今、アート界を支える権力構造に疑問の視線が注がれている。たとえば、倫理的に問題がある資金提供者の役割を問い直し、どんな属性を持つアーティストたちが美術館の展示スペースを与えられているのかという点に斬り込む、アクティビズム志向のアーティストたちがいる。彼らは、自分たちの経済的基盤を支え、自らの作品の展示場所でもある組織と真っ向から闘っている

BY MEGAN O’GRADY, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 ホイットニー美術館で起きたことを考えるとき、アート界の体制批判(インスティテューショナル・クリティーク)とのちに呼ばれるようになる分野に関わったアーティストたちの初期の作品例に触れないわけにはいかない。たとえばハンス・ハーケの1970年の展示『MoMA Poll(MoMA世論調査)』がそうだ。MoMAの来場者たちに「ロックフェラー州知事が、ニクソン大統領の対インドシナ政策を否定しないことが、あなたがこの11月に州知事選挙でロックフェラー氏に投票しない理由ですか?」という質問を投げかけ、その答えを透明なふたつのアクリルガラスの投票箱のどちらかに入れてもらうというものだ。「はい」の箱と「いいえ」の箱がある。MoMAにとってネルソン・ロックフェラーの一族は創設時からの篤志家で、ネルソンは再選挙を控えていた。彼自身もまたMoMAには大口の寄付をしており、さらに同美術館の理事会のメンバーでもあった。ハーケの展示が終了するまでに集まった投票数は「はい」が「いいえ」の2倍だったが、それでもロックフェラー州知事の評判にはそれほど傷がつかなかった。ハーケの時代と比べても、金の流れ自体はさほど変化していないが(ロックフェラー一族のメンバーは今も何人か同美術館の理事会に名を連ねている)、透明性を要求する声は非常に高まっている。その証拠に「アートウォッシュ」という言葉が台頭してきた。この言葉は、権力を持つ組織や国家や個人が、彼らの評判を正常に保ち確固たるものにするために、芸術と文化をいかに利用しているかを示す言葉だ。

画像: ハンス・ハーケの作品『MoMA Poll(MoMA世論調査)』(1970年)はMoMAの来場者に、州知事ネルソン・ロックフェラーを支持するかしないかを問うた。ネルソン・ロックフェラーの一族は、現在も同美術館の主要な篤志家である HANS HAACKE, “MOMA POLL,” 1970, TWO TRANSPARENT BALLOT BOXES, INSTALLATION VIEW, VENICE BIENNALE, 2015 © HANS HAACKE/ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK/VG BILD-KUNST, BONN, COURTESY OF THE PAULA COOPER GALLERY, NEW YORK

ハンス・ハーケの作品『MoMA Poll(MoMA世論調査)』(1970年)はMoMAの来場者に、州知事ネルソン・ロックフェラーを支持するかしないかを問うた。ネルソン・ロックフェラーの一族は、現在も同美術館の主要な篤志家である
HANS HAACKE, “MOMA POLL,” 1970, TWO TRANSPARENT BALLOT BOXES, INSTALLATION VIEW, VENICE BIENNALE, 2015 © HANS HAACKE/ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK/VG BILD-KUNST, BONN, COURTESY OF THE PAULA COOPER GALLERY, NEW YORK

 アクティビスト・アートは文化間で争いが起きているときに、世間の注目を集める手法に長たけている。1960年代までには、コンセプチュアル・アート運動によって、アート作品が美術館の外にも広く普及していった。それに触発されて1970年代には政治アート運動が起き、環境アートやフェミニスト・アートも花開いた。アート界の体制批判は1980年代に最高潮に達し、それまでの歴史の中で美術館から締め出されていたアーティストたちが主流派として活躍するようになった。1989年にはアンドレア・フレイザーが『Museum Highlights: A Gallery Talk(美術館ハイライト:ギャラリー・トーク)』と題するビデオを披露した。その中で彼女は美術館の案内人に扮して、アートの鑑識眼を持つと自認している特権階級をパロディによって揶揄(やゆ)した。

このビデオが製作されたのは、連邦政府による文化施設への支援金が削減されたタイミングで、美術館はこれまで以上に企業献金や個人の篤志家の援助に頼らざるを得なくなっていた。だが時がたつにつれ、そんな批判の声もいつしか薄れていった。すると2016年にフレイザーは『2016 in Museums, Money and Politics(美術館における2016年、金と政治)』と題した950ページに及ぶ調査書を出版した。5,458人の美術館理事会メンバーたちが、一般選挙の期間中に、政党と近しい関係にある組織にそれぞれいくら寄付したのかを調査したものだ。ユーモアも無礼さも一切排除して、数字だけが並べられている調査は、ある事実をはっきりと伝えていた。ダイバーシティとインクルージョンの旗を振る文化組織に資金援助をしてきた人物が、その概念を打ち砕こうと活動する保守派の政治家に多額の資金を寄付していることが明らかになったのだ。

 また「ギャラリー・トーク」のビデオが公開されたあと、1960年代のアートの礎だった共同体が復活し、それが体制批判アートの後継者となった。1990年代には、社会学者兼アーティストのジョージ・リヴェラがアートナウトと呼ばれるグループを立ち上げ、一般的にアートが扱わないような社会問題に注目を集めるために、あえて問題の起きている現場で活動して自作を展示した。ピノチェト支配下のチリや、韓国と北朝鮮間の閉ざされた国境にあるDMZ博物館での展示がその例だ。集団占拠によるデモ戦略と目を引くグラフィック・デザインで知られるようになったデコロナイズ・ディス・プレイスは、シチュアシオニスト・インターナショナル(通称S.I.)が打ち立てたアクティビスト・アートの系譜を引き継いでいる。S.I.は、1957年にフランス人の理論家ギー・ドゥボールが数多くのアート集団をイタリアのアルバに集結させて初の「World Congress of Free Artists(自由アーティスト世界大会)」を開催したのちに発足した。シチュアシオニストたちが提唱した宣言は、哲学者ルカーチ・ジェルジュらの思想を下敷きにしている。その思想は、強力な利権を持つ者が支配する不正に仕組まれたゲームとしての文化を精査する、という目的を持つ。利権を牛耳る者は、異議を唱える者を踏みつけにし、革命的なアイデアを商業化して無力化してしまうと語られており、これは不思議なまでに現在の状況にぴったりだ。

 現代のデータ主導のアクティビスト・アート集団の元祖アイコンのひとつが、ゲリラ・ガールズだ。彼女たちは、アートの商業主義化に業を煮やして1985年にグループを立ち上げた。ゴリラのマスクを被り、すでに亡くなった女性アーティストの名前をコードネームとして使用し、一般の観客に向けてポスターやスローガンを使い、広告のキャッチフレーズをパロディ化してアート界の現状に挑戦状をたたきつけた。

画像: 匿名のフェミニスト集団、ゲリラ・ガールズが1980年代に制作したポスター。ゲリラ・ガールズは世界中のアート組織におけるジェンダーの不均衡を題材にして数十年間活動している GUERRILLA GIRLS, “GUERRILLA GIRLS REVIEW THE WHITNEY,” 1987 © GUERRILLA GIRLS, COURTESY OF THE GUERRILLA GIRLS

匿名のフェミニスト集団、ゲリラ・ガールズが1980年代に制作したポスター。ゲリラ・ガールズは世界中のアート組織におけるジェンダーの不均衡を題材にして数十年間活動している
GUERRILLA GIRLS, “GUERRILLA GIRLS REVIEW THE WHITNEY,” 1987 © GUERRILLA GIRLS, COURTESY OF THE GUERRILLA GIRLS

「女性はメトロポリタン美術館に展示されるのに、裸にならなければいけないのか?」と1989年のポスターは問いかける。この言葉は、裸体のオダリスク(註:ハーレムの女性奴隷)が顔にゴリラのマスクをつけている姿を描いた絵の横に添えられている。さらにその横にはこう記されている。同美術館の現代アートのセクションでは女性出展者による作品の比率が5%以下で、また、展示されているヌード作品の85%が女性を題材にしたものであると。そして今、批評家たちは、これらの運動の中にもある種の偽善が存在していたと主張する。アート界の体制批判に参加していた多くのアーティストたちが、実はそれらの権力組織から自らの作品製作のための資金援助を受けており、さらにそれらの組織で自作品の展示を行なっていたのだと。だが、アーティスト本人たちの弁はこうだ。そもそもアート界を清廉潔白な場所にするのが彼らの目的ではなく、最終目的は常に、アート界に自由をもたらすことだと。「私たちは今でも街頭ポスターを貼ったり、垂れ幕を作って美術館を批判しているし、時には美術館の壁にその垂れ幕をかけて、直接批判することもある」とゲリラ・ガールズの古参メンバーのケーテ・コルヴィッツは電子メールで私にメッセージを送ってきた(彼女の名前はコードネームだ)。ゲリラ・ガールズの最新プロジェクト『The Male Graze(男がつけた傷)』(2021年)は、ビルボード型の一連の作品で、男性芸術家による搾取的な行動の歴史を告発している。彼女たちの活動の焦点は昔とほぼ変わっていない。「大手アート・ディーラーやキュレーターやコレクターから称賛される少数のアーティストたちだけを美術館が重用して、アートの世界を狭めるべきではない」とコルヴィッツはメールで語っている。「美術館が代表するはずの文化を構成する多様性が、実際の展示において反映されない限り、美術館は美術史を体現しているとは言えず、単に富と権力の歴史を保存しているだけだ」

 革命は美術と同じように想像力を働かせることから始まる。それはつまり、世界を新しいイメージによって再構成することだ。デコロナイズ・ディス・プレイスをアミン・フサインと共同設立したニターシャ・ディロンは、シュールレアリストであり理論家でもあるシュザンヌ・セゼールが1941年に書いたエッセイを読むことをすすめてくれた。その文章の中で、セゼールはこんな世界を思い描いている。「アートは変人や超人や偉人の領域である…… 詩人や画家やアーティストたちは、ハレーションを起こしつつ狂気に満ちた世界の中で、ころころと態度を変える者や日和見主義な者たちより、はるか上位に鎮座しているのだ」。私たちは皆、世界が狂気に満ちているという点には同意できる。現状認識とトラウマに満ちたアートはこの先進むべき道を私たちに示してくれるのだろうか?

 実際のところ、アートの脱植民地化を推進するための設計図はない。より大きな正義を求めて人々がともに活動することは、決して楽園のようなものではなく、栄光に満ちたものでもない。意見の違いが存在し、活動は不完全で、学ぶべきことは常に山積しており、なすべきことは限りなくある。努力なくしてこの種類のアートは存在し得ないし、その過程で、個人が犠牲になることもある。また、フォレンジック・アーキテクチャーやデコロナイズ・ディス・プレイスのようなグループがすでに法廷やアート空間において確固たる実績を出して成功している一方で、結局のところは、協力し合って集団として活動する形態が持つ計測できない影響力のほうが、成功そのものよりも、よりパワフルなのではないかと私には思えて仕方ない。

特に、誰もが斜に構えて、自分のことだけにかまけ、暴力が蔓延している世界においては。もしナショナリズムと強欲さが世界規模で伝染していくならば、理想主義も同じように伝染していくかもしれない。説明責任を果たすということは、煎じ詰めれば、私たちのライフスタイルや心地よさやそして美すらも、誰かの犠牲の上に成り立っているという事実に注意を払うということだ。いわゆる「キャンセルカルチャー」全盛の今、個人の行動がソーシャルメディア上で細かく監視され、取りざたされ、それによって個人がいきなり集団から無視されたり、世間の支持を失う事態が数多く発生している。そんな「キャンセルされる」ことへの恐怖とは、結局、こうした赤裸々な真実に向き合い、自分がその罪の一端を担っていることを突きつけられる恐怖なのだ。たぶん、今問うべきことは、アートが私たちを癒やすことができるか否かではなく、私たちに自らを癒やす勇気がどの程度あるか、なのだ。

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