誰にも真似できないユニークな作風で、韓国映画の存在を世界に知らしめたパク・チャヌク。その暴力描写の裏には深い人間性と、不合理さへの愛情が隠されている

BY ALEXANDER CHEE, PHOTOGRAPHS BY OH SUK KUHN, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 私たちが最初に会った日の翌日、パクは、京畿道・坡州市のヘイリ芸術村にある自宅の近辺を案内してくれた。このあたりの家はどれも特徴のある現代風な作りだが、パクの家は、韓国でも最も尊敬を集めている建築家のひとり、キム・ヨンジュンのデザインによるもので、ひときわ目立つ。隣り合った二つの主要構造部が一連の廊下でつながったその家は、韓国の伝統的な家屋を新しい形で表現したものだ。家の一方にパクと妻と娘が住み、もう片方の部分には彼の両親が暮らしていた(両親は転居したあとだったが)。どこからでも見通しが非常にいいにもかかわらず、心地よく落ち着く空間になっている。家の片側から反対側まで遮るものが何もなく、完全に見渡せる場所が家の中に数カ所設けられているのだ。近所には、彼の作品の作曲家が住んでいるほか、スタントマンを養成するソウル・アクション・スクールもある。パクは自宅の庭を案内するのに、スタント用の二輪車を押してどかさなければならなかった。

画像: 『サイボーグでも大丈夫』の恋人たち。パクが2006年に製作した、精神科病院を舞台にしたロマンティック・コメディ PHOTOGRAPH BY IM HUN, COURTESY OF CJ E&M

『サイボーグでも大丈夫』の恋人たち。パクが2006年に製作した、精神科病院を舞台にしたロマンティック・コメディ
PHOTOGRAPH BY IM HUN, COURTESY OF CJ E&M

 パクが脚本を書く部屋はとても小さく、まるで長めのクロゼットのように見えた。窓からは通りが見える。机と椅子が一脚、ディーター・ラムスがデザインした1970年代製の水色の時計以外には何も飾りがない。時計は、ねじを巻いて動かすタイプだ。ここは落ち着いた部屋だが、とても狭いので、私はパク映画を代表するシーンをふと思い浮かべてしまった。
『オールド・ボーイ』の最も重要な部分で、長年幽閉されていた男が金槌ひとつを武器に、閉所恐怖症になりそうな狭い廊下で敵の用心棒たちをひとりずつ殴り倒しながら戦う場面だ。

 彼は私を家の反対側に連れていった。下の階は、加湿器が置いてある以外はほぼ空っぽだ。上の階に、パクは子どものためのラウンジのようなスペースをしつらえていた。スコッチのボトルが本棚に置かれている。コミック本や人気小説、それに子ども用の絵本があり、私は自分が知っている本を探した。『山猫』と題された本があったが、著者名は韓国語だ。彼にイタリアの作家、ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサが書いたのと同じ本かと尋ねた。
「いや、違う」と彼は言い、「それは別の山猫だ」と笑った。あとになって、「ヴィスコンティの『山猫』は大好きな映画だけどね」とつけ加えた。

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