BY MARI SHIMIZU
和服姿で取材会場に現れた中村獅童さんは穏やかな表情で、ゆっくりとした口調ながら極めて冗舌だった。取材の主旨は歌舞伎座の「吉例顔見世大歌舞伎」第四部で上演され、獅童さんが主演する『義経千本桜 川連法眼館』について。話のなかで何度か繰り返されたのが「夢」という言葉で、とりわけ印象的だったのは「夢は見続ければ必ずかなう」という実体験に基づくフレーズだった。
この作品の舞台となるのは吉野山中のとある館。実の兄である源頼朝から追われる身となった源義経が匿われている場所である。そこへ義経の家臣である佐藤忠信を名のる人物が、相前後してふたり訪ねてくる。結論を明かしてしまうと、物語の主軸となるのは後から来る“偽”忠信、実は狐の化身である。『義経千本桜』という物語全体のキー・アイテムである“初音の鼓”の皮にされた雌雄の狐の子供で、親である鼓の音を慕って現れるという設定だ。
獅童さんがこの大役に初めて取り組んだのは2001年11月、一回限りの試演会でのことだった。抜擢したのは2012年に他界した中村勘三郎さん。当時のことを振り返る。
「うまくできなくて勘三郎のお兄さんに何度も何度も怒られました。それこそお兄さんを嫌いになりそうなくらい。公演当日も行くのが嫌で嫌でなかなか楽屋入りしないものだからみんなから心配される始末でした」
初めての主役に委縮し「震えながら」その時を迎えた獅童さんだったが、意を決して花道を出ていくとそこにはそれまで目にしたことのない光景が広がっていた。「お客様がものすごく温かく迎えてくださったんです。わーっというこれまで耳にしたことのない拍手に包まれたら『俺、できる!』と思えたんです。そうしたら緊張が吹っ飛んであとは無我夢中でした」
気がつけば、観客も出演者も一座していた先輩も場内一体となっての涙のカーテンコール。「舞台に出る喜びや楽しみを、苦しみと共に肌で味わった経験でした」
動物ながら、親への思慕の情を見せる仔狐。その姿に、武士として戦に明け暮れ肉親相食む修羅の世界に生きる義経は心を動かされる。満開の桜に彩られた詩情豊かな内容である一方、舞踊的で軽やかな演技やアクロバティックな動きなど派手な見せ場の多い作品でもある。それだけに技術や歌舞伎特有の様式的演技が要求される役なのだが、勘三郎さんが最も重要視したのは「役の気持ち」だった。獅童さん演じる狐忠信は義経だけでなく、そこにいた人々の心をわしづかみにしたのだった。オーディションで獲得したドラゴン役で出演した映画『ピンポン』がヒットする前年の出来事である。