発見、感動、思索……知的好奇心を刺激する、映画好きな大人のための今月の新作を厳選!

BY REIKO KUBO

監督 是枝裕和、脚本 坂元裕二、音楽 坂本龍一。才能が結集したカンヌ国際映画祭 脚本賞受賞作『怪物』

画像: 実力派の安藤サクラ(右)がリアリティあふれる母親役を好演 ©2023「怪物」製作委員会

実力派の安藤サクラ(右)がリアリティあふれる母親役を好演
©2023「怪物」製作委員会

『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞し、『誰も知らない』と『ベイビー・ブローカー』ではそれぞれの主演俳優がともに最優秀男優賞に輝くという実績を重ねる是枝裕和監督。今年も新作『怪物』をコンペ部門に出品し「プレッシャーだな」と漏らしていたが、見事に脚本賞とともに凱旋した。TVドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』等で大人気の脚本家、坂元裕二と初タッグを組んで練り上げたドラマは三章仕立て。舞台は澄んだ湖を臨む郊外の町。子ども思いのシングルマザー早織(安藤サクラ)は「豚の脳を移植された人間は、人間?豚?」と、奇妙な質問を投げかけられた日から一人息子 湊(黒川想矢)の様子が気になり始め、学校の担任教師(永山瑛太)を尋ねるが……。

画像: 小学5年生の生徒を演じるふたりは、今作が映画初出演とは思えない、みずみずしい演技を披露 ©2023「怪物」製作委員会

小学5年生の生徒を演じるふたりは、今作が映画初出演とは思えない、みずみずしい演技を披露
©2023「怪物」製作委員会

 怪物とはいったい誰のことなのか? 視点を変えながら、坂元脚本ならではの先が読めないミステリアスなドラマが展開し、終盤に向けて世界が豊かに広がってゆく。それまで影のような佇まいだった校長(田中裕子)が静かに教え子を導くシーンでは、トロンボーンとホルンの音色とともに胸が震える。『万引き家族』でも組んだ撮影監督・近藤龍人のカメラが嵐と陽光の中での子どもたちの生き生きとした表情をとらえ、是枝映画の情感が一気に溢れ出し、そこに病の中で坂本龍一が紡いだピアノ曲が寄り添う。湊たちに、世界の子どもたちに、まるで “誰にでも手に入る幸せが降り注ぎますように” と祈るように──。

画像: 映画『怪物』予告映像 www.youtube.com

映画『怪物』予告映像

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『怪物』
キャスト:安藤サクラ 永山瑛太 黒川想矢 柊木陽太 / 田中裕子
全国公開中
公式サイトはこちら

1972年の西ドイツ・ケルンを舞台に、フランスの鬼才が愛の奔流を描く『苦い涙』

画像: 主演の映画監督を演じるのは、フランスの名優ドゥニ・メノーシェ(左)。彼が恋に落ちる相手は、本作が長編映画初出演となる新進気鋭のハリル・ガルビア ©️ 2022 FOZ - FRANCE 2 CINEMA - PLAYTIME PRODUCTION ©CAROLE BETHUEL_FOZ

主演の映画監督を演じるのは、フランスの名優ドゥニ・メノーシェ(左)。彼が恋に落ちる相手は、本作が長編映画初出演となる新進気鋭のハリル・ガルビア
©️ 2022 FOZ - FRANCE 2 CINEMA - PLAYTIME PRODUCTION ©CAROLE BETHUEL_FOZ

『まぼろし』(2000)、『8人の女たち』(2002)など、フランス映画の鬼才として熱烈な人気を誇る一方、近年は『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(2018)など、話題の社会派ドラマでも熟練技を披露しているフランソワ・オゾン監督。そんな彼が長年映画化を夢見た、ニュージャーマン・シネマの旗手、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』(72)を遂に翻案化。

 主人公は、 映画監督のピーター(ドゥニ・メノーシェ)。彼が恋人と別れたと聞いた女優のシドニーは、船旅で出会った青年アミールを紹介する。翌日、ピーターはカメラテストと称し、小麦色の肌に黒い瞳が輝くこの美青年をカメラ越しに見つめ、激しい恋に落ちる。名優ドゥニ・メノーシェが爆発させる狂おしい恋情。それでも季節の移ろいとともに変化するパワーバランスの中、高揚、耽溺、嫉妬、狂気、絶望と目まぐるしく変わってゆく愛の表情は、同性愛、異性愛にかかわらず、誰もが見覚えのあるもので、見つめるうちに腹の奥をキリキリと刺される思いがするだろう。

画像: 胸に突き刺さるような映像美も見逃せない © 2022 FOZ - FRANCE 2 CINEMA - PLAYTIME PRODUCTION ©CAROLE BETHUEL_FOZ

胸に突き刺さるような映像美も見逃せない
© 2022 FOZ - FRANCE 2 CINEMA - PLAYTIME PRODUCTION ©CAROLE BETHUEL_FOZ

 アイコン的フランス女優のイザベル・アジャーニや、ファスビンダー版でヒロインを翻弄したハンナ・シグラらの豪華共演陣、さらに、オリジナル作品への目配せを散りばめたデカダンな舞台美術も見どころ。嬉しいことに、72年の『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』も同時期にリバイバルされることとなり、新旧の愛の物語を見比べる絶好の機会が到来だ。

画像: 映画『苦い涙』予告編_A www.youtube.com

映画『苦い涙』予告編_A

www.youtube.com

『苦い涙』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開中
公式サイトはこちら

アカデミー主演女優賞にノミネートされた英国女優の演技が感動を呼ぶヒューマンドラマ『To Leslie トゥ・レスリー』

画像: 今作の演技が大絶賛されているアンドレア・ライズボロー。これまでにもアカデミー賞作品賞を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で主人公の恋人役を好演している © 2022 TO LESLIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

今作の演技が大絶賛されているアンドレア・ライズボロー。これまでにもアカデミー賞作品賞を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で主人公の恋人役を好演している
© 2022 TO LESLIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 ケイト・ブランシェット、ケイト・ウィンスレット、グウィネス・パルトロウら、名だたる女優たちからリアルな演技を絶賛され、ヒロイン役のアンドレア・ライズボローが本年度アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされた話題作。6年前、テキサス州西部の田舎町では、シングルマザーのレスリー(ライズボロー)が高額宝くじを当て、喜びを爆発させていた。ところがアルコールに依存した彼女は、賞金で手に入れた家も借金のカタに取られ、路頭に迷う。しぶしぶ離れて暮らす一人息子ジェームズのアパートに転がり込むが、そこでも息子の気持ちを踏みにじって、故郷に戻されてしまう。

画像: 母に自立してほしいと願う息子を丹念に演じるのは、若手有望株のオーウェン・ティーグ(左) © 2022 TO LESLIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

母に自立してほしいと願う息子を丹念に演じるのは、若手有望株のオーウェン・ティーグ(左)
 © 2022 TO LESLIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 断酒を誓っても誓っても自分に負け、ボロボロになる。痩せた体は痛々しく、タバコをつかむ細い指が震える。6年前、大喜びする自分の隣で困惑しながらも「賞金は母の夢を叶えるために使いたい」と健気に語っていた息子は、何度も裏切られ、寂しげな表情が顔に張りついてしまったかのようだ。住処を失い、ピンクのトランクを抱えてうろつくレスリーを見かね、手を差し伸べるモーテルの従業員もまた、過去に痛みを抱えている。レスリー親子と家族同然だった友人(アリソン・ジャネイ)たちも同様だ。

 ままならない日々。それでも誰かを想い、一念発起する人間に人生は微笑むこともある。カウンター越しに小さな声で “I love you” と言い交わす、母と息子の姿が涙でかすむヒューマンドラマの秀作。

画像: 『To Leslie トゥ・レスリー』本編映像【息子と再会するが...】6.23(Fri.)公開 www.youtube.com

『To Leslie トゥ・レスリー』本編映像【息子と再会するが...】6.23(Fri.)公開

www.youtube.com

『To Leslie トゥ・レスリー』
6月23日(金)全国ロードショー
公式サイトはこちら

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