BY REIKO KUBO
フィリピンから出稼ぎに来て、チョンウィンのもとにやってくるエヴリンには、家族への仕送りのほかに、写真家になりたいという夢がある。そんなエヴリンの夢を叶えようとするチョンウィンには、長編監督デビュー作に向けて奮闘する若き新人女性監督のために一肌脱いで、ノーギャラでこのインディペンデント作品に飛び込んだアンソニー・ウォン自身が見事に重なる。
「このエヴリンというヒロインは、心の優しい、とても善良な人柄。だから彼女と暮らし、話を聞いているうちに、チョンウィンは彼女の方が自分より厳しい状況にあり、助けを必要としていると気づくんだ。車椅子生活をしている自分でも、彼女を助ける何かができるんじゃないかと気づいた時から、彼は変わって行くんだ。その気づきがチョンウィンにとって重要だったと思う」
世代も文化も違う人間が反撥しながらも、互いの心境を想像することで歩み寄り、互いの尊厳を認め合う。とても基本的なことでありながら、忘れられがちなテーマを、『淪落の人』は四季の移ろいのなか、静かに映し出してゆく。
「ドラマ心理学という学問によれば、観客は芝居に遊ばれたいという気持ちがあるという。その点、オリヴァー・チャン監督は実に腕がいい。例えば、ある感動の場面の前には3つの場面で伏線が張ってある。1、2、3で泣かせたかと思ったら、次の場面では笑わせる。まさに手品師みたいな監督の掌の上で、僕らは泣いたり笑ったりさせられるんだ」
先の「今の自分には時間もたっぷりある」というウォンのコメントは余裕でも何でもなく、とても切実なものだ。2014年に、チョウ・ユンファやトニー・レオンらが載った中国政府による「芸能人ブラック・リスト」について批判的な意見を述べ、同年の「雨傘革命」を擁護した途端に“香港独立派”の烙印を押された。そのことによって中国映画界から閉め出され、それが5年経った今でも続いているという。
「映画には、春夏秋冬、時間の経過とともに人間の命の移ろいも映像を通して描かれている。つまり結末がハッピーなものであれ、悲惨なものであれ、人生には終わりがある。チョンウィンが車椅子に乗って遠ざかっていくラストシーンを見て、観客は主人公は今どういう心境なのか、どんな未来を思い描いているのかと考えさせられるはず。風が吹いて、綿の花が舞う。淡々と描くなかに哀愁がある。それでもどこか希望が感じられるはずで、そこが僕は気に入っているんだよ」
アクの強い演技で知られるアンソニー・ウォンだが、今回は持ち前のユーモアと、今の境遇を経た孤独や怒り、悲しみ、そして達観を自然体で表現し、新境地を披露。「今の中国映画の状況が変わるとは思えず、俳優人生も終わりかな」と静かに笑ってみせるが、『淪落の人』の観客は笑いと涙のなかでウォンのスクリーン復帰を喜び、希望を抱かずにはいられない。
『淪落の人』
2月1日より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
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