BY MASANOBU MATSUMOTO, PHOTOGRAPHS BY KOHEY KANNO, STYLED BY TOMOKI SUKEZANE, HAIR & MAKEUP BY TATSUYA ISHIZAKI(STRIPE)
6月25日、香取慎吾はインスタグラムに、ドクロ顔にバツ印の目、カリフラワーのような耳をした巨大なオブジェと一緒に写った自身の姿を投稿した。アニメから飛び出てきたようなそのキャラクターは、現代美術家KAWS(カウズ)の作品に繰り返し登場する“コンパニオン”だ。KAWSは昨年から、このコンパニオンのバルーン彫刻をつくり、ソウル、台北、香港のアジア各都市に順次、期間限定で設置するアートプロジェクト『KAWS:HOLIDAY』を行っている。香取が訪れたのは、7月18日から行われた日本版の、テスト設営の現場。あお向けになった全長40mのコンパニオンと、その姿をまねして寝そべる181cmの香取慎吾――この写真に、遠くNYでその様子を見守っていたKAWS本人も“いいね!”をつけた。
香取はこの2年ほど、長らく描きためていた絵画を個展形式で発表してきた。2018年には、パリ・ルーヴル美術館で、今年3月には待望の日本初個展を開いた。それに伴い、横尾忠則や会田誠など自身が惹かれてきた作家と対談する機会も得ている。KAWSも香取が会いたいと切望していた美術家のひとりだった。その夢は、テスト設営から約1カ月後、富士山を近くに望むキャンプ場を会場にした『KAWS:HOLIDAY JAPAN』のオープニングイベント前日に実現した。引き合わせたのは、このプロジェクトのプロデューサーで香港のクリエイティブ・スタジオ「AllRightsReserved」の代表SK Lam。過去に香取が香港市内に制作したグラフィティを見たという彼いわく「エンターテイナーとしてだけでなく、アーティストとしても素晴らしい才能の持ち主。ふたりが出会ったらきっと面白いだろうと思って」。KAWSも香取と会うと「初対面だけど、すでにSKから香取さんのことはだいぶ聞かされているよ」と言い、ハグをした。
近年、絵画、彫刻、おもちゃのフィギュア、またファッションブランドとのコラボレーションなど幅広い分野でクリエーションを手がけるKAWSだが、ベースにあるのはグラフィティである。生まれ故郷ニュージャージーで、彼は仲間たちと街中の壁や鉄道車両にペインティングをして思春期を過ごした。転機は90年代初頭。NYのバス停や電話ボックスに掲示された企業広告に、コンパニオンの原型であるバツ印の目をしたキャラクターを描き加えるというゲリラ的な制作を行った。あるビジュアルでは被写体の顔の上にコンパニオンの顔を描き重ね、コンパニオンを広告モデルに仕立てる。あるものはモデルとコンパニオンが共演しているふうに描く。従来のグラフィティとはひと味違う、遊び心に富んだこのストリートアートは、若者の間で話題になり、次第にプロのアート関係者も注目するようになっていった。
KAWSはいわゆるファインアートの“外側”で生まれたアーティストと言える。そして今も、美術的な文脈や形式、ルールに縛られず、自由にアートやストリート、ファッションの地図を行き来してみせる。それはエンターテインメントの世界からアートシーンに足を踏み入れた香取も同じだ。作風や技法は違えど、KAWSと香取は、たしかにアートとの関わり方やスタンスについて、似たような考えを持っているようだ。
“アートの定義”を問うと「いまだに“アートとは何か”ということを意識したことはないですね。ただ描きたくて描くだけ」(香取)。「定義はしなくてもいいと思う。僕の作品がどうなのかは、観た人が決めてくれればいいから」(KAWS)。また、KAWSにフィギュアやコラボレーションTシャツなど、コマーシャルなものをつくる理由を尋ねると「絵が買えない人でもTシャツならば手に取れるかもしれないからね。どちらも“作品”。大切なのは多くの人に作品と対話してもらうこと」。それは、香取が日本初個展の際に語ったことにも通じるだろう。「僕の場合、自分が素材。いろいろな自分を見てもらいたいと思ってステージに立ってきました。僕にとって絵もライブパフォーマンスもある意味では同じ表現。ただ絵ならば、もっと深い部分を伝えられるかもしれないって思っています」
対談が進み、初対面のふたりの緊張がほぐれたころ、KAWSはスマートフォンに保存している自身の制作風景を香取に見せた。画材会社とコラボレーションした“KAWS仕様”のアクリル絵の具があり、すべての色に番号がふられている。絵画作品を制作する際、彼はまず輪郭線を描き、塗装すべき部分にその数字を記していくという。そして、アシスタントと数字どおりに色を塗り、作品を仕上げる。
絵の描き方に関して、香取いわく「真逆。まったく計算をしない。僕の絵を見て"香取さんらしい色ですね"と言ってくださる人もいますが、実は色は意識すらしていないかも」。暗闇の中で絵の具に手をやり、たまたま手にしたチューブで直接キャンバスに色をつけていくこともあるという。「アートスクールで絵を勉強していないからかな?」という香取に、KAWSはこう返した。「でも香取さんにとっては“誰かのやり方”“決まった絵の描き方”を知らないことが実は大事なんだと思う」
もうひとつ、ふたりには“真逆”なことがある。作品を販売しているかどうかだ。巨大ビジネス化しているアートの世界において、マーケットでの評価は大きな意味をもつ。実際、今年4月に開かれたオークションで、KAWSの作品が約16億4,700万円で落札され、彼への注目度は急上昇した。香取は、なぜ作品を売らないのか?「それは自分の手もとから離れてしまうのが嫌だからです」ときっぱりと言いきる。
そしてKAWSは意外にもこう続けた。「僕も作品が欲しいという人が増えたから売るようになったけど、別に売らなくてもいいと思うんだ。実は最近は自分の作品を買い戻すこともある。グラフィティを描いていたころ、僕にとって公共の場に自分の作品があるということがハッピーだった。作品は自分が好きな場所、イメージする場所にあるのがいい。そうでなかったら、その作品を手もとに戻すのもひとつの方法だと思ってね」
翌日、富士山の麓でふたりは再会した。この日は雨天のため富士山は姿を見せず、また陽がおちると周囲は霧に包まれた。しかし、ここは間違いなくKAWSが選んだコンパニオンを設置するのに最適な場所だ。長年、自身のライブの演出を手がけてきた香取も「霧の中に消えていくコンパニオンもまた魅力的ですね」と、面白がる。そして、バルーンに近づき、さわったり、揺らしたりしながら、ふたりは遊ぶように作品を楽しんだ。
その様子を見て、前日、KAWSに尋ねた質問を思い出した。ふたりがコラボレーションしたら、どんなことができると思いますか?――「一緒にひとつの作品をつくるのではなく、絵の描き方、ルールを交換してみるのはどうだろう。香取さんは僕みたいな数学的なやり方で、僕は香取さんのように色を先に決めないで絵を描く。そういう“遊び”を楽しむのが、僕たちには合っていると思うんだ」
香取慎吾
1977年、神奈川県生まれ。歌手、俳優。美術家としても注目を集め、2018年9月、パリ・ルーヴル美術館に併設するカルーゼル・デュ・ルーヴルで初個展を開催。今年3月には、日本における初個展『サントリー オールフリー presents BOUM! BOUM! BOUM!』を開き、約40日で来場者数10万人を記録した
KAWS(カウズ)
1974年、アメリカ・ニュージャージー州生まれ。90年代初めにグラフィティアーティストとして頭角を現し、"コンパニオン"や"BFF"など独自のキャラクターを取り入れた作品で世界的に人気を博す。近年はディオールやユニクロ UTなどファッションブランドとのコラボレーションも手がける