『万引き家族』の受賞&ノミネートラッシュで世界的名声を確たるものにした是枝裕和。フランスで撮影した新作を控える彼が見つめるものは、厳しい現実の背景に息づく人々のリアルだ

BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA

 そんな第二の母を亡くした喪失感を抱えながらも、是枝はもっか、大女優カトリーヌ・ドヌーヴを相手に新作を製作中だ。ドヌーヴとジュリエット・ビノシュというフランスを代表する名女優双方からのラブコールを受け、昨年9月から初冬にかけてパリで撮影が行われた。忍び寄る老いと闘いながら女優を続ける母(ドヌーヴ)と、距離を置いていたアメリカ在住の娘(ビノシュ)の再会を描く1週間の物語だ。ビノシュの夫役にイーサン・ホーク、ドヌーヴの共演女優役にリュディヴィーヌ・サニエと共演陣も豪華な映画のタイトルは『LA VÉRITÉ』(仮題)。

画像: カトリーヌ・ドヌーヴほか欧州スタッフ・キャストとの撮影を楽しんだ最新作『LA VÉRITÉ』(仮)。今秋TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー © 2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA ‘LA VÉRITÉ’ © 2019 3B-BUNPUKU-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

カトリーヌ・ドヌーヴほか欧州スタッフ・キャストとの撮影を楽しんだ最新作『LA VÉRITÉ』(仮)。今秋TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
© 2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
‘LA VÉRITÉ’ © 2019 3B-BUNPUKU-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

「ドヌーヴは、希林さんに匹敵する毒舌家で要求も多い。でも、結局誰もが彼女を好きになるほど、すごくチャーミングなんです。自分が出ている作品を俯瞰できるというところも、希林さんに通じるところがある。台本はまったく憶えてこずに、現場でやりながら入れていく。120%の演技をしないとカタルシスを感じないビノシュが『もうワンテイクやらせて』と言っても、ドヌーヴは『私は今のがピークだから、今よりよくはならない。だからやらない』と。でもその判断は非常に正しくて、さすがに60年のキャリアがあるだけあって、彼女は自分がどこまでいけるかわかっているんです」

 ワールドプレミアはカンヌになるのか。早く見たいと気が逸(はや)るが、いずれにしても日本でのお披露目は秋の予定だ。

 撮りたいものを撮りたい役者で撮れる随一の人気と実力を発揮して、1〜2年に1本のハイペースで新作を世に送り出す。と同時に、2014年に立ち上げた制作者集団「分福」では、読んで字のごとし、才能ある人材に知識や技術、そして制作の場や資金を分け与えるプロデューサーとしての仕事にも追われている。西川美和、砂田麻美に続く新鋭監督、広瀬奈々子のデビュー作の制作にも協力した。その『夜明け』に主演した柳楽優弥は、『誰も知らない』のナイーブな少年が大人になったかのような主人公を繊細に演じて、成長を印象づけた。

画像: 是枝が設立した制作者集団「分福」のオフィスにほど近い公園でのひとコマ

是枝が設立した制作者集団「分福」のオフィスにほど近い公園でのひとコマ

画像: 冬の晴れ間、カメラマンの要望にこたえ、是枝はコートを脱ぎ捨て、ひととき遊具と戯れた

冬の晴れ間、カメラマンの要望にこたえ、是枝はコートを脱ぎ捨て、ひととき遊具と戯れた

「柳楽優弥が主演、カメラマンは『誰も知らない』の撮影監督、山崎裕さんの下にいた髙野大樹さんという人で。そういうかたちで輪が広がっているのも嬉しかったし、柳楽くんもすごく色っぽくてよかった。彼からは『30代でもう一回、監督の作品に出演させてください』と言われて、いつかはと思っているんです。でも、お互いに『誰も知らない』を超えたものじゃなければならないから、やり方を吟味して、もう一回タッグが組めればいいなと思っています」

 後進の育成について、是枝の視線は「分福」内だけにとどまらない。日本映画界の長所、短所を見極めながら、東京国際映画祭や日本アカデミー賞に向けても提言を重ねている。
「2016年、釜山映画祭を起点に、国際的な映画プロデューサーを育成する『釜山アジア映画学校』ができて、アジアの若い人たちが目をキラキラ輝かせながら講義を受けている。映画祭と釜山市の出資で、授業料は全額タダ。授業はすべて英語です。今、アジアで面白い映画が次々と生まれているのは東南アジア。このスクールにも、シンガポールから100人もの生徒が来ています。でも英語がネックで、日本からは4~5人の応募者しかいない。作って、育ててという哲学をもたなければならないと、日本の映画業界に文句を言い続ける必要がある。僕ももう、そういう年頃なんですね(笑)」

 是枝は若い頃から、社会の片隅の名もなき人々を描き続けるイギリスの巨匠ケン・ローチへの敬愛を口にしてきた。表現方法は違えども、見えざる者にまなざしを向け続ける巨匠の背中に、他者を思う是枝の歩みが重なる気がした。

是枝裕和(HIROKAZU KOREEDA)
1962年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、ドキュメンタリー番組の制作に携わる。1995年に『幻の光』で映画監督デビュー。以後、『誰も知らない』(2004年)、『歩いても歩いても』(2008年)、『空気人形』(2009年)、『海街diary』(2015年)等を発表し、日本を代表する映画監督として人気を誇る

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