BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA
この勇み立たない佇まい、見えざる者や背景に思いを馳せる是枝を、時に毒舌で鼓舞しながら息子のように見守っていたのが、昨秋、惜しくも亡くなった樹木希林だ。是枝の亡き母へのオマージュ『歩いても歩いても』で初めて組んで以来、10年のあいだに『奇跡』(2011年)『そして、父になる』『海街diary』『海よりもまだ深く』(2016年)、『万引き家族』と、6作品をともにしてきた。
「新しい映画を作るとき、基本的にはまずモチーフ。そして次に誰とやるか。『万引き家族』のときは、息子のふりして老婆の年金で暮らすダメな男の話をやろうかなと思ったのが最初です。希林さんとリリー・フランキーさんを思い浮かべてオファーもしないまま脚本を書き始めたんですが、冬の撮影からスタートするつもりが、急遽、夏の海辺のシーンから撮ることになった。
カメラの向こうで、砂浜に座った初枝役の希林さんが何か言っている。あとでフィルムを見たら『ありがとう』って言ってたんです。でも希林さんは『いちいち言葉にしないでわかれ』という人だから、彼女のつぶやいた言葉を踏まえたうえでそれを脚本にしていかなきゃならない。撮影が終わって、海のシーンの言葉がすごく大きかったと話したときは嬉しそうでしたけど。
希林さんは、自分が仕掛けたことをちゃんと拾えない演出家はこりゃだめだと諦めて、次から絶対に出演してくれない。だから本当に怖い。プロット上の松岡茉優(まゆ)さんの役は当初、彼女とは全然違うタイプだったんだけれど、芝居のうまい20代の松岡さんと30代の安藤サクラさんを、希林さんにちゃんとつないでおきたい気持ちがあって、松岡さんに合わせて役を書き直しました。希林さんには『この役がこんなかわいい子なのは、あんたの好みなの? 監督がキャスティングに女の好みを持ち込んでうまくいったためしはない』っていつものように言われましたけど(笑)」
プライベートでは折々に食事に誘い、語り合いながら名店の味や旬の食材を味わわせてくれたという。是枝は「僕が文化のない環境で育ったことを気にかけてくれてたんでしょう」と笑うが、樹木希林は一対一で、彼に独自の美学や粋を伝えようとしたのだろう。
関連記事