BY DAVE ITZKOFF, PHOTOGRAPHS BY PHILIP MONTGOMERY, TRANSLATED BY IZUMI SAITO
少しづつながらも確実に、世界は自分が馴染みないものへと変化していると、スコセッシにはわかっていた。1億6,000万ドルとも言われる『アイリッシュマン』の製作費を支払うNetflixとの取引はありがたく受け入れた。しかし、この契約は、映画が限られた劇場での公開後、Netflixのみで配信されることを意味する。
それはつまり、監督の望み通りに、3時間半の映画を一気に観るのではなく、少しずつ分けて観る者もいるということだ。しかし、スコセッシは映画が観てもらえないよりも、どのような形であれ、どこかで観てもらえるほうがいいと言う。「たとえそれがどこかの街角だとしても、いつかは回顧作品として、劇場で上映されるかもしれない、それは十分にあり得ると思う」と彼は語った。
Netflixによれば、『アイリッシュマン』は、配信開始から最初の1週間で2,640万以上のアカウントで視聴された。スマートフォンなのかタブレットなのか、視聴デバイスはスコセッシの知る由もない。彼は皮肉を込めて自身の毎日をこう言い表す。
「家を出て、車に乗せられ、どこかに連れて行かれる。また連れ出され、テーブルに座らされ、迎え入れられる。部屋に入れば誰かが話しかけてきて、イエスと答える。そして家に帰り、犬を興奮させないようにそっと玄関を入る」
彼は柔軟で、変化も受け入れる――例えば、彼の5回目の結婚(ヘレンとは1999年に結婚した)で、かつては自分勝手で気性の激しかったスコセッシは、家庭的で家族思いの人間へと自分の役柄を作り変えた。彼には、ヘレンとの間に授かった娘のフランチェスカ、そして最初の2回の結婚で生まれたふたりの娘、キャシーとドメニカがいる。

『アイリッシュマン』は、これまでの彼のマフィア映画を否定するものではない。マフィアの生き方は、魅力的に映るー「若く愚かなうちはね。多くの人がそうだし、私もその一人だった
しかし、最近のマーベル作品に関する彼の発言を知れば、スコセッシが控えめな人物とは言い難い。2019年10月のエンパイア誌のインタビューでスコセッシは、「マーベル作品は“映画”ではなく、“テーマパーク”に近い」とコメントし、論争を巻き起こした。(彼はこれらの発言について、2019年11月のニューヨークタイムズでさらに語っている。)
この発言に対し、マーベル・コミックを傘下に置く、ウォルト・ディズニー・カンパニーの最高経営責任者であるロバート・A・アイガーは、スコセッシの発言は「不快」であり、「映画製作に関わる人々に対して公平な意見ではない」とタイム誌で述べ、監督と会って話をしたいと付け加えた。
その数カ月前、スコセッシは彼自身が運営する非営利の映画財団を代表して、アイガーに連絡をしたのだと言う。その財団は、現在ディズニー社が所有する20世紀フォックスのライブラリーで、映画の復元と保存を推進している。「この騒ぎが起きたのは、その連絡の後だ」スコセッシは笑いながら言った。「だからわれわれには話すべきことが山積みだ」 (ディズニー社の広報担当者は、スコセッシとアイガーとの会議の場を設ける予定だと述べている。)
スコセッシは『アイリッシュマン』の中で描いた女性の人物像についても、一部から批判を受けている。その多くは、大人になったシーランの娘ペギーを演じ、劇中でほぼ無言のアンナ・パキンについてだ。彼女の存在は無視され、男性の登場人物に呼応するためだけに存在していると。
しかし、スコセッシ監督は、パキンの人物像がその沈黙によって損なわれるものではないと主張した。彼女は沈黙することにより、年老いた父フランクを拒絶し、打ちのめす。「上っ面だけを追ってもダメなんだ。表面的には『彼女には何か言いたいことがあって、父との間にいくつかの重要なシーンがあるはず』に見える。でも、彼女はそうする必要はない。彼女は彼がしたことを見てきたし、彼がどんなことができる男なのかを知っているんだ」
スコセッシは、彼の映画における女性の表現について幅広い議論があることを承知している。『アイリッシュマン』には“より際立った”点があることは認めながらも、それが彼の一連の作品で描いてきた女性の人物像を代表するものではないのだ。
スコセッシの映画製作会社「Sikelia Productions(シケリア・プロダクション)」で制作部門の代表を務め、10年以上にわたり彼と映画を作ってきたエマ・ティリンジャー・コスコフは、スコセッシが長らく女性を軽視してきたという指摘に対し猛反対をした。
「馬鹿げています」。彼女はそう述べると、むしろスコセッシは「映画史上最高の女性像を生み出してきた」と付け加えた。その例として『アリスの恋』のエレン・バースティン、『グッドフェローズ』のロレイン・ブラッコ、『ケープ・フィアー』のジェシカ・ラングとジュリエット・ルイス、そして『カジノ』のシャロン・ストーンらが演じた役柄を挙げた。
また、コスコフは、スコセッシがジョアンナ・ホッグ監督の『The Souvenir(原題)』をはじめ、女性監督による映画製作を支援してきたことについても言及する。 「言えることはまだまだあります。確かに、スコセッシは『レディ・バード』を作ってはいません。でも、だからといってそれを否定しているわけではないんです」