昨年は濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞国際長編映画賞を受賞するなど、優れた日本人映画監督の作品が数多く輩出されている。いま注目すべき新進気鋭の日本人監督、森井勇佑、片山慎三、川和田恵真が手掛け、2022年に公開された秀作を紹介する

BY KANA ENDO

残酷なまでに無垢な少女の世界を体感できる――森井勇佑監督『こちらあみ子』

あみ子は小学5年生の少女で、父と妊娠中の母、兄とともに広島で元気いっぱいに暮らしていた。あまりに純粋で思ったことをなんでも口にしてしまうので、時に周りの友達や大人を振り回してしまう。誕生日に、お母さんがつくったあみ子の好物の五目ご飯も、絶対おかわりすると言ったもののすぐに飽きて、クッキーを食べ始めてしまったり、記念写真を撮りたいと、家族を集合させるも母親がまだ鏡を見て髪型を直しているのに撮影してしまったりと、あみ子にとっては何の悪気もない行動が、家族を困惑させ疲弊させていく。そして、あみ子は誕生日プレゼントの電池切れのトランシーバーに話しかける。「応答せよ、応答せよ。こちらあみ子」──。

画像: あみ子を演じたのは映画初出演の大沢一菜(おおさわかな、写真中央)。まるでドキュメンタリーを見ているかのような、のびのびとした自然体の演技が、映画を鮮やかに彩る ©2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

あみ子を演じたのは映画初出演の大沢一菜(おおさわかな、写真中央)。まるでドキュメンタリーを見ているかのような、のびのびとした自然体の演技が、映画を鮮やかに彩る
©2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

 この作品は心温まる家族ドラマではない。原作は今村夏子のデビュー作で、太宰治賞、三島由紀夫賞をW受賞した小説『あたらしい娘』(のちに『こちらあみ子』に改題)。監督は大森立嗣などの助監督を務め、本作で監督デビューした森井勇佑。

 原作を読んでから「自分の中にあみ子が住み着いた」と語る監督。「あみ子の見ている世界と、あみ子には見えていない世界をどう描くか」を意識したという言葉通り、画角の切り取り方や、音声、ストーリー展開など、徹底的にあみ子の世界のなかで物語を描いていく。それゆえ、あみ子の母親のことや引っ越しのことなど明確な説明がないまま、物語は進んでいく。観客は一瞬戸惑いを覚えるが、これこそがあみ子が感じていることなのだ。観客はあみ子の世界に入り込み、あみ子を体感する。話してもきっと分からないから、あみ子にきちんと説明をする大人はいない。あみ子もそれを気にすることなく、次の話題に関心が移っていく。我々のいるこちら側とあみ子のいる世界には完全に隔たりが生まれ、「こちらあみ子、応答せよ」とトランシーバーでいくら呼びかけても返事はない。あまりに純粋がゆえ、異物となってしまうこちら側の世界。その異物を目の当たりにした時、自分はどんな行動をするのか試されているように感じた。終始心が苦しくヒリヒリと痛むが、あみ子が最後にした選択と言葉に救われる。誰も責めることなく、一方的にメッセージを押し付けることもない作風が、新しい映画体験となって心に刻まれるだろう。デビュー作にしてあみ子の世界を見事に描き出した森井監督に今後も注目していきたい。

画像: あみ子の父親を井浦新(写真)、母親を尾野真千子が演じた。物静かで忍耐強い父が、徐々に苦悩を顕にしていく姿に共感を覚える。また小学生から中学生になるあみ子を始めとする子どもたちが、一気に成長して見えるような演出も素晴らしい ©2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

あみ子の父親を井浦新(写真)、母親を尾野真千子が演じた。物静かで忍耐強い父が、徐々に苦悩を顕にしていく姿に共感を覚える。また小学生から中学生になるあみ子を始めとする子どもたちが、一気に成長して見えるような演出も素晴らしい
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画像: 『こちらあみ子』 Blu-ray&DVD、2/10発売 Blu-ray ¥5,280、DVD ¥4,620 発売元:2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ 販売元:TCエンタテインメント ©2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ 公式サイトはこちら

『こちらあみ子』
Blu-ray&DVD、2/10発売
Blu-ray ¥5,280、DVD ¥4,620
発売元:2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ
販売元:TCエンタテインメント
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一体何を見つけたかったのかがわからなくなる――片山慎三監督『さがす』

 大阪の下町で暮らす原田智と中学生の娘である楓。貧しいながらも楽しく暮らしていた親子だったが、智は「懸賞金300万円がかかった指名手配中の連続殺人犯を見た」と言った翌日、忽然と姿を消してしまう。楓は父をさがし始めるが、警察には相手にされず、手がかりを求めて奔走する。日雇い労働の名簿に父の名前を見つけ職場を尋ねるも、そこにいたのは同姓同名を名乗る若い男だった。手がかりをなくし失意に打ちひしがれる中、街の掲示板に貼られた連続殺人犯のチラシをみると、そこには日雇い現場にいた若い男の顔写真が載っていた──。

画像: 主人公の原田智を演じるのは佐藤二朗。ユーモラスで憎めない人物ながら、現代社会が抱える闇に取り込まれて善悪の区別がつかなくなっていく父親を見事に演じた © 2022『さがす』製作委員会

主人公の原田智を演じるのは佐藤二朗。ユーモラスで憎めない人物ながら、現代社会が抱える闇に取り込まれて善悪の区別がつかなくなっていく父親を見事に演じた
© 2022『さがす』製作委員会

 2019年、自主製作映画『岬の兄弟』で長編監督デビューした片山慎三の2作目であり、初の商業映画となる本作。中盤まではテンポよく、まるで探偵映画のように次々と手がかりを見つけ、核心に近づいていくように思えるのだが、中盤以降、物語は思いも寄らない展開を見せ、あらゆる予想を裏切るかたちで結末を迎える。

 本作では現代社会が抱える死生観や倫理観などの深い闇を描きながらも、ミステリーやサスペンス要素を取り込み、エンタテインメント性も極めて高い作品となっている。正しいことと地続きにある悲劇や、善と悪の境界にある隙間を、登場人物それぞれがもつ正義として生々しく描き出す。日本人で唯一、ポン・ジュノ監督の元で助監督を務めた経験をもつ片山監督。日本映画に足りないのは時間という持論を持ち、スタッフの数を絞りじっくりと時間をかけて撮影をすることで、商業映画ながら自主製作映画のようにアーティスト性も担保できたと話す。単に愚鈍なのか、またはそう見えるように仕向けているのかわからない原田智を演じた佐藤二朗や、大人にも物怖じしない意志の強い少女・楓を演じた伊東蒼。静謐で猟奇的な殺人犯、山内照巳を演じた清水尋也という芸達者な俳優陣と、監督の思いが見事に呼応したダークでシニカルな傑作といえるだろう。

画像: 原田楓役に『おかえりモネ』、『湯を沸かすほどの熱い愛』、『空白』の伊東蒼を起用。監督いわく、抜群の演技力とアドリブなど対応能力の高さに即採用を決めたという。連続殺人犯の山内照巳を『東京リベンジャーズ』や『おかえりモネ』の清水尋也が演じる © 2022『さがす』製作委員会

原田楓役に『おかえりモネ』、『湯を沸かすほどの熱い愛』、『空白』の伊東蒼を起用。監督いわく、抜群の演技力とアドリブなど対応能力の高さに即採用を決めたという。連続殺人犯の山内照巳を『東京リベンジャーズ』や『おかえりモネ』の清水尋也が演じる
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画像: 『さがす』 Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中 Blu-ray ¥5,280、DVD ¥4,180 発売元:ギャガ 販売元:ギャガ © 2022『さがす』製作委員会 公式サイトはこちら

『さがす』
Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中
Blu-ray ¥5,280、DVD ¥4,180
発売元:ギャガ
販売元:ギャガ
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理不尽な社会を生き抜くクルド人の高校生を描いた──川和田恵真監督『マイスモールランド』

 サーリャは父と妹、弟と埼玉県に暮らす高校生。幼い頃に生活していた地を逃れて来日し、日本で育ったクルド人だ。父は「クルド人としての誇りを失わないように」と夕食の前には必ずクルドの祈りを唱え、周りのクルド人たちと支えあって生活してきたが、サーリャの妹と弟は日本語のみを話し、日本の文化の中で日本人として育っていた。サーリャは大学進学の資金を貯めるため、家族には内緒で川を隔てた東京のコンビニでアルバイトをしていたが、ある日、サーリャたち家族の難民申請が不認定になってしまう。在留資格を失い、就労することも、許可なく居住地である埼玉から出ることもできなくなったが、父は生活のために仕事を続け、サーリャもアルバイトを続けていた。しかし、父は不法就労が発覚し、入管施設に収容されてしまう。いつ出られるか分からない不安を抱えながら、サーリャは家族の面倒を一人で見ることになり、心身ともに疲弊していく。

画像: 主演を務めたのはモデルの嵐莉菜。自身も日本、ドイツ、イラン、イラク、ロシアと5カ国のルーツをもち、アイデンティティをめぐって逡巡するサーリャを見事に演じた。サーリャのバイト先で知り合う聡太役には『MOTHER マザー』の奥平大兼が配された ©2022「マイスモールランド」製作委員会

主演を務めたのはモデルの嵐莉菜。自身も日本、ドイツ、イラン、イラク、ロシアと5カ国のルーツをもち、アイデンティティをめぐって逡巡するサーリャを見事に演じた。サーリャのバイト先で知り合う聡太役には『MOTHER マザー』の奥平大兼が配された
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 監督の川和田恵真は、是枝裕和や西川美和らを中心とする映像制作者集団「分福」に所属し、本作が商業デビュー作となる。イギリス人の父と日本人の母をもち、監督自身も10代の頃に自分のアイデンティティに悩んだそう。本作を企画するきっかけとなったのは、2015年頃、ISISに土地を奪われたクルド人が男性女性を問わず銃を持ち、自分たちの暮らす土地を守るために戦っている写真を見たことだという。日本にも難民申請中のクルド人が2000人近くいることを知り、映画化の出発点となった。

 本作で、主人公のサーリャを演じたのは、映画初出演の嵐莉菜。そしてサーリャの家族を演じたのは、嵐の実の家族である父と妹、弟だ。当初は在日クルド人をキャスティングしようと試みたが、難民申請中の彼らが自身の顔を出して映画に出演することで、将来何かしらの不利益を被るかもしれないと断念。しかし多くの在日クルド人に取材を重ね、本作は完成し、エンドロールに示された言葉に思わず落涙してしまう。

 鑑賞中は、理不尽な現実を突きつけられ、自分の無力さに絶望してしまうが、自身のルーツを偽り、常に「しょうがない」と諦め苦笑いしていたサーリャの眼差しが終盤、がらりと変わっていく姿や、諦めず手を差し伸べ続けサーリャの良き理解者となっていく聡太に、新しい世代がもっている希望の光が見えた気がする。ニュースの中の出来事ではなく、そこにある血の通った物語として、多くの人が自分ごととして捉えられるようになるような社会問題への切込み方や子役への巧みな演出は、是枝監督イズムを感じさせる。厳しい現実を描き出す一方で、このような鋭い着眼点をもつ女性映画監督の活躍に光明も感じられる作品だ。国内外での数々の映画賞受賞を記念した凱旋上映が、2月10日(金)から2週間限定で新宿ピカデリー、MOVIX川口、なんばパークスシネマで予定されている。

画像: サーリャがアルバイトをするコンビニの店長を藤井隆、聡太の母親を池脇千鶴が演じ、手練な役者陣が脇を固めた。またスタッフに『ドライブ・マイ・カー』の撮影・四宮秀俊と美術・徐賢先が参加し、光の捉え方など素晴らしい映像美が完成した ©2022「マイスモールランド」製作委員会

サーリャがアルバイトをするコンビニの店長を藤井隆、聡太の母親を池脇千鶴が演じ、手練な役者陣が脇を固めた。またスタッフに『ドライブ・マイ・カー』の撮影・四宮秀俊と美術・徐賢先が参加し、光の捉え方など素晴らしい映像美が完成した
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画像: 『マイスモールランド』 Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中 Blu-ray ¥6,600円、DVD ¥4,180 発売元:バンダイナムコフィルムワークス 販売元:バンダイナムコフィルムワークス © 2022「マイスモールランド」製作委員会 公式サイトはこちら

『マイスモールランド』
Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中
Blu-ray ¥6,600円、DVD ¥4,180
発売元:バンダイナムコフィルムワークス
販売元:バンダイナムコフィルムワークス
© 2022「マイスモールランド」製作委員会

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