目の前に淡く広がる日常の景色と、心に浮かびあがる光景をゆっくりとときほぐしていくーー。うたかたのように見えて澱となり、ほのかに香りだち、いつしか人生を味わい深く醸す日々のよしなしことを、エッセイストの光野桃が気の向くままに綴る。連載第二回目はマクラメ編みを始めた夫との新しい日常を綴る

BY MOMO MITSUNO

 ある日の朝、夫が嬉しそうに1枚のチラシを見せに来た。

「今度、近くの花屋でさ、マクラメ編みのワークショップがあるんだけど、行ってもいいかな?」

 マクラメ編み…そうきたか。

 手仕事的なテイストのものが、わたしはいたって苦手なのだ。自分が不器用で、上手にできないということもあるが、こまこまと手仕事の得意な女のひとに嫉妬も覚える。しかも、幼少期から他の子どもがかわいいというものをまったくそう思えず、いつも気持ちは一人ぼっちだった。

 マクラメ…あのどよーんとした土色のガサリと重い手編みのクラフト。夫は、小さな観葉植物の鉢を全部それで覆いたい、と思っているに違いない。そんなマクラメ鉢で居間をいっぱいにされたらどうしよう。

 でも心が小さいのではないか。たかがマクラメのひとつやふたつ、我慢して受けとめてあげたらどうなのか。

 嬉々としてワークショップに出かける夫を見送りながら、逡巡した。

 ティッシュの箱ひとつでも、納得できないものは置かないーーそんなわたしのインテリアのルールも、夫の定年、そして最後の赴任地のベトナムから帰国して14年ぶりの同居という流れの中で、変わらなければならないのかもしれない。

画像: 向かって右端がマクラメ第1作。白をベースに、レンガ色の細い麻ひもを一本遣いにして、アクセントをつけている。白糸だからだろうか、鉢カバーは思っていたより土臭くなく、他のインテリアとも上手くなじんだ。テキストには、白1色の凝った編み方のものも多く、そのデザインはギリシャの香りがする

向かって右端がマクラメ第1作。白をベースに、レンガ色の細い麻ひもを一本遣いにして、アクセントをつけている。白糸だからだろうか、鉢カバーは思っていたより土臭くなく、他のインテリアとも上手くなじんだ。テキストには、白1色の凝った編み方のものも多く、そのデザインはギリシャの香りがする

 反対に、夫の趣味は手を使って造ることだ。ベトナムから帰国してきたその翌日から、ごはんは三食、自分がつくると宣言。猛然と台所を片付け始め、おやつのケーキを焼くためのコンパクトなオーブンと、以前から憧れていたというミソノのプティナイフ(おそろしくよく切れて小回りが利き、これ一本で万事が済むプロ仕様のナイフ)を揃え、さらに卓上で使う小さなミシン、そして買い物用の軽い自転車までをあっという間に購入。加えてベランダの果樹と野菜の面倒も見るというのだから、たいそうな忙しさだ。

「会社辞めた意味がないね、こんなに忙しくちゃさ」
「いいのいいの、手を使うことをやっていれば幸せなんだよ、俺」
「よし、わかった」

 夫の提案するたいていのことに、わたしはよし、わかったと答えてきた。わたしの苦手なこともたくさん手伝ってくれるので、感謝の気持ちもある。そして、長きにわたる仕事生活で、愚痴ひとつ文句ひとつ言わず、家族のために働いてくれた夫との新生活は、できるだけ協力して夫が楽しめるように作り上げたいと思っていた。

 人一倍心配性のわたしが、帰国後すぐの、半年間の南米放浪ひとり旅(ホテルも旅程も決めずに出て、連絡もほとんどしない)の留守番を請け負ったのも、それが本当に彼のためになり、その魂を成長させると信じたからだ。

 29歳で見合いをしたとき、お互いに好きな仕事をして、干渉しない、そして結婚後は、ときどき地球のどこかで会って状況報告。家庭は味方の砦、羽根を休めたら、それぞれまた敵地へと飛び立っていくーーそんな考え方が珍しくぴたりと合って、この人を逃したら2度と結婚はできないと確信した。

 そして結婚36年目、子どもも巣立ち、やっとふたりで14年ぶりに生活を共にしようとした矢先、あまりの趣味嗜好の違いに唖然となったのである。

 夫は何でも自分で作りたい、と言う。その究極は「家」である。だから物を買うことをとてもいやがる。まず、物を増やしたくない。ゴミ箱ひとつでも、できれば買わずに作ってみたい。

 たった2000円のゴミ箱を買うのが、なぜいけないのか。必需品ではないか、とわたしは憤る。

「まあ、ちょっと待ってて。俺がつくれるかやってみるから」

 わーん、仕事部屋に45リットルごみ袋をむき出しで置いておくのはいやだよう、と毎日泣きつき、やっと許可が下りる。でもそれまでに幾度もケンカ及び言い争いをしなければならない。

画像: 夫が使用したマクラメの糸。太い木綿糸をほぐして細くして使う。細くすればするほどカントリーなイメージはなくなり、優しげなクラフトに変わっていく。もとは武骨なロープだったとはなかなか気づかれない PHOTOGRAPHS BY MOMO MITSUNO

夫が使用したマクラメの糸。太い木綿糸をほぐして細くして使う。細くすればするほどカントリーなイメージはなくなり、優しげなクラフトに変わっていく。もとは武骨なロープだったとはなかなか気づかれない
PHOTOGRAPHS BY MOMO MITSUNO

 夫の定年と時同じくして、わたしも仕事に追われる暮らしが終わった。いまはうちでゆっくりと過ごしている。忙しい毎日を送っていた頃、憧れていたのは、夕方4時でその日の仕事をやめ、まだ明るいうちに白ワインを開けて、ベランダのレモンやブルーベリーを眺めながら、キャンドルを灯してゆっくり過ごすことだった。なのに夫が定年してみたら、会話のごく些細なひと言で言い合いになるのである。

 もちろん、そんな日常のケンカは長引かない。あっという間に平常に戻る。プチゲンカを繰り返すのはエネルギーの無駄、もうやめようよ、と話し合い、互いに納得したそばからまた言い合いが始まる。知らず知らずのうちに、お互いが頑固な老人になっていた。

 ひとのキャラクターは変わる。加齢とともに思わぬ別キャラクターが顔をみせる。口も手も出さず、穏やかそのものだった夫がいま、激しい怒りを見せるとき、若かった一人目、仕事時代の二人目の次に登場した第三のこのキャラも受け入れなければいけないのだな、と思う。その男は、必然として夫の中に存在しているからだ。

 晴れ渡った青空のもと、今を盛りと香るラベンダーの花の横で、夫はマクラメ編みに余念がない。

「どう? 見て、これ。編み物っていうのは、一本の糸からどんな形にも変わっていくから面白いよね。この鉢カバーも白とレンガ色でグリーンによく似合うでしょう。安い葉っぱでも素敵になるんだよね」

 居間には、ひとつ、ふたつとマクラメたちが増えている。それが、思いのほか可愛らしいのでおどろく。

 人生のタイムテーブルを書き換える時がきている。

画像: 光野桃(みつの もも) 1956年、東京生まれ。クリエィティブディレクターの小池一子に師事、その後、ハースト婦人画報社に勤務し、結婚と同時に退職。ミラノ、バーレーンに帯同、シンガポール、ソウル、ベトナムで2拠点生活をおくる。著書に『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)『実りの庭』(文藝春秋)『妹たちへの贈り物』(集英社)『白いシャツは白髪になるまで待って』(幻冬舎)など多数。

光野桃(みつの もも)
1956年、東京生まれ。クリエィティブディレクターの小池一子に師事、その後、ハースト婦人画報社に勤務し、結婚と同時に退職。ミラノ、バーレーンに帯同、シンガポール、ソウル、ベトナムで2拠点生活をおくる。著書に『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)『実りの庭』(文藝春秋)『妹たちへの贈り物』(集英社)『白いシャツは白髪になるまで待って』(幻冬舎)など多数。

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