日本のクリエイティブを黎明期から牽引してきた小池一子。自らの役割を物理学の“中間子”になぞらえ、デザイナーやアーティストをつないできた。その熱量はどこからくるのか、話を聞いた

BY NAOKO ANDO, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

 小池は7歳のとき、実母・民子の姉である小池元子夫妻の養女となった。養父である伯父、小池四郎は、クララ社という出版社を興した人物。伯母、元子はクララ洋裁研究所を主宰する洋裁教育者だった。第二次世界大戦勃発までは、ふたつの家を自由に行き来していたという。戦後、四郎が急逝し、瓦礫となったクララ洋裁研究所の跡地に建てられた木造平屋で、元子と暮らした。現在は、その平屋を内包するかたちで建築家の内藤廣(ひろし)がリノベーションした家で、夫のケン・フランケルとともに暮らしている。

画像: 自宅にて。ポリカーボネートの壁から入る光が美しい「アプローチ」と呼ばれるこの空間には現代アートと民具を組み合わせて配置。手前から、ケニアから抱えて持ち帰った椅子、ドゴン族の扉、三嶋りつ惠のガラス作品、インドの大鍋。小池のTシャツは『東京ビエンナーレ2020/2021』のクラウドファンディング・サポーターへの返礼品として作ったもの。抽象画家吉原治良が描いた「一」の文字をプリントした

自宅にて。ポリカーボネートの壁から入る光が美しい「アプローチ」と呼ばれるこの空間には現代アートと民具を組み合わせて配置。手前から、ケニアから抱えて持ち帰った椅子、ドゴン族の扉、三嶋りつ惠のガラス作品、インドの大鍋。小池のTシャツは『東京ビエンナーレ2020/2021』のクラウドファンディング・サポーターへの返礼品として作ったもの。抽象画家吉原治良が描いた「一」の文字をプリントした

 後日、その家を訪ねると、現代アートとアフリカやインドの民具、そして道に落ちていた針金や海辺の石など、意図せずに美しいかたちを備えた“ファウンド・オブジェクト”に出迎えられた。これらのコレクションに新しく加わった作品が、庭に飾られている。小池が共同代表を務め、9月5日まで行われていた『東京ビエンナーレ2020/2021』において「Praying for Tokyo 東京に祈る」と題してキュレーションした宮永愛子の作品《ひかりのことづけ》のガラスのオブジェだ。第二次世界大戦で傷ついた東京を鎮魂するため祈りの空間を作りたいという小池の思いに応え、宮永は、湯島聖堂にこのガラスのオブジェをいくつも点在させる光の作品を奉じた。そのひとつを譲り受けたのだ。

画像: 小池が海で拾った"ファウンド・オブジェクト"。波と偶然の作用でブドウのかたちになった石

小池が海で拾った"ファウンド・オブジェクト"。波と偶然の作用でブドウのかたちになった石

画像: 宮永のガラスのオブジェ作品を、ぜひ庭に置きたいと譲り受けた。2020年開催予定が1 年延期された『東京ビエンナーレ』のために小池が考えた全体テーマは「見なれぬ景色へ」、キュレーションした展示のテーマは東京大空襲を念頭においた「Praying for Tokyo 東京に祈る」。ともにパンデミック前の決定だが、現状を鑑みるとより深い意味合いをもつ言葉となった 宮永愛子《ひかりのことづけ》2021年 ガラス、空気 ©️ AIKO MIYANAGA

宮永のガラスのオブジェ作品を、ぜひ庭に置きたいと譲り受けた。2020年開催予定が1 年延期された『東京ビエンナーレ』のために小池が考えた全体テーマは「見なれぬ景色へ」、キュレーションした展示のテーマは東京大空襲を念頭においた「Praying for Tokyo 東京に祈る」。ともにパンデミック前の決定だが、現状を鑑みるとより深い意味合いをもつ言葉となった
宮永愛子《ひかりのことづけ》2021年 ガラス、空気 ©️ AIKO MIYANAGA

「祈りと創作には、密接な関係があると思います。古来アーティストは、自分を超えた高いものに畏れをもって、創作を捧げる思い、つまり祈りを込めて、聖像や仏像を彫ってきたのでしょう。現代であれば、人々の生活や環境がよりよくなるように願う、その願いの深さが芸術表現に込められたような作品が、私は好きですね」

画像: 仏像の切手がずらりと貼られて届いたアーティストからの便り。美しくて切り取った

仏像の切手がずらりと貼られて届いたアーティストからの便り。美しくて切り取った

画像: 小池の仕事の数々。立てかけた図録は、初めて企画し高い評価を受けた展覧会『現代衣服の源流』(1975年)の特装本。箔押しのシンボルマークは山口はるみ、装丁は田中一光。重ねた本は上から、翻訳を手がけたジュディ・シカゴ著『花もつ女』(パルコ出版局)、ピーター・アダム著『アイリーン・グレイ』(みすず書房)、2020年群馬県立近代美術館で行われた『佐賀町エキジビット・スペース 1983–2000 現代美術の定点観測』展の図録(HeHe)、三宅一生について書いた日英併記の『イッセイさんはどこからきたの? 三宅一生の人と仕事』(HeHe)

小池の仕事の数々。立てかけた図録は、初めて企画し高い評価を受けた展覧会『現代衣服の源流』(1975年)の特装本。箔押しのシンボルマークは山口はるみ、装丁は田中一光。重ねた本は上から、翻訳を手がけたジュディ・シカゴ著『花もつ女』(パルコ出版局)、ピーター・アダム著『アイリーン・グレイ』(みすず書房)、2020年群馬県立近代美術館で行われた『佐賀町エキジビット・スペース 1983–2000 現代美術の定点観測』展の図録(HeHe)、三宅一生について書いた日英併記の『イッセイさんはどこからきたの? 三宅一生の人と仕事』(HeHe)

 パンデミック以前に考案したテーマが、奇しくも予言のようになった。
 次なるテーマは、子どもの創造力を伸ばすためのフリースクールの構想だという。今の教育では子どもが疲弊し、よいアーティストが生まれないと危機感を抱いてのことだが、現状の教育を否定してかかるのではなく、子どもたちの精神的土壌となり得る“もうひとつの場所=オルタナティブ・スペース”を作ろうというのが、実に小池らしいではないか。

小池一子(KAZUKO KOIKE)
1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。クリエイティブ・ディレクター。武蔵野美術大学名誉教授。1977年『三宅一生と一枚の布』をはじめ、数多くの展覧会をキュレーション。1980年「無印良品」発足に携わり、以来アドバイザリーボードを務める。「佐賀町エキジビット・スペース」(1983〜2000年)を主宰し、多くの現代美術家を国内外に紹介してきた。十和田市現代美術館館長(2016~’20年)。近著に『美術/中間子 小池一子の現場』『小池一子 はじまりの種をみつける』(ともに平凡社)。2020年度文化庁長官表彰

『オルタナティブ! 小池一子展 アートとデザインのやわらかな運動』
会期:2022年1月22日(土)〜 3月21日(月・祝)
会場:アーツ千代田 3331
   メインギャラリー(1F)/sagacho archives(B1F)/B111(B1F)ほか
住所:東京都千代田区外神田6-11-14
開館時間:11:00〜19:00(最終入場は閉場30分前まで)
休場日:会期中無休
※展示会場のうち、内藤礼作品の展示スペース「sagacho archives」(完全予約制)は月曜および2022年2月21日(月)から23日(水)まで休廊。詳しくは公式サイトをご確認ください。
料金:一般 ¥1,000、65歳以上・学生 ¥800
※千代田区民は身分証明書のご提示で無料/障害者手帳をお持ちの方とその付き添いの方1名は無料/高校生以下無料
電話:03(6803)2441
公式サイト

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