ラグジュアリービジネスの世界において、SDGsの諸課題にいち早く取り組んできたケリング・グループ。その代表であるフランソワ=アンリ・ピノーが語る、これからのラグジュアリービジネスのあり方とは?

BY HIROFUMI KURINO, PHOTOGRAPH BY YASUTOMO EBISU, EDITED BY JUN ISHIDA

 2022年、あらゆる意味で“世界”が岐路に立たされている。戦争、感染症、大規模自然災害、難民問題、人種対立、貧富の差、中絶などに関する女性の権利の後退……数えきれないほどの、そしてかつてないほどのシビアな問題に我々は包囲されている。

 ファッションに関してはどうだろう。パンデミック下では生活防衛が優先され、「ファッションどころではない」という声も多く聞かれた。そして、パンデミックが沈静化しつつあったタイミングで“戦争”が勃発し、ウイルス以上のインパクトを世界に与えた。戦時下ではさらに“ファッション”の意味が問われる。人は今までのように洋服やアクセサリーを買い続けるのか? ラグジュアリーと呼ばれる高級ブランド品は今後も売れ続けるのか? 看過してはいけない事実となっていた、消費サイクルに伴う過剰在庫やその処分の方法、製造過程や製品廃棄に伴う環境汚染問題は? この3年間、服を着る楽しみに関しても、何らかのかたちでそこに関わるビジネスに身を置くことに関しても、さまざまな“自問自答”が頻出した。

 このタイミングにラグジュアリーブランド企業の代表格であるケリングの会長兼CEO、フランソワ=アンリ・ピノーが来日し、僕はインタビューする機会を得た。ケリングは傘下にグッチやサンローラン、ボッテガ・ヴェネタなどの高級ブランドをもつ成功した大企業であるばかりでなく、業界でいち早く持続可能性や女性の地位向上をテーマに掲げ実行してきた組織である。ファッションという存在、そして消費社会そのものに突きつけられた課題を不可避的に背負いつつ、ピノーから意味のある言葉や答えを引き出す、それが僕のミッションであった。

画像: フランソワ=アンリ・ピノー 1962年生まれ。父はケリングと投資会社アルテミスの創業者であるフランソワ・ピノー。1987年ピノー・グループ入社。2000年PPR(現ケリング)副CEO就任。2003年アルテミス会長就任。2005年ケリング会長兼CEO就任。2008年ケリング・ファウンデーション設立。写真はケリング ジャパン本社の屋上にて

フランソワ=アンリ・ピノー
1962年生まれ。父はケリングと投資会社アルテミスの創業者であるフランソワ・ピノー。1987年ピノー・グループ入社。2000年PPR(現ケリング)副CEO就任。2003年アルテミス会長就任。2005年ケリング会長兼CEO就任。2008年ケリング・ファウンデーション設立。写真はケリング ジャパン本社の屋上にて

 朝8時に始まったインタビューで、結果的に僕だけでなくファッション業界全体として、予想を上回る明解な答えを得られたと確信している。以下、ピノーの「答え」を読者と共有したいと思う。

──まずはケリングのフィロソフィについて伺いたいと思います。ケリングは、グッチやバレンシアガなど、ファッションだけでなく社会的にも強いメッセージを打ち出すブランドを有しています。たとえば、アレッサンドロ・ミケーレは前回のグッチのショーのアイデアを、ハンナ・アーレントとヴァルター・ベンヤミンが、ナチスの占領下にあったドイツから逃れた際の記録から得たと記事で読みました。社会的にも政治的にも複雑な世界において、こうした政治的なメッセージを発することも辞さないブランドの存在は非常に重要です。どうやって、こうした個性の強いブランドたちをラグジュアリーグループとしてまとめているのでしょう?

ピノー 私たちは「ラグジュアリーとは何か」ということについての強いビジョンを共有しています。それは、目的をもった美、意図のある美しさです。私たちは、すべての人を喜ばせるためにここにいるのではありません。私たちは、メッセージを伝えるために存在するのです。これは、アレキサンダー・マックイーン、サンローラン、バレンシアガ、ボッテガ・ヴェネタ、グッチなど、グループのすべてのブランドが共有するビジョンであり、ブランドやクリエイティブ・ディレクターの誠実さから本当のことを言うのであって、誰かに嫌われることを恐れてはいません。

画像: 世界遺産にも登録されているイタリアの古城で行われた、グッチの2022-’23年クルーズ・コレクション。会場に置かれたショートノートに、1930年代にナチスに追われ、亡命を試みたユダヤ系ドイツ人の思想家、ハンナ・アーレントとヴァルター・ベンヤミンに関する記述があった COURTESY OF GUCCI

世界遺産にも登録されているイタリアの古城で行われた、グッチの2022-’23年クルーズ・コレクション。会場に置かれたショートノートに、1930年代にナチスに追われ、亡命を試みたユダヤ系ドイツ人の思想家、ハンナ・アーレントとヴァルター・ベンヤミンに関する記述があった
COURTESY OF GUCCI

 真のラグジュアリーとは、社会の進歩を意味すると考えています。現在はブランド、特にラグジュアリーブランドが、人々により一層大きな影響力をもつ世界になったと思います。同時に、我々には大きな責任も伴います。我々が発言したことが、人々に大きな害を及ぼす可能性もあるからです。多様性、ジェンダー、美の基準、何が美しく、何が美しくないのか。こうした問いに対して、私たちのクリエイティブ・ディレクターたちはそれぞれ異なる方法で応じています。たとえば、ここ10年における、ショーに登場するモデルの変化を見てください。グッチのアレッサンドロは、ジェンダー・フルイディティ(性的流動性)を時代に先駆けて実現し、また旧来の標準的な美の基準とは異なるモデルのキャスティングにも取り組みました。こうした試みはほかのブランドにも影響を与えることとなり、私たちはとても誇りに思っています。なぜなら、このようなメッセージを発信することこそ、私たちが“現代のラグジュアリーブランド”と呼ぶものの核心だからです。製品やキャンペーンがもつ影響力を通じて、社会のさまざまな分野にちょっとした進歩をもたらすことが重要であり、私たちはそうした行為に伴う責任も負っているのです。

──時に人々は、ラグジュアリーとはお金や名声、地位を見せびらかすことだと誤解しがちです。しかしあなたが言うように、ラグジュアリーはもっと人間的な志向、基盤であるべきです。それは職人技や創造性の結果でもあり、多様性や自由といった人間のポジティブな面も表現するものです。

ピノー ラグジュアリーブランドが“よりよい生活への憧れ”の象徴というのは20世紀の考え方であり、今はもっと深いものへと移行しています。なぜなら、人々が指針を求めているのは真実であり、もしかするとそれはもう宗教や政治に見いだすことができないかもしれないからです。私にとって重要なのは、ラグジュアリーブランドが社会の進化を予見し、さまざまな課題について何らかの指針や答えを提示するのにふさわしい存在であることです。つまり、“現在”であることが非常に重要なのです。これが、私がブランドの“ファッション性”と呼んでいるものです。しかし同時に、我々は時間をかけて一貫性を保つ必要があります。それがブランドのタイムレスな部分です。つまり、ブランドには常にこの二つの要素があるのです。今日的な関連性だけでなく、長期にわたる一貫性があってこそ、ブランドが社会に対して真の影響力をもつことができるのです。

 ブランドには別のミッションもあります。それは、ファッション業界全体に向けたもので、自分たちのクリエイティビティを向上させることです。より手頃な価格帯のほかのブランドにも、我々のクリエイティビティに刺激を受けてもらい、広く、多くの人にそれを届けたいと考えています。グッチやバレンシアガ、サンローランを通して発表したトレンドが、ほかのブランドに刺激を与えることを恐れてはいないのです。それはより多くの人にメッセージを届けるためのあるべき姿です。このように、業界内に影響を与えることも、使命の一つです。

 そしてラグジュアリーというのは、サステナビリティ(持続可能性)でもあると私は考えています。長期にわたって一貫性を保つためには、長期的な価値という意味での持続可能性が非常に重要です。つまり、私たちが使用する素材のサステナビリティに通じます。原材料の持続可能性、あるいは将来的に原材料を入手できる可能性があり、原材料が再生可能であることを確認するために必要な、すべてのことを行っているという事実を常に示すことが重要です。私たちの責任とは、この業界全体のためにサステナビリティにおける解決策を見いだすことでもあります。

画像: バレンシアガの2022-’23年秋冬オートクチュール・コレクションは、サステナブルな素材を中心に構成された。左はヴィンテージのデニムを分解し再構築した、アップサイクルなセットアップ。右は日本製の石灰岩ベースのネオプレンで作られたドレス COURTESY OF BALENCIAGA

バレンシアガの2022-’23年秋冬オートクチュール・コレクションは、サステナブルな素材を中心に構成された。左はヴィンテージのデニムを分解し再構築した、アップサイクルなセットアップ。右は日本製の石灰岩ベースのネオプレンで作られたドレス
COURTESY OF BALENCIAGA

──ケリングは2019年に気候変動、生物多様性、海洋保護の問題に対応するために、ほかのファッション・テキスタイルの企業とともに「ファッション協定」を立ち上げました。ケリングのサステナビリティへの取り組みについてお話しいただけますか?

ピノー たとえば、革は我々の主要材料ですが、耐久性と仕上げのための“なめし”の工程で重金属を使用することを以前から問題視していました。10年以上前にさかのぼりますが、ドイツの大手化学メーカーに、重金属を使わずに革を加工することは可能かと質問したことがあります。彼らは「そうした質問は初めてだ」と驚いていました。私たちはスイスとドイツの大学と協力して、重金属を使わずに革をなめす方法を二通り発見しました。しかしこの方法は、私たちが独占すべきものではないと考え、一般に公開しました。サステナビリティとは集団で取り組むものであり、個人で取り組むものではないのです。だからこそ、ファッション協定を立ち上げました。

 たとえばコットンについて考えてみると、すべての企業が突然オーガニックコットンを購入するようになったとしても、十分な供給量はありませんよね。そこで私たちは、再生可能な農業へと転換し、土地や水に害を与えない方法でオーガニックコットンを生産できるようにする必要があると考え、生物多様性のための国際的な基金(「自然再生基金」)を2020年に立ち上げました。

 ファッション協定は、共通の目標を掲げ、同じタイミングで、同じ志をもって、業界として集団で行動することで、各企業が個々に行動するよりも大きなインパクトを生み出すことを目指すもので、多くのブランドが加盟しています。ナイキと話し合いをしたときに、彼らはラグジュアリーブランドがサステナビリティにこれほどまでに取り組んでいることに驚いていました。シャネル、モンクレール、プラダといったラグジュアリーブランドは、それが私たちのあるべき姿だと理解しているから、ファッション協定に加盟しているのです。

 ラグジュアリービジネスには、製品の経済方程式が持続可能であるということが、もともと埋め込まれていると思います。この業界は、価値と量のバランスをとりながら成長しなければならないという非常に特殊な業界の一つです。世の中のほとんどの産業は、より多くの製品を販売することを成長と定義しています。しかしラグジュアリー業界でそのようなことをすると、ブランドは露出しすぎることになり失墜してしまいます。ですから、成功したらすぐにラインを限定し、商品をより一層洗練させ、商品の価値によって成長を確かなものにする。量的な拡大だけでなく、質的な拡大も重要です。製品がより洗練されているということは、よりよい原材料とクラフツマンシップに基づいているということであり、つまり、製品がより長持ちし、持続可能であるということなのです。もちろん、価格も高くなります。しかし、そのおかげで、非常にバランスのとれた成長モデルを実現できるのです。

──サステナブルな新素材の開発にも積極的ですね。

ピノー 私たちのブランドでは、サステナビリティのアイデアは、まずクリエイティブ部門から発信されます。クリエイティブ・ディレクターやチームが新しい原材料を使った製品を考えるとき、サステナビリティはすでに方程式の一部になっているのです。ブランドが新しい開発に取り組みそれを維持するべく、私たちは生地やレザーに使用できる最もサステナブルな原材料を確保し、またサプライヤーと協力し続けることができるように、「マテリアル・イノベーション・ラボ(MIL)」を運営しています。デザイナーが新しいコレクションを始めるとき、デザインチームがMILに行き、利用できるさまざまな原材料を見て、それが創造的なアイデアに合うかどうかを確認します。今回のバレンシアガのオートクチュール・コレクションでは、最初のルックはネオプレン(合成ゴム)を使用しました。しかし、それはサステナブルなネオプレンです。

画像: ミラノにある「マテリアル・イノベーション・ラボ」。サステナブルな生地や素材の調達に取り組む COURTESY OF KERING

ミラノにある「マテリアル・イノベーション・ラボ」。サステナブルな生地や素材の調達に取り組む
COURTESY OF KERING

──ケリングは女性の活躍や地位向上についても積極的ですが、いち早く取り組んだ背景は?

ピノー 日本市場において、グループにはおよそ3,000人が所属していますが、7 割が女性です。エグゼクティブに限っても、女性の割合は49%です。対外的に行っている女性への支援としては主に二つの柱があります。一つは、2008年に設立した「ケリング・ファウンデーション」であり、女性を保護し、暴力と闘うべく、NGOと協力し、非常に効果的な方法で活動しています。もう一つは、2015年に発足した「ウーマン・イン・モーション」プログラムです。カンヌ国際映画祭のメインパートナーになった際に始めたものですが、この契約を結んだとき、私は、セレブリティとレッドカーペットを楽しむだけの商業的なものではなく、何かしら意義のあることをしたいと思いました。女性を助けるために何ができるかと考えたとき、実は、映画業界が女性に対してとても不公平であると同時に、人々に大きな影響を与える業界であることがわかりました。「ウーマン・イン・モーション」は、女性の創造性や文化・芸術への貢献、人々の考え方を変革する役割を称え、光をあてるためのものです。今では、映画界のみならず写真界や音楽界まで活動の領域を広げてゆき、アメリカ、フランス、イタリア、アジアの国々で展開しています。

画像: 2022年「ウーマン・イン・モーション」アワードを受賞した、アメリカ人の女優でプロデューサーのヴィオラ・デイヴィス〈中央右〉と、同プログラムのヤング・タレント・アワードを受賞したスウェーデン人の監督ニンジャ・サイバーグ〈中央左〉 COURTESY OF KERING

2022年「ウーマン・イン・モーション」アワードを受賞した、アメリカ人の女優でプロデューサーのヴィオラ・デイヴィス〈中央右〉と、同プログラムのヤング・タレント・アワードを受賞したスウェーデン人の監督ニンジャ・サイバーグ〈中央左〉
COURTESY OF KERING

 インタビューはきっかり1 時間。ピノーは経営者として語るべきことを答えてくれた。その回答は真っ当で、論理的で、捉え方によっては優等生的な答えとして受け止められても不思議はない。しかし僕は全面的にピノーの言葉を信じる。

 そもそも「ラグジュアリーブランド」とは、職人技、先進的でオリジナルなデザイン、そして顧客志向のサービスが基本のはずだが、多くのファッションブランドにおいて、近年の戦略はいわゆる“バズ狙い”や“マーケティング”ばかりが目立ち、僕は批判的だった。

 ピノーが明確な視点のもとに語り、改善し、実行している「環境問題、トレーサビリティ、女性と社会、創造性支援……etc.」はこの業界以前に現代社会自体が解決すべきスケールの課題である。彼はまっすぐなビジネスマンだ。“投資”を根源的に捉えているが、それは単なる“投機”視点ではない。ピノーには、ケリングの創業者であり、高級デパートをはじめとするリテールビジネスにおいて成功を収めた、自身の父のDNAが刻み込まれている。僕はリテーラーを信じる。それはお客に噓を言ったら存続できない生き方なのだから。

 インタビューを終えた帰り際、ピノーはケリング・グループのアイコンを指して言った。それは叡智の象徴であるフクロウが翼を広げた姿をしている。
「見えますか? ハート形の顔がほほ笑んでいるでしょう?」
「あなたのアイデアですか?」と聞くと、彼は柔らかな笑みでうなずいていた。

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