「僕がイギリスのロイヤル・バレエ学校に入学した頃は、とにかく外国で学べることは素晴らしい、と誰もが思っていました。しかし、いまや日本のバレエ教育は世界と同じ水準です。情報があふれ、すべてがボーダーレスな現代は、外国も日本も関係なく本物しか残らない時代。プロのダンサーを目指す日本の子供たちに、世界の同世代の踊りを見てもらいたい。と同時に、海外の若手にも日本のバレエのレベルの高さや劇場の素晴らしさを発見してもらいたい。この公演のテーマは、“Education and Discovery”です」



オーチャードホール芸術監督、熊川哲也さん



 そう語るのは、オーチャードホール芸術監督であり、2月11日・12日に開催される「オーチャード・バレエ・ガラ ―世界名門バレエ学校の饗宴―」の総合監修を務める熊川哲也さん。ロシアのワガノワ・バレエ・アカデミー、ドイツのハンブルク・バレエ学校、カナダ国立バレエ学校など、世界6カ国の名門バレエスクールが一挙に来日し、各国のバレエの伝統と教育の成果を日本の観客に披露する。今はまだ無名の、将来のバレエ界を担う輝ける才能が、渋谷のオーチャードホールに集結する注目の公演だ。さらに、各バレエ学校に留学するチャンスが得られる、日本のダンサーのための公開オーディションも同時に開催される。


 よく知られるとおり、熊川さんは英国ロイヤル・バレエ学校に入学し、その後、東洋人として初めて英国ロイヤル・バレエ団に入団。最高位のプリンシパルまで務めた、文字通り世界的なスターダンサーだ。帰国後はKバレエ カンパニーを立ち上げて精力的に公演を行い、プロを目指す子供たちのためのバレエ学校も運営するなど、日本のバレエ界やバレエ教育の発展に力を尽くしてきた。そんな中、今回の公演とオーディションの意義をどう捉えているのだろうか。


「バレエを学ぶ若い人にとって、同世代の踊りを見るのは大きな刺激になります。日本ではコンクールがとても多く開かれ、僕自身もコンクール世代のひとりですが、これにはいい点も悪い点もある。スポーツ化して技術で点数を競うようになっては、芸術とは言えなくなってしまいます。その点、公演という形で同世代の踊りを見れば、数字で競うのではなく、心を刺激し合える。それが重要なんです」





 プロを目指す日本の若手には、公演を見て各学校のカラーや教育の歴史に触れ、またオーディションでディレクターたちに直接踊りを見てもらうこともできる、またとないチャンス。海外から来る若手にとっても舞台経験を積む機会であり、バレエ熱の高い東京で踊ることは大きな刺激となる。どちらにとっても、“Education and Discovery”となるわけだ。


 とはいえ、もはや“いい人材を海外に送り出す”ことが目的ではないと熊川さんは言う。

「日本にいても世界と同じ水準の教育が受けられ、プロとして、条件やレパートリーでカンパニーを選んで踊れる時代です。『ベルサイユのばら』に憧れるように(笑)、海外を目指した僕たちの時代とは違う。日本のバレエの素晴らしさを知って、その上で海外に出たい人はそうすればいい。そういう意味では、もしまた同じ企画を行う際は日本のバレエ学校をラインナップに加えたいですね」


 もちろん今回の公演は、プロ志望の若者だけをターゲットにしているわけではない。バレエファンにとっては、将来のスターを自分の目で見つけ出せる、宝探しのような楽しみがある。いつの日か彼らが大舞台で主役を踊るとき、バレエ学校時代から注目していたと自慢の種にできるかもしれない。しかも、たとえばワガノワなら古典の名作、ハンブルクならジョン・ノイマイヤーの振り付け作品といったように、各スクールが得意とする演目が披露されるので、その違いを見比べるのも一興だ。



ワガノワ・バレエ・アカデミー(ロシア)は

世界で最も由緒あるバレエ学校のひとつ。

ニジンスキーやパブロワなど伝説のダンサーを輩出してきた

COURTESY OF ARS TOKYO



振付家ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団の付属校、

ハンブルク・バレエ学校(ドイツ)。世界各国から才能が集まる

© SILVANO BALLONE



 ところで、熊川さん自身はバレエ団を率いて国内外で数多くの公演を開催し、バレエ学校で未来のプロを育て、劇場の芸術監督を務め……と極めて多忙。しかも毎年のように自ら振り付けした新作バレエも発表している。いったいいつ、創作の元となるアイディアをインプットしているのだろうか。


「趣味と興味です。たとえば車や時計(いずれも、熊川さんはかなりのマニアとして知られている)。愛情を注ぎ込んできたものが作品につながっていくんです。車の持つ流線型の美しさや、時計の歯車も踊りとつながりますし、トゥールビヨンは無重力、古書は時間を遡るイメージですね。いまは、Apple Watchが気に入っています。もはや、手塚治虫の世界ですよね。」


 インプットとアウトプットに境目はないという。バレエダンサーは踊りにも生活にもストイックなイメージがあるが、「ストイックなのは苦手。ガチガチに考えたらダメで、アバウトに、感性を7割生かしておく感覚ですね。クリエーションは考えて生まれるものではないですから」






 ただ、新作を作り続けることは自分に課していると言う。

「僕の場合はビジネスも同時に考えないといけないので、アーティスト目線100%ではいけないんです。お客さんが入らないと困るし、自分がいなくなった後もカンパニーが続けていけるようにレパートリーを増やさないといけない」。その上で、新作を振り付けるにあたっては、「100年前でも100年後でも、クラシックとして成立する作品を残したい。デジタル的な先端技術を使うことはせず、先人が築いたものを裏切らない作品を作っていきたい。そこはアーティストとして譲れないですね」と語る。


 デジタル時代、大がかりな演出をより簡単に施すこともできる中、それに頼らず、先人へのリスペクトを込めて作品を作る。同じように、インターネット上で何でも見ることができるからこそ、生の舞台の価値と魅力を若い世代に伝えていきたいという。


「今回の公演も、Education=教育がテーマとはいえ、当然ビジネスでもある。でもそこにはちゃんと、いろいろな意味が込められているんです」

 熊川さんはそう言って笑い、颯爽と新作のリハーサルに戻っていった。




プロフィール

熊川 哲也(TETSUYA KUMAKAWA)

1972年、北海道生まれ。バレエダンサー、振付家・演出家、Kバレエ カンパニー主宰。10歳よりバレエを始め、1987年、英国ロイヤル・バレエ学校に入学。88年、日本人として初めてマリインスキー劇場(ペテルブルク)にて踊る。89年、ローザンヌ国際バレエ・コンクールで日本人初のゴールド・メダルを受賞。同年、東洋人として初めて英国ロイヤル・バレエ団に入団し、同団史上最年少でソリストに昇格。93年、プリンシパルに任命された。98年に英国ロイヤル・バレエ団を退団し、99年、Kバレエ カンパニーを創立。高い評価を受ける数々の作品を上演し、04年、『白鳥の湖』の演出/振付/出演に対し、第3回朝日舞台芸術賞を受賞。05年、第55回芸術選奨  文部科学大臣賞(舞踊部門)を受賞。13年、紫綬褒章受章。18年、『クレオパトラ』の制作・演出に至る長年の功績に対し、毎日芸術賞 特別賞を受賞。Bunkamuraオーチャードホール芸術監督には、12年1月より就任。




熊川哲也オーチャードホール芸術監督 特別企画

オーチャード・バレエ・ガラ ―世界名門バレエ学校の饗宴―


会期:2月11日(日・祝)、12日(月・休)

場所:Bunkamuraオーチャードホール

公演時間:13:00開演

料金:S席 ¥10,800、A席 ¥8,000、B席 ¥6,000

電話:Bunkamura チケットセンター

         03(3477)9999(10:00〜17:30)

公式サイト






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