BY NATSUME DATE, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO(INTERVIEW)

2018年の歌舞伎界は、実の父、子、孫である三人が同時に襲名するという、希有な大イベントで幕をあける。いまや歌舞伎界の重鎮で、『ラ・マンチャの男』などのミュージカルや現代劇でも当たり役を持つ<父>九代目松本幸四郎(75)が、二代目松本白鸚を。その長男で、幼少のころから才気とスター性で注目され、古典歌舞伎では高麗屋の役柄の広さを更新しつつ、新作歌舞伎から劇団☆新感線、ラスベガス公演まで、無限大の活躍を続ける<子>市川染五郎(44)が、十代目松本幸四郎を。その長男で、父譲りの知性と紅顔の美少年ぶりで話題の<孫>松本金太郎(12)が、八代目市川染五郎の名を、それぞれ実父から引き継ぐ。
特に、これからの歌舞伎界を背負って立つ世代である新・幸四郎には、大きな期待がかかるところ。その名を譲る父の九代目幸四郎が「染五郎は”幸四郎”の名を鷲づかみにして奪い取ったのかもしれない」とたとえるほど、満を持しての襲名だ。それだけ、8歳の時から37年間名乗った染五郎時代も充実していたということだろう。

(右から)
松本幸四郎改め 二代目 松本白鸚、市川染五郎改め 十代目 松本幸四郎、松本金太郎改め 八代目 市川染五郎
PHOTOGRAPH BY KISHIN SHINOYAMA, COURTESY OF SHOCHIKU
―― 思えば少年時代から、12歳で『連獅子』の仔獅子の精、14歳で『ハムレット』と、最年少記録を打ち立ててきたトップランナーでしたね。
父の育て方なんでしょうね。これができたから次はあれ、と徐々に与えていくのではなく、大きなものにいきなり飛び込ませて、グンと伸びるように仕向けるという。その時にはできなくても、経験をさせることでいつか気づくだろう、ということだったのだと思います。こちらとしては、まあその年頃で感じることといえば、偉くなったような気分ぐらいでしょうね(笑)。「14歳でシェイクスピアができたんだ!」なんて、できたわけじゃなく、チャンスをもらっただけの話なんですが。
ただ僕は、ハムレットの時に初めて、「役を演じる」という感覚を知ることができたんです。それまでは、歌舞伎で「教わったことをきっちりやる」ということしか経験していなかったので、「好きにやっていいよ」と言われて最初はかなり苦しみました。「自然に見える形ってどんな形だろう」と行き詰まってしまうんです。歌舞伎でも、父から怒り、悲しみ、喜び、といったさまざまな感情に心を動かすように言われながら、それがなかなかできずに悩んでいた時期だったので、ハムレットで、しだいに“役になり切るおもしろさ”を感じられるようになったことは大きかったと思います。

―― 14歳にして演技開眼。そのせいでしょうか。現代劇やテレビドラマに登場した際に「歌舞伎俳優」の匂いがまったくせず、すんなりとその世界になじむのは。
どうでしょうね。そうできているとは思いませんが、テレビドラマを撮っている時は、ドラマの役者としてどれだけ通用するかだけを考えていますし、現代劇をやっている時は自然と、「歌舞伎なんかより現代劇の方がわかりやすいじゃん!」という立場になってはいますね。歌舞伎をやる際も、自分のホームグラウンドとはいっさい思っていません。歌舞伎も帰るところではなく、行くところ。ホームではなく戦場です。

―― 襲名に臨んでも、松本幸四郎という名跡の大きさにひるむ様子がまったくなく、お父さま(九代目幸四郎→二代目白鸚)もその姿勢を「むしろ清々しい」と感服するほど。そんな中で『勧進帳』の弁慶は、曾祖父(七代目幸四郎)から代々の幸四郎がひときわ大事にしてきた役であることを強く自覚しておられるようで。
そうですね。まあ、この役に憧れて歌舞伎が好きになり、歌舞伎をやり続けている――というほどのお役ですので、自分でもよくわからない次元なんですが、曾祖父から受け継がれたものを僕の身体を使って演じ、自分の憧れを体現する、というのが弁慶をやる時の気持ちです。37年前の父の幸四郎襲名の時も、やはり『勧進帳』の弁慶でした。父はこれまで千何百回と弁慶をつとめているので、僕は父の弁慶を観て育ってきたんですが、僕自身はまだ一回しか弁慶をやっていません。なのに、せがれ(四代目金太郎→八代目染五郎)も弁慶にいちばん憧れているというから、うれしいことですが、なんだか不思議ですよね。ともあれ、松本幸四郎になることより、名乗って何をするかの方が大事。責任はありますが、気負うことなく代々の精神を受け継ぎたいと思っています。

『勧進帳』武蔵坊弁慶
市川染五郎改め 十代目松本幸四郎
PHOTOGRAPH BY TAKASHI KATO, COURTESY OF SHOCHIKU
歌舞伎座での襲名興行は2カ月間。新・幸四郎が披露するのは、一月は凛々しく鮮やかな隈取りで歌舞伎の様式美を味わえる『菅原伝授手習鑑』(すがわらでんじゅてならいかがみ)「車引」の松王丸と、曾祖父の七代目以来「幸四郎」の代名詞的存在となっている『勧進帳』の弁慶。「『高麗屋(松本幸四郎家の屋号)の十代目である。弁慶をやるべき人間である』と自分にプレッシャー、あるいは暗示をかける」という新・幸四郎の、堂々たる船出を寿ぎたい。
歌舞伎座百三十年
松本幸四郎改め 二代目 松本白 鸚
市川染五郎改め 十代目 松本幸四郎
松本金太郎改め 八代目 市川染五郎 襲名披露
「壽 初春大歌舞伎」
会期:2018年1月2日(火)~1月26日(金)
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
電話:0570-000-489(チケットホン松竹)
03(6745)0888
公式サイト