BY MEGAN O’GRADY, TRANSLATED BY HARU HODAKA
よく晴れた火曜日の午後、エヤル・ワイツマンは彼の司令本部にいた。そこは、ロンドンにある彼の家の居間であり、パンデミックが始まった当初から、この部屋は彼の任務を遂行するための基地と化していた。彼の後ろのテーブルに牡丹の花の鉢植えが置かれているのが見える。すると彼の犬のバーニーが、いきなり視界に飛び込んでくる。毛むくじゃらの顔の表情が、いかにもバーニーという名前にぴったりだ。彼の10代の娘が部屋の中を歩き回り、わざとおどけた顔をして父親の仕事の邪魔をする。その間、彼の電話は鳴りっぱなしだ。
フォレンジック・アーキテクチャー(F.A.)の創設者のワイツマンにとって、ストレス負荷の高い日々が続いている。フォレンジック・アーキテクチャーとは、建築家やソフトウェア開発者、映画監督、調査報道ジャーナリスト、アーティスト、科学者や弁護士など総勢約30名からなる調査グループだ。ワイツマンは、2010年にロンドン大学ゴールドスミスカレッジでこのグループを立ち上げ、これまでの歴史では無視されがちだった人類の暴虐行為を詳細に調査し、それをデータに根ざした作品に仕上げ、美術館で発表すると、アート界でその名が知られるようになった。彼はグループの本部をアーティストのスタジオと報道局が合体したような空間だと語る。
この夏、F.A.は、ベルリンにある「世界文化の家」で、人権保護の仕事に従事する人々を狙ったサイバー監視に関する新しい調査結果を発表した。また、ロンドンのICAギャラリーでは、ロンドン警察が2011年に29歳の黒人男性マーク・ダガンを射殺した事件の新しい証拠を展示した(F.A.のこの調査により、ダガンの遺族は賠償金の交渉を行うことが可能になった)。3つめの展示は、マンチェスターのウィットワース美術館での『Cloud Studies(クラウド・スタディーズ)』だ。米国ルイジアナ州のミシシッピ川沿いの土地が、石油化学工場建設のために開発された現状を大規模調査した結果を新しく発表した。
この土地では、かつて奴隷だった黒人の人々が埋葬されている場所が見つかっており、土地開発と、何世紀にもわたる人的搾取と環境搾取がつながっていることをこの展示が示している。私がワイツマンと会って話した5月の日には、彼は「Colombian Truth Commission(コロンビアの真実を追究する委員会)」とちょうど電話で話し終わったところで、その前にはロンドンのグレンフェル・タワーで2017年に起きた火災事件を担当している弁護士から電話が入っていた(F.A.は72人の死者を出したこの火災を映像で再現するプロジェクトを行なっている。現場の証拠によれば、この建物の建設が防火基準を満たしていなかったことが火災の一因だったようだ)。そんな中、ガザ地区では1週間以上も爆撃が続き、現地やヨルダン川西岸地区にいる彼の同僚や情報提供者が危険にさらされていた。リスクを伴う彼の仕事の性格上、彼が行動できる範囲もぐっと狭められてきた。ロシアとトルコに関する調査を行なったあとは、両国に行くのは危険だからやめたほうがいいと忠告された。すでにアメリカも選択肢から消えた。
21世紀のアクティビスト・アーティストの世界へようこそ。彼らの作品は美術館に展示されると同時に、国際人権裁判所でも証拠として提示される。殺害予告やサイバー攻撃を受けるのも日常茶飯事だ。F.A.は2017年にドクメンタ(註:ドイツのヘッセン州の都市・カッセルで4〜5年に一度行われる現代美術展)で展示した調査作品が評価され、2018年のターナー賞の最終選考に残った。この作品は、2006年にカッセルのネオナチ集団がトルコ系ドイツ人を殺害した事件を調査したもので、F.A.はこの事件には国際諜報部員が関与していたことを証明している。
「アートの世界では『これは証拠品であって芸術ではない』と批評された」とワイツマンは語る。のちにこの調査は議会でも議題として取り上げられた。「そして作品が裁判所に提出されると、裁判所は『これは芸術であって証拠品ではない。こんなものは法廷では受け入れられない。議会の証拠提出要請に、美術展示会であるドクメンタから作品を持ってきて出すなんて、どういうつもりだ?』と言った。裁判所が強固にそう主張しても、議会は別の考えで、結局この殺人に関わっていた諜報部員は、議会の命令によって、アート作品を見せられることになったよ。だから、証拠でもアートでもないと扱われる状況は、我々が望むところだ。それだけ自分たちの作品に影響力があるということだからね」
アクティビズムは近年の現代アートにおける強力な勢力となってきた。それは、うんざりするほど健康的で心地よいアートではなく、興奮を呼び、気持ちが高揚し、自然と心を癒やす可能性を秘めているようなアートだ。ここ数年、写真家のナン・ゴールディンは、この新しい時代において、文化的権力組織がアクティブな抵抗運動の舞台としてスポットライトを浴びるように戦略的に仕向けてきた。彼女はニューヨークのグッゲンハイム美術館やメトロポリタン美術館などで、ダイインのパフォーマンスを行い「オキシコンティン」(註:オピオイド系鎮痛剤のオキシコドンの商品名のひとつで、中毒性が非常に高く、過剰摂取により全米で多数の死者が出ている)を製造する製薬会社のオーナーであるサックラー一族からの寄付金によって、これらの美術館が運営されていることを、はっきりとわかるようにした。このダイインの影響で、グッゲンハイム美術館やメトロポリタン美術館やイギリスのテート・ギャラリーなどがサックラー一族から今後寄付を受け取ることを禁止する決断を下した。
さらに、ブルックリン美術館やアメリカ自然史博物館などで行動を起こしたのが、デコロナイズ・ディス・プレイスという名のアート集団だ。今年、このグループとほかの集団が合同で「MoMA(ニューヨーク近代美術館)をストライキせよ」というパフォーマンスを行なった。MoMAの理事会の前会長を務めた億万長者でヘッジファンド創始者でもあるレオン・ブラックと、性犯罪により実刑判決を受けたジェフリー・エプスタイン(故人)との間のつながりに世間の目を向けさせるのが目的だった。今年3月、この「MoMAをストライキせよ」の運営者たちが「有害な寄付」の廃止を呼びかけるために一連のデモの予定を発表し、ブラックの辞任を求めた。するとその数日後、ブラックは理事会の仲間たちに、来期の会長職の選挙には出ないと告げた。こんなふうに美術館における権力構造の再構築が起きた最初のきっかけは、武器製造企業のサファリランドのCEOであるウォーレン・B・カンダースが、2019年にホイットニー美術館の理事会の副会長を辞任したことだった。
このとき、告発は美術館内部で起きた。カンダースとサファリランドの関係が書かれた記事がネット上で発表されると、ホイットニー美術館のスタッフたちが同美術館の経営陣に手紙を書き、彼の辞任を要求したのだ。デコロナイズ・ディス・プレイスがその動きを後押しすべくデモを組織し、さらに彫刻家のマイケル・ラコウィッツがその年のホイットニー・ビエンナーレへの出展招待を断った。一方、フォレンジック・アーキテクチャーは招待を断るどころか、そのチャンスを逆に最大限に利用し、11分間の映像を発表した。これが彼らの全作品の中で、恐らく米国で最も話題になった『Triple-Chaser(トリプル・チェイサー)』(2019年)だ。ローラ・ポイトラス率いるプラクシス・フィルムと共同製作したこの作品は、カンダースとサファリランドの関係を照らし出す。この作品には、米国とメキシコの国境で移民家族たちが催涙ガスを浴びせられたり、ガザでデモの参加者のひとりが狙撃されたりする凄惨なシーンがある。ガザで撃たれた男性の足は弾丸によって引き裂かれてしまう(この作品の題名は、催涙ガス弾が3つに分散し「広範囲に威力を発揮できる」ように製造されていることに由来する)。戦争や紛争によって利益を得ているカンダースが美術館への寄付により自身のイメージの浄化を図っていたことに、これだけの相乗的な反応があったことが、事態の深刻さをショッキングに物語っている。