観光地として名高いスウェーデンのゴットランド島。伝統を守り、目立つことには眉をひそめるようなこの島に、近年、続々と現代的な住宅が建てられている

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY MIKAEL OLSSON, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

 だが6年前に、開発中だった住宅地で最も大きなバンカーのひとつを購入したスウェーデン人実業家は、このスカルソ社のデザイン・コンセプトをさらに深く――デザイン的にというだけでなく、文字通り「深く」掘り下げてほしいと依頼してきた。彼の家は、正面から見るとブルータリズム建築を極めた箱のようだ。木枠に直接コンクリートを流し込むことで、コンクリートには木目がついている(ちなみに、ゴットランド島ではコンクリートが家屋のために使われることはほとんどない)。

地上に現れている1,300平方フィートの建物には、濃い色の木材で整えられ、静謐で研ぎ澄まされた印象の共用スペース、溶接した金属で作った台所、そしてミニマリズム風の2つのベッドルームがある。しかしこれらの部屋は、生活空間全体の5分の1にしか満たない。残りは地下50フィートまで掘り下げられた地下の3フロアにある。

画像: 高密度の地盤を破壊することなく、地形の自然なカーブをそのままにして家を建てるため、建築家のタムは、ほとんどむき出しのこの家のコンクリート床を、部屋ごとに高さを変えてデザインした

高密度の地盤を破壊することなく、地形の自然なカーブをそのままにして家を建てるため、建築家のタムは、ほとんどむき出しのこの家のコンクリート床を、部屋ごとに高さを変えてデザインした

 その掘削作業や地下工事は、まるで鉱山の労働のようだった。スカルソ社は、コンクリートでできたもともとの構造体をできるだけそのままにして使おうと考え、高い天井をもち、空間を惜しみなく使い、巧みに照明が施されたそれぞれの部屋を、マット・ブラックの鋼鉄でできた螺旋階段で繋げることにした。かつてミサイル倉庫だった建物の中には、巨大なダイニング・ルームと、大理石が敷かれた丸いハマム(中東でよく見られる伝統的な公衆浴場)が作られた。3階上にあるガラスの舷窓越しには空が見える。

ハマムの隣には、特注されたゴム製のソファがいくつか置かれたスパもある。なめらかで、ぞくっとするくらい防音性の高い空間だーー深い底のどこからか、こもった叫びが聞こえてきそうな感じさえする。だが、この家のオーナーは(意外なことに2人の幼い子どもがいた)、自分たちの家のもつ戦時の歴史を明確に認識しているらしい。スカルソ社は地下にある廊下沿いの壁のくぼみに金属製の棚を設け、そこにベイクド・ビーンズの缶詰とペットボトルの水を山積みにした。現代のサバイバリスト(生存主義者)の慣習に対する、ちょっとしたウィットというところだろう。

 ゴットランド島は穏やかな美しさで名高い。だが、極端な暮らしが強いられる場所でもある。人里から離れ、つねに強風にあおられる過酷なゴットランド島自体、かなり極端な場所なのだ。そしてようやく、こうした環境にふさわしい建築ができあがった。この島ではこの先の10年も、引き続き現代的な住宅が建設される予定だ。ひとつは島の北東部の入り江に建設される、ファブリーケン・フリレンが主体となった12戸の家族向けの合理的な宿泊施設である。

あの「ヤンテの掟」――ことに最後の「あなたは、自分が他人に何かを教えられると思ってはならない」という言葉は、今にしてみると、この地にはもはや当てはまらないだろう。静かな農家、ファールン・レッド色に染まる景観、そして聖書に書かれているようなどこまでも続く空。破壊というものはどうやら、そこに曲げ得る美しくて純粋なものがあるときにこそ、最も興味深い形となって現れるようだ。「人々の考えを変えるには、適切なバックグラウンドが必要です」。自分がデザインを手がけた開放的な家から野原を眺めながら、エンフロは言った。「その対比こそが、私たちを自由に羽ばたかせてくれるのです」

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