BY ZOË LESCAZE, PORTRAIT BY SHANE LAVALETTE, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA
とはいえ、ヤンは相変わらず、アート業界の儀式にいやいや出席し、ぎこちなく振る舞うことすらある。グループ展が開催されたクンストハウス・グラーツは、美術館というよりも、『スター・ウォーズ』に登場する宇宙要塞「デス・スター」に近いデザインの未来的な空間だ。ここでのオープニング・パーティでも、ヤンは会場の隅っこにある小さな革のソファに座ったままだった。ガラスをふんだんに使った、黒い泡のように見えるその部屋からは、古めかしいオーストリアの街並みが見下ろせる。バーを囲む人だかりからできるだけ離れたところで身をかがめ、彼女は私にこう打ち明けた。最初の個展のときからずっと、オープニングに顔を出すのは場違いだと感じる――。
「自分のやるべきことは終わっているので、私は姿を消すべきでしょう」。ワイングラスを傾けてゲルバー・ムスカテラーを味わう人々の群れを指しながら、「私は、祝うことがあまり得意ではないんです」とヤンは言った。それは、仕事関係のイベントだけにとどまらない。彼女はもう何年も前から、誕生日パーティや結婚式などの招待状を、親しい友人からでさえ受け取っていない。「以前は、楽しめなくても我慢していたんです」とヤンは言う。「私と友人関係を続けるのは、しんどいですよ」。まったくそのとおりだと、オルテガは同意する。「彼女に会うと、翌日は一日じゅう落ち込んでしまうことがある。とても批判的な人ですから」
ヤンは、展覧会の準備中、常軌を逸した精神状態になり、“非人間的”になることすらあると、自ら認めた最初のアーティストだ。そして、彼女のお気に入りの学芸員は、自分に異を唱えるタイプの人たちだ。「とても要求の多い作家なので、耐えられない人もいます」。そう打ち明けるのは、クンストハウス・グラーツのディレクターで、ヤンの個展をキュレーションしたバーバラ・シュタイナーだ。「同僚の中には、二度とヘギュとは仕事をしないと宣言した人もいます」。だが、再び彼女に声をかけ、グループ展に招待したシュタイナーは、その種の苦情を一蹴する。ヤンの作品を通じて得難いものに触れられるので、彼女の展示に携わることは貴重な体験なのだという。「それが一体何であるかは、永遠にわからない。自分に身近なもののようにも感じるし、自分とはかけ離れたもののようにも感じる」。自分のことを支え、癇癪(かんしゃく)にもつき合い、一切合切を受けとめてくれる人々に対して、ヤンはとても義理堅い。たとえば、ベネチア・ビエンナーレで発表した中の、ある作品のように、バーバラ・ヴィーンが直接資金を提供しなかったプロジェクトにおいても、ヤンは謝辞に、昔から自分の作品を支持してくれた彼女の名を必ず記す。「バーバラは、よくやったと思います。自分の才能をずっと信じてくれたバーバラのような人がいなかったら、ヘギュは精神的にもたなかったでしょう」と、ウンジー・ジューは言う。ジューは、ヤンも参加した2009年のベネチア・ビエンナーレ韓国館のキュレーターを務めた人物だ。
ある日の午後、MoMAのアトリウムでは100人を超える人々が、ヤンのインスタレーション作品を鑑賞していた。きらきらと光る無数の鈴で覆われた、大型の抽象的な立体作品だ。車輪のついた立体を、5人のパフォーマーがリズミカルに弧を描きながら動かしていく。フロアの端から端まで、そして壁面にも、黒と玉虫色のビニールで作った多角形がちりばめられている。それらはまるで、手の込んだ折り紙の物体が、ばらばらと解体されていく様子にも見える。天井のスピーカーからは、鳥のさえずりが聞こえてきた。催眠術をかけられたような気持ちになるこの光景は、観光客だけでなく、MoMAの常連たちの歩みも止めた(「MoMAで観た中で、いちばん奇妙なものだ」。立体がチリンチリンと音を立てて通りすぎていくのを見て、ある男性は連れの人に向かってそう言っていた)。
だが、このインスタレーションには、歴史上の人物を暗に匂わすような仕掛けもある。多彩な才能を発揮した芸術家のゾフィー・トイバー=アルプ、東欧の神秘主義者G.I.グルジエフ、韓国から亡命した作曲家のユン・イサン、そして政治的な出来事の数々についてもほのめかす。鳥の鳴き声は、近年の韓国と北朝鮮の非公式な首脳会談を録音しようと試みた記者たちが、偶然とらえたものだ。これらの要素については、壁面にある解説文を見ればわかるが、立体を覆っている鈴が何を意味するのかについては、説明がない。ヤンは、鈴は韓国のシャーマニズムを暗示しているのだと、私に教えてくれた。修行中のシャーマンは、古いスプーンやがらくたなど、不要な金属を譲ってほしいと、一軒ずつ訪ね歩くのだという。それを溶かして鋳(い)なおし、ガラガラと音を立てる道具をこしらえる。ヤンの説明によれば、この道具を使って「幽霊の声が聞き取れるように耳を鍛える」のだという。ガラガラを手に、シャーマンは人間と精神世界のあいだをとりもつ使者の役割を演じる。ある意味で、ヤン自身も通訳者のような存在だ。彼女の作品には、工芸、テクノロジー、抽象性、ストーリーなどが交錯する、摩訶不思議な会話が含まれている。その会話の中に、鑑賞者は過去の世界からの木霊(こだま)や、激動する現在から漏れ出たささやきを、聞き取ることができるのだ。
ヤンには勢いがあり、野心もあるが、それでも時折、現在のような制作ペースと各地を渡り歩く生活を今後も続けていけるかどうかはわからないと言う。「本当に自分は、今やっていることをすべて消化して、何かに還元できるのだろうか?」。グラーツのカフェで、ヤンは声に出して、そう自問した。「自分はこの活動だけを行っていけるのかどうか、わかりません。今のところは維持できていますが......、この先はどうなることやら。私にはわからない。わからないんです」。あと1日足らずで別れを告げるこの街を、ヤンはじっと見つめていた。いつも先を急いでいる彼女には、ペースを落とすことを考える余裕などあるはずもないのだろう。