今、ヘリテージブランドが注目を集めている。過去を振り返ることはファッションの未来につながるのだろうか

BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY ANNABEL ELSTON, STYLED BY ENRICO POMPILI, VALENTINA CAMERANESI, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

ヘリテージブランドのアーカイブが、今、ファッションの導き手となっている。メゾンのアーカイブは“遺物“ではなく、未来のクリエーションの基盤なのだ。知名度がものを言うモード界では、ラグジュアリー・コングロマリットがヘリテージブランドを買収し、高名なブランド名のもと、新進デザイナーに活躍のチャンスを与える。そんなモード界の現状を、気鋭のファッション・ジャーナリスト、アレクサンダー・フューリーが考察する後編。


1982年、歴史を誇りながらも時代遅れになっていたシャネルは、カール・ラガーフェルドをアーティスティック・デザイナーに任命した。こうして彼は老舗メゾンの再生を初めて実現したデザイナーになった。ブークレ(表面に糸の輪が出たツィード地)やパール、チェーン、カメリアといった、ガブリエル・シャネルの特徴的な要素をたくみに取り入れながら、ラガーフェルドは一見してシャネルとわかる服を作った。

「シャネルに歴史がなければ、もはやシャネルではない。私はシャネルらしくしようとあえて意図したことはないが、無意識のうちにそういうデザインを作り出せる」とラガーフェルドはメールにつづってきた。興味深い言い回しだ。シャネルにはあらゆるスタイルがそろっているので、彼がシャネルらしい何かをあえて編み出す必要はないということだろうか。リトルブラックドレス、チェーンストラップ・ウォレット、ツートーン・シューズ…… 確かにガブリエル・シャネルはワードローブのすべてを世に送り出した。「私がシャネルに来てからデザインしたものなのに、元来あったと思い込まれているものは多い」。ラガーフェルドはこう書き添えてきた。「私の仕事、それは信じさせること。ファッションブランドが生き残るにはこの方法しか残っていない」

画像: パリ・カンボン通り31番地。文化省から歴史的記念物として指定されたシャネル本店の、オートクチュールサロンへと続く鏡張りの階段。1954-’55年秋冬オートクチュール・コレクションより、ガブリエル シャネルのキーアイテムであるリトルブラックドレス(左)。このドレスを着想源にした、カール・ラガーフェルドによる2017-’18年秋冬オートクチュールコレクションのドレス(右)。パリ郊外の北東部、パンタンにあるシャネルのアーカイブでは、5 万点以上の所蔵品が約15名のスタッフによって管理されている オートクチュールのドレス CHANEL HAUTE COUTURE / TEL.03(5159)5400

パリ・カンボン通り31番地。文化省から歴史的記念物として指定されたシャネル本店の、オートクチュールサロンへと続く鏡張りの階段。1954-’55年秋冬オートクチュール・コレクションより、ガブリエル シャネルのキーアイテムであるリトルブラックドレス(左)。このドレスを着想源にした、カール・ラガーフェルドによる2017-’18年秋冬オートクチュールコレクションのドレス(右)。パリ郊外の北東部、パンタンにあるシャネルのアーカイブでは、5 万点以上の所蔵品が約15名のスタッフによって管理されている
オートクチュールのドレス
CHANEL HAUTE COUTURE / TEL.03(5159)5400

 ラガーフェルドがシャネルの歴史を華やかによみがえらせると、世界中のブランドがこの再興の方法をまねた。今のデザイナーたちも、ブランドの歴史と自身の美学を結びつけるためにアーカイブを研究する。たとえばマリア・グラツィア・キウリというデザイナーを知らない人でも、ディオールの名前と、ウエストを絞った「バー」ジャケットやふんわりと広がるスカートなど、彼女の味つけによる“ディオール・スタイル”ならピンと来るだろう。パコ・ラバンヌについてもしかり。デザイナー、ジュリアン・ドッセーナのことを知っているのは業界人だけかもしれないが、バーバレラ(1967年の仏SF映画『バーバレラ』の主人公で女宇宙士)が着ていたメタルの甲かっ冑ちゅうなら、多くの人の記憶に残っているだろう。「そのほか当時のパコ・ラバンヌを象徴していたのは、ジェーン・バーキンや歌手のフランソワーズ・アルディといったスターかもしれない」とドッセーナは補足してくれた。こういったスターはもちろん、このブランド自体が、60年代の“スページ・エイジ”のシンボルだった。当時の混迷した、飽和状態のモード界では、「ココ」「バー」「バーバレラ」といったわかりやすさが人気の秘訣だった。

 このように過去を再生させる方法は、ビジネス的には間違っていない。ただ、クリエーションとして、また文化的な視点から見たとき、ブランドの歴史はいったい誰に帰属するのだろう。創始者が築いたブランドにおいて、現在のデザイナーがその歴史を再現し、着想の源としていいのだろうか。この方法では、純粋に、本質的に新しいものは生まれないのではないか。だがもしかすると、そもそも今の人々が切望するのは“新しさ”ではなく、歴史的価値や本物へのこだわり、つまり"オーセンティシティ"なのかもしれない。なかには過去のデザインをほとんどそのまま復刻するブランドもある。たとえば、ガブリエル・シャネルが1955年に創案した、チェーンストラップつきのキルティングバッグ「2.55」は、現在までにさまざまなバージョンが発表されてきた。過去への回帰というこの流れは、人々のヴィンテージ熱と、過去にこそあると信じられている"オーセンティシティ"への憧れを示すのだろうか。

 こう考えてみたものの、この流れはやはり現代の思想や哲学、つまり“本物志向”とは無関係だという見方もできる。単にもっと現実的に、需要と供給のスピードを保つためなのかもしれないと。デザイナーたちは一般的に、プレコレクション(メインラインと異なる時期に出るコマーシャルライン)などを含め、シーズンごとに4つのコレクションを発表する。さらに複数のブランドを兼任するデザイナーもいる。たとえばヴァザリアにはヴェトモン、ラガーフェルドには自身の名を冠したブランドと、共同クリエイティブ・ディレクターを務めるフェンディがある。

デザイナーにかつてないほどの重圧がのしかかる今のモード界では、既存デザインの模倣が最も手っ取り早い解決策なのかもしれない。確かに、多くのデザイナーがヴィンテージをコピーしたような服を生み、ジャーナリストがそれを“リバイバル・スタイル”と呼び始めた90年代初期から、過去への回帰というテーマは頻繁に繰り返されるようになった。ちょうどその頃からヴィンテージ市場も猛烈な勢いで広がったのを見ると、やはり人々が求めていたのは“オーセンティシティ”なのだとも考えられる。あるいは業界にくみ込まれた"買い替えを促すものづくり"への抵抗だったのかもしれない。

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