6月に開催されたインテリアの国際見本市、ミラノサローネ。第60回を迎えた今年のハイライトを紹介する

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 今年、ミラノサローネは第60回を迎えた。完全な規模での開催は3年ぶりとなる。世界最高峰のデザインフェアとして知られるサローネは、約2,000にのぼる出展者のためのプラットフォーム、そしてデザインに用いられる素材と製造におけるサステナビリティの実験場として、数十年にわたり進化を続けてきた。

 今年は、15,000平方メートルに及ぶ巨大なインスタレーション「Design with Nature」が、未来の住まいのあり方を提案した。23年目となる若い才能の登竜門「サローネ・サテリテ」は、600人以上の参加者を募り、"Designing for Our FutureSelves" と題して「すべての人の自律、快適、移動、使いやすさ、交流、安全」を促進するデザインについて考察。ミラノ郊外のローにある見本市会場では、オフィスやキッチン、バスルーム、家庭用品などの展示も行われた。

 6月7日から12日まで開催されたサローネは、ミラノデザインウィークの中核をなすものであり、市内のほぼ全域にわたって、家具、テキスタイル、卓上オブジェ、照明器具などの数百の展示が開催。そのハイライトを紹介する。―JULIE LASKY

名作家具に新しい機能を

画像: マリオ・ベリーニが古代の建築物からインスパイアされたと語った「ラ・ムーラ」シリーズ ©OPERAVISUAL AND TWO

マリオ・ベリーニが古代の建築物からインスパイアされたと語った「ラ・ムーラ」シリーズ
©OPERAVISUAL AND TWO

 1972年に発表されたモジュール式ソファーシステム「ラ・ムーラ」が、Mario Bellini(マリオ・ベリーニ)による最新作として復活。イタリアを代表する偉大な建築家であり、様々なフォルムの創造主でもあるベリーニ(ニューヨーク近代美術館に25点の作品が永久収蔵されている)は、この記念碑的なソファの制作にあたり、古代の建築物からインスピレーションを得たという。

「私の作品には、しばしば建築的要素への明確な示唆を見出すことができます」と、ベリーニはメールインタビューで答えている。彼は、モジュールを結合するバックルとヒンジを強調することで、オリジナルのデザインを進化させた。「作品にグリットを与えるため」と言い、「時代を超えた作品は、デザインでは現代的でありながら、素材では進化しています」と述べた。

 製造元であるタッキーニは、コールドフォーム(高弾性ポリウレタン)に低反発ポリウレタンと鉄のインサートを組み合わせ、ソファの構造を進化させた。―ARLENE HIRST

山火事から生まれたデザインコンセプト

画像: 環境に配慮したカリフォルニアのデザインスタジオ「プロール」による、チェアと3DニットテキスタイルのCG画像 ©Prowl

環境に配慮したカリフォルニアのデザインスタジオ「プロール」による、チェアと3DニットテキスタイルのCG画像
©Prowl

 気候変動が叫ばれる今、まだ楽観できる余地はあるのだろうか。カリフォルニア州オークランドにあるデザインスタジオ「Prowl(プロール)」の創設者であるベイリー・ミシュラーとローリン・メナードは、その余地はあると考えている。

「地球は回復力があります」とミシュラーは言う。「カリフォルニアの山火事では、焼け野原になった大地は豊かな栄養を蓄え、また別のものに生まれ変わり、生命は絶えることがないのです」。

 このポジティブな考え方は、プロールが独立系デザインスタジオの展示会「Alcova」で発表したラウンジ家具コレクションのインスピレーションともなった。環境に配慮するプロールは、サステナブルな素材を使用し、アムステルダムのメーカーByBorre(バイボレ)社と共同で、3Dニット技術を取り入れ、CGでチェアとスツールの張り地を製作した。ダークな色合いの生地は、ステンレス製の土台を覆い、一方は焦げた土を思わせるイメージで、もう一方は森の再生を表す渦巻き模様が施された。

 この作品は非売品であり、持続可能な活動を奨励し、デザインのライセンス供与を行うために展示された。—LAUREN MESSMAN

4人のデザイナーが解釈するエチケット

画像: ブチェラッティの展示のために制作された4つのダイニングシーンのひとつをコラージュイラストにしたもの。これはディモア・スタジオによる制作 ©DIMORE STUDIO

ブチェラッティの展示のために制作された4つのダイニングシーンのひとつをコラージュイラストにしたもの。これはディモア・スタジオによる制作
©DIMORE STUDIO

 イタリア・アンコーナ出身の金細工師マリオ・ブチェラッティは、1919年にブティックをオープンし、詩人ガブリエーレ・ダヌンツィオなどの美意識を魅了した。同じ年、ミラノの「ヴィラ・ネッキ・カンピリオ」(ルカ・グァダニーノ監督の映画『ミラノ、愛に生きる』やリドリー・スコット監督の『ハウス・オブ・グッチ』の甘美な舞台となった)で知られる建築家ピエロ・ポータルッピが、ミラノの歴史地区にモダニズム様式のオフィスビルを設計した。

 現在、この建物はブチェラッティの本社ビルとなっており、同社の卓上小物の展示会場ともなった。既存のシルバーコレクションと「ジノリ1735」とコラボレーションした新作を含む品々は、ディモア・スタジオ、アシュリー・ヒックス、シャハン・ミナシアン、パトリシア・ウルキオラの著名デザイナーが、エチケットをテーマに制作した4つのシーンで展示された。建築家のステファノ・ボエリは、展示スペースとそのすぐ外にあるテラスに鏡面と緑を配し、周囲のスカイラインを映し出してリフレッシュさせるよう空間をデザインした。

 ボエリは電話インタビューで、「没入感のある体験になることを期待している」と述べた。―JULIE LASKY

照明になったマティスのアート

画像: フォルマファンタズマがメゾン・マティスのためにデザインしたコレクション「Fold」より、フロアランプ

フォルマファンタズマがメゾン・マティスのためにデザインしたコレクション「Fold」より、フロアランプ

 アンリ・マティスのひ孫であるジャン=マチュー・マティスによって2019年に設立された「Maison Matisse (メゾン・マティス)」は、アレッサンドロ・メンディーニ、ハイメ・ハヨン、ロナン&エルワン・ブルレックなどのデザイナーとコラボレーションし、マティスの哲学を伝えるために活動してきた。今回は、マティスが晩年に制作した切り絵の作品にスポットを当て、ミラノにあるスタジオFormafantasma(フォルマファンタズマ)の創設者であるアンドレア・トレマルキとシモーネ・ファレジンが、これらの作品をスチール、LEDチューブ、切り紙で再解釈した限定の照明コレクション「Fold」をデザインした。

「マティスのプロセスを調べ、それが私たちの作品とどう交わるかを知りたかったのです」とファレンジン。発表された照明は、マティスの有機的な造形と比べると幾何学的だが(曲がりくねった壁掛け照明以外は、直角に交差するデザインが特徴的)、赤いフロアランプなど、マティスの豊かな色彩でコーティングされたものもあり、デザイナーにとっては新たな発見ともなった。「紙の使い方を交差させました」とファレジンは述べている。―PILAR VILADAS

身体を讃えるララ・ボーヒンクの家具

画像: ララ・ボーヒンク。ピーチズ・コレクションのチェアとともに PHOTOGRAPH BY REBECCA REID

ララ・ボーヒンク。ピーチズ・コレクションのチェアとともに
PHOTOGRAPH BY REBECCA REID

 スロベニア生まれのデザイナー、ララ・ボーヒンクは、「Alcova」で官能的な女性のフォルムをモチーフにした新作家具を発表。「ピーチズ(Peaches)」と名付けたコレクションは、彼女のミッションを明確にするために作られたもので、丸みを帯びた割れ目のある形状がインスピレーションソースということでは必ずしもない。

 「私が男性でなくてよかった」と、ボーヒンクはロンドンの自宅からの電話インタビューで答えた。挑発的な椅子に人を誘うには、「非常に慎重にならざるを得ないでしょう。しかし、私は女性ですから、自分の体を讃えることができます。何かを対象物として見ることと、何かを祝福することの違いです」。

 長年にわたり肥満を恥としてきたファッション界でジュエリーデザイナーとして活動してきた彼女は、女性の「脂肪としわ」を尊重し、「すべての欠点を持つ」体を受け入れることを奨励したいとつけ加えた。2脚のアームチェアとクッションスツールが、廃墟となった修道院で、かつてのローマ法王の肖像画の下に展示されるのは「嬉しい偶然」だという。結局のところ、この家具は古めかしい価値観を現代の進歩主義に置き換えることを意味する。なぜ、ローマ法王が怒ることがあろうか?

この作品は「裸ではありません」とボーヒンクは言う。「布張りできれいに覆われているのですから」。―JULIE LASKY

音から生まれた光の彫刻

画像: アンドレス・ライジンガーが「光の彫刻」と呼ぶ照明器具のコレクション ©NILUFAR

アンドレス・ライジンガーが「光の彫刻」と呼ぶ照明器具のコレクション
©NILUFAR

 Andrés Reisinger(アンドレス・ライジンガー)が創り出す家具は、必ずしも物理的な世界を想定したものではない。スペイン・バルセロナを拠点とするアルゼンチン生まれのデジタルアーティストは、花びらに覆われた椅子や、ニュートンの法則を無視したかのようにうねるソファーのレンダリングで知られている。ライジンガーは、これらのプロジェクトをNFTとして販売してきたが、ミラノデザインウィークでは、1960年代のフリージャズにインスピレーションを得た照明器具のコレクションにより、彼の夢のような家具を現実のものとした。

 ライジンガーが「光の彫刻」と呼ぶ4つの作品は、ニナ・ヤシャールのオフィスにあるデザインギャラリー「Nilufar Depot(ニルファー・デポ)」で展示された。金属と木で作られ、その上に光るガラスの球体が乗るデザインは、高さや形がさまざまで、ジャズの即興性を表現し、それぞれの彫刻が異なる曲を連想させる。

 ライジンガーは当初、ミュージシャンのリハーサルスペースのような、暗い空間に煙が立ち込める部屋に作品を置くことを想定していたらしい。それを受け、スペースには波打つ金属板を設置し、霞がかかったような効果を狙った。また、ジャズトリオで録音したサウンドトラックも用意された。「エラーやストップなど、人生を形作るもの、そしてフリージャズのムーブメントを構成するもの全てが、力を与えてくれました」―LAUREN MESSMAN

見過ごされていたイームズを讃える

画像: ルシア・イームズ《Butterflies #31 and #30》(1994) ©Eames Office, Lucia Eames Archives

ルシア・イームズ《Butterflies #31 and #30》(1994)
©Eames Office, Lucia Eames Archives

 彫刻家、写真家、アーティストであるルシア・イームズ(1930-2014)は、チャールズ・イームズとその最初の妻キャサリン・ウォーマンの一人娘であった。父や継母(チャールズ・イームズの2番目の妻でデザインパートナーのレイ・イームズ)ほど有名ではなく、その多作ぶりはあまり注目されなかったが、彼女の子供たちはその作品を市場で展開することを試み、ルシアのキャリアにスポットを当てた「Seeing With the Heart」という展覧会を催した。

「大変興味深い、豊かな宝の山でした」とルシアの5人の子供たちの一人であるカーラ・ハートマンは言う。子供たちはみな、デンマークのライセンス会社であるフォーム・ポートフォリオ社とともにこの展示の実現に尽力した。「展覧会の必要性を感じていたんです。商業的な公開の前に、文化的な場で見せることが重要だと感じていました。そしてミラノは完璧な場所でした」。

画像: サンフランシスコのスタジオで作業するルシア・イームズと息子のイームズ・デメトリオス ©Eames Office, Lucia Eames Archives

サンフランシスコのスタジオで作業するルシア・イームズと息子のイームズ・デメトリオス
©Eames Office, Lucia Eames Archives

 ブレラ地区にあるショップの上で行われた展示では、切り絵の蝶、インダストリアルな家具、手仕事によるメタル彫刻作品が4つの部屋を埋め尽くした。ルシアの息子イームズ・デメトリオスによる映像作品は、アーカイブと新しい映像を組み合わせ、母の仕事を紹介した。ルシアは、イームズ夫妻と同様にパターンの制作も楽しんでおり、子どもたちは、彼女が一つ一つ形の異なる740個の太陽を描いていることを発見した。ハートマンは、近い将来、ディミトリオスとともに、シャワーカーテンにして飾りたいと言う。―ARLENE HIRST

歴史へのオマージュ

画像: スタジオ・ペペの「Temenos」コレクションより、ローテーブル PHOTOGRAPH BY FLAVIO PESCATORI

スタジオ・ペペの「Temenos」コレクションより、ローテーブル
PHOTOGRAPH BY FLAVIO PESCATORI

 現代デザインとアートを扱うGalerie Philia(ギャラリー・フィリア)は、アリマンナ・レッリ・マミとキアーラ・ディ・ピントが設立したミラノのデザイン事務所スタジオ・ペペの初となるコレクション「Temenos(聖域)」を、ミラノ郊外のバランサーテ地区にある旧ミシン会社ネッキの工場跡地で発表した。スタジオ・ペペは、ローマのルイージ・ピゴリーニ国立先史・民族学博物館と共同で、オブジェの機能や目的が、それに付随する象徴によってどのように変化するかを研究したと言う。

 展示作品は、焼き杉で作られた玉座のような椅子、筒状のコンクリートの照明、焼き杉で作った「三角柱」の上にオニキスの板を載せたローテーブルだ。レッリ・マミとディ・ピントは「作品を使ってアルファベットのようなものを作りたかった」と述べ、コンスタンチン・ブランクーシ、イサム・ノグチ、ル・コルビュジエといった20世紀の芸術とデザインの巨匠への賞賛を表した。―PILAR VILADAS

ファッションから家具へ

画像: デ パドヴァ社のポール・スミス「エブリデイライフ」コレクションからカウチソファ ©Stefano Galuzzi

デ パドヴァ社のポール・スミス「エブリデイライフ」コレクションからカウチソファ
©Stefano Galuzzi 

 ストライプのセクシーなスーツをつくり、デヴィッド・ボウイにオーダーメイドのスーツを提供し、イタリアの建築雑誌『ドムス』にコラムを連載しているイギリスのファッションデザイナー、ポール・スミスが、今度はデ パドヴァ社で家具のデザインに挑戦した。

 ソファ、アームチェア、プーフからなる新しいコレクション「エブリデイライフ」は、彼ならではのラグジュアリーな質感のファブリックと鮮やかな色彩が特徴だ。

 デ パドヴァは、2015年にキッチン・バスメーカーのボッフィと合併したミラノの家具ブランドだ。ヴィコ・マジストレッティやアキッレ・カスティリオーニがデザインしており、その名だたるデザイナーの仲間入りを果たしたことについて、スミスは「夢が叶いました」とコメント。一員になることに身の引き締まる思いがすると語っている。

 シーティングは、快適さと耐久性を追求したもので、服のようなものだとスミスは付け加えた。環境に配慮した張地は、ヘンプ、コットン、ナイロンで織られ、ピーコック、ディープブルー、レッド、ライムグリーンのカラーバリエーションがある。クッションにはオーガニックコットンとリサイクルフェザーを使用。ソファーのステッチや木製のフレームに取り付けられたレザーストラップも、スタイリッシュなテーラリングのディテールだ。―DONNA PAUL

クラシックのアップデート

画像: フロアランプ「The Arco K」 2022年限定生産品 PHOTOGRAPH BY MATTIA BALSAMINI

フロアランプ「The Arco K」 2022年限定生産品
PHOTOGRAPH BY MATTIA BALSAMINI

 イタリアの照明ブランド「Flos(フロス)」は1962年に設立され、その代表作であるアッキーレ&ピエル・ジャコモ・カスティリオーニ兄弟がデザインしたフロアランプ「Arco」も同じ年に発表された。ミラノのインダストリアルスペース、Fabbrica Orobia(ファブリカ・オロビア)で開催された、スタジオ「Calvi Brambilla(カルヴィ・ブランビッラ)」による展覧会「See the Stars Again」では、カスティリオーニ兄弟の名作を限定生産した「Arco K」をはじめとする、新作照明が展示された。

 オリジナルと異なり、照明の台座は、大理石ではなく光学プリズムに使われる鉛を含まないクリスタルで作られている。内部の構造が見えるこの素材は、模造品を防ぐために非常に精密にカットされている。麺棒のような木製の支柱を台座に開けられている穴の部分に差し込んでライトを移動させることができるが、これはカスティリオーニ兄弟が推奨したホウキの柄をアップデートしたものだ。―PILAR VILADAS

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