望ましいのか、正直答えは見つかっていません。さまざまな専門家や違う分野の人とコラボレーションするのがいいのか、各専門家がそれぞれ、いろいろなところでやるのがいいのか。ひとつ、自分のなかで確かなのは、建築が単体としてどうか、ということより、街のなかでどうあるべきかに興味があるということです。建築自体もオーソドックスに見えるような、風景的なものができればいい。あるいは恐ろしく新しく建築を捉え直すことができたら」

画像: 2004年開館の「金沢21世紀美術館」 © SANAA

2004年開館の「金沢21世紀美術館」
© SANAA

画像: ベネッセアートサイト直島の犬島のプロジェクトは、妹島事務所が手がけている。最新作は、ガーデナーの「明るい部屋」との共同プロジェクトで、長く使われていなかったガラスハウスを再生し、庭園・植物園として蘇らせる「犬島 くらしの植物園」(2016年) © KAZUYO SEJIMA & ASSOCIATES

ベネッセアートサイト直島の犬島のプロジェクトは、妹島事務所が手がけている。最新作は、ガーデナーの「明るい部屋」との共同プロジェクトで、長く使われていなかったガラスハウスを再生し、庭園・植物園として蘇らせる「犬島 くらしの植物園」(2016年)
© KAZUYO SEJIMA & ASSOCIATES

画像: 妹島事務所の最新作は東京・墨田区にある「すみだ北斎美術館」(2016年) © KAZUYO SEJIMA & ASSOCIATES

妹島事務所の最新作は東京・墨田区にある「すみだ北斎美術館」(2016年)
© KAZUYO SEJIMA & ASSOCIATES

画像: ルーヴル美術館の別館として、フランスのランスに建てられた「ルーヴル・ランス」(SANAA設計、2012年)。この建物もまた地方再生の役割を担う © KAZUYO SEJIMA + RYUE NISHIZAWA / SANAA, TIM CULBERT + CELIA IMREY / IMREY CULBERT, CATHERINE MOSBACH

ルーヴル美術館の別館として、フランスのランスに建てられた「ルーヴル・ランス」(SANAA設計、2012年)。この建物もまた地方再生の役割を担う
© KAZUYO SEJIMA + RYUE NISHIZAWA / SANAA, TIM CULBERT + CELIA IMREY / IMREY CULBERT, CATHERINE MOSBACH

 風景に溶け込むような建築とまったく新しい建築。相反する建築像が妹島のなかには共存する。最近興味のあることはと問いかけると、「料理」という答えが返ってきた。「以前はおいしいかどうかはどうでもよかったけれど、今は作るのも食べるのも楽しい。いろいろな面白いことがあるし、それが見えてくるようになりました。前よりおおらかになったのかもしれません。絶対こうというのはない」

 世界で最も注目と尊敬を集める女性建築家は、こうして軽々と既成概念を超え、新しい建築を目指してゆく。

荘銀タクト鶴岡
2018年3月30日まで平日(年末年始休)に限りエントランスホールを一般開放中
公式サイト

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