BY MARI SHIMIZU
今年3月、菊之助さんは舞踊『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』で“関守関兵衛実は大伴黒主”という大役をつとめ、その折に実感したことがあった。それは「踊りであって芝居である」という真実だった。「きっちり躍り込まないとできませんし、役であり続けないと作品として成立し得ない。理屈ではわかっていたのですが、関兵衛ではそれを特に強く感じました。そしてこの経験がほかの舞踊にも影響があるのではないかと思っています」。

尾上菊之助(ONOE KIKUNOSUKE)
歌舞伎俳優。1977年生まれ。七代目 尾上菊五郎の長男。1984年に六代目 尾上丑之助を名乗り初舞台。1996年に五代目 尾上菊之助を襲名。2005年には蜷川幸雄演出による『NINAGAWA 十二夜』を実現させ、読売演劇大賞杉村春子賞、朝日舞台芸術賞寺山修司賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞。近年は『伽羅先代萩』の政岡など女方の大役を勤めるほか、『義経千本桜』の知盛など立役にも意欲的に取り組んでいる。2017年には『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』を新作歌舞伎として歌舞伎座で上演。2019年12月には新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』を新橋演舞場で上演予定。また「團菊祭五月大歌舞伎」では、長男の寺嶋和史が七代目 尾上丑之助として初舞台を勤める
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多くの歌舞伎舞踊には物語があり、『京鹿子娘道成寺』で描かれているのは紀州の道成寺で起こった出来事だ。長らく消失していた寺の鐘が再建され、その鐘供養の日に花子という美しい白拍子が寺を訪れることから始まる。花子を踊るにあたり、芝居として最も大切なのは、何なのだろうか。「鐘への想いです。実際に振りとして鐘を見込むところはもちろん、そうでない時も常に心と視線の先には鐘があります」。
実はこの物語はある伝説の後日譚となっている。その伝説とは、恋への妄執から蛇体と化した娘が、道成寺の鐘に逃げ込んだ相手の男を鐘もろともに焼き滅ぼしてしまったというもの。その娘の名を清姫といい、花子の正体は実は清姫の霊、そして鐘は愛おしくも憎い恋の相手そのものなのだ。
菊之助さんにとっては5年ぶり、4回目となる『京鹿子娘道成寺』。ここに至るまでには実に多彩な人物を心と身体で演じて来た。その経験によって、より深部から身体が遣えるようになっていったという。本人は言及しないが、女心への理解や表現もまた同様だと推察できる。「積み重ねて来た役の情感が身体に乗ることが大切。その結果、どんな『道成寺』になっていくかは初日が開くまでいつも未知です。今回もまたゼロからつくりあげていきたいと思います」
註:花道から花子が登場する最初のパートのこと