自叙伝としてのオブジェ

OBJECTS AS AUTOBIOGRAPHY
熱狂的なコレクターであるデザイナーのジョナサン・アンダーソン。彼が情熱を注ぐオブジェの数々と、美の奇才の心の内

BY ALICE GREGORY

 最近、ある園芸センターのアンティークフェアで、アンダーソンは18世紀の壊れたクリームウェア(乳白色の陶器)を手に入れたと教えてくれた。魚の形をしたゼリー型だ。「すごく安くてね。こんなものに出会うなんて期待もしてなかったくせに、これを見つけてからほかの魚のオブジェも欲しくなってしまって。魚の群れができるほど、たくさん集めたいんだよ」と胸中を明かす。「こういった類のものが、僕をちょっとした“トランス状態”に陥らせる。でも僕を惹きつけるのは金銭的な価値じゃなくて、そのもの自体なんだ」。彼は主張するようにそう言って、iPhoneをスクロールしながら最近入手したオブジェの写真を見せてくれた。肖像画が描かれたデルフト焼きのタイル、“題名も画家名も不明な油絵”、背面の亀裂を大きな鉛の塊で接いだ17世紀の壊れかけの椅子—。これらをどう飾るかという仮のプランを説明し終えると、彼は「きっとクレイジーだと思われるにちがいないけど……」と切り出した。これほど大量のものに囲まれながら、自分はこれらのオブジェの持ち主というより、一時的な“保管者”にすぎないような気がしてしまうというのだ。

 話の中で、アンダーソンは高級時計ブランド、パテック・フィリップのキャッチコピー “あなたは真にこれを所有することはできない。あなたは次世代に引き継ぐための保管人にすぎないのだ” を引き合いに出し、首を振ってつぶやいた。「次の世代の誰かがこれを所有するっていう考えが、僕を悩ませるんだ」。

 私はアンダーソンに「オブジェを収集していて感じるのは歓びだけでしょうか、それとも……」と尋ねかけた。だが質問を言いきる間もなく、彼は割り込むように「ああ、それは不安さ」と応えた。「何かを手に入れられないのでは、という恐れと言ったらいいかな」。アンダーソンはさらに深い心の内を語り始めた。「ときどき、世の中が問題だらけだと感じるときは特に、自分が収集したものにがんじがらめに縛りつけられているような気がするんだ」。彼は省察を続ける。「もしかしたら、こうしてオブジェの収集に執着することで、不愉快な問題と距離をおこうとしているのかもしれない」。「でもこれって、ひどい理屈だよね」とつぶやいたアンダーソンは、「このインタビュー記事を要約すると、オブジェなんて結局、ナンセンスってことだ」と締めくくった。そう言いながら、彼はどこか納得しきれないように眉をひそめた。それでも、彼はそんなふうに信じたいようだった。

画像1: 自叙伝としてのオブジェ

「この3つのオブジェは、ずっと僕の一番のお気に入りなんだ。まず、英国のデザイナーキャシー・ハリスがデザインした指輪(写真左)はフォルムが素晴らしい。光があたると命が吹き込まれたように見えてね。この指輪は、はめてもいいけど、僕は家で飾るだけにしている。手の彫刻は、イタリア人アーティスト、エンリコ・デイビッドの作品。西ヨークシャー地方のヘップワース・ウェイクフィールド美術館でひと目惚れして。この作品は石膏の混合材と真鍮で作られていて、深い静寂感が印象的なんだ。最後は、オーストリア出身の陶芸家、ルーシー・リーの作品(写真右)。滴り落ちたゴールドカラーと全体のたたずまいが驚くほど美しい。僕にとってエジプトを強く感じさせる、洗練を極めた作品だよ」

画像1: PHOTOGRAPHS BY NIGEL SHAFRAN

PHOTOGRAPHS BY NIGEL SHAFRAN

「手動のワイン圧搾機のスクリューでできたこの作品に初めて出会ったのは、ケンブリッジにあるケトルズ・ヤード・ギャラリー。かつて使われていたもの、メカニカルなものという点が気に入って。まるでトーテムポールみたいだし、僕の目にはすごくブランクーシ的に映るんだ」

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