BY REIKO KUBO
無関心がもたらす人間性の喪失とは──普遍的な問題提起で話題沸騰の『関心領域』
本年度のアカデミー賞に作品賞など5部門にノミネートされ、国際長編映画賞とともに音響賞に輝いた話題作は、不穏な闇を捉えたオープニングから観客に「耳を澄ませ」と囁きかける。鳥の声が聴こえ、次の瞬間、長閑な川辺でピクニックする一家の姿が映し出され、やがて彼らは庭つきの大きな屋敷に帰ってゆく。軍服姿の夫と妻、そして躾の行き届いた子どもたちの “幸せな日常”が映し出されるが、何かがおかしい。時折響く銃声に叫び声、高い塀の向こうに聳え立つトンネル、立ち昇る黒い煙……。
監督は、ジャミロクワイの「ヴァーチァル・インサニティ」やレディオヘッドの「ストリート・スピリット」等の名作PVを手掛けた映像作家から映画監督へと転身し、新感覚SFホラー『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』でその独特の世界観を印象づけたジョナサン・グレイザー。映画タイトルの“関心領域”とは、第二次世界大戦中、ナチス親衛隊がアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルを表現するのに使った言葉。 “幸せな日常”を送っているのは、実在のアウシュビッツ収容所長ルドルフ・ヘスとその家族だ。
鬼才グレイザーは、収容所内の所業を一切見せることなく、壁一枚で隔てられた一家が見たいものだけを見、聞きたいものだけを聞く日々を淡々と映し出し続ける。しかし不穏な音響に晒される観客は、“幸せな暮らし”を目つめながら、壁の向こうを感じて慄き、ヘスの妻(『落下の解剖学』で本年のアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたザンドラ・ヒュラーが演じる)が、「ここは子育てするのに理想の環境」と引っ越しを拒む姿にギョッとする。この関心領域における極度の無関心を通して、「人間性の喪失とは」と迫る衝撃作は、恐ろしく、苦い余韻とともに、長引くウクライナやパレスチナの紛争の痛みに麻痺していく自分は彼らと同じなのではないか、という問いを突きつけてくる。
『関心領域』
5月24日(金)より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
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熱狂の渦を巻き起こした前作から待ち焦がれた待望の最新作!『マッドマックス:フュリオサ』
メル・ギブソン主演の『マッドマックス』3部作から30年ぶりに製作された続編『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)は血湧き肉躍る怒涛のアクション・ムービー。2016年のアカデミー賞で10部門にノミネートされ、6部門に輝いたが、マックス役を引き継いだトム・ハーディのお株を奪う奮闘をみせたフュリオサ役シャーリーズ・セロンがノミネートすらされなかったことには疑問を感じていた。その鬱憤を晴らすべく、闘うヒロインの前日譚を描く『マッドマックス:フュリオサ』が幕を開ける。監督は1作目からメガホンを取るジョージ・ミラー御大。そしてシャーリーズ姐御に代わり、若き日のフュリオサを演じるのは、2015年の『ウィッチ』で注目を浴びNetflixドラマ『クイーンズ・ギャンビット』の大ヒットでゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞したアニャ・テイラー=ジョイ。
世界の崩壊から45年。幼きフュリオサは、水も石油も枯渇した砂漠の果ての「緑の地」で家族や仲間と共に暮らしていたが、ディメンタス将軍(クリス・ヘムズワース)をヘッドとするバイカー集団に攫われてしまう。さらにウォーボーイズたちがひれ伏す、巨大要塞の主・イモータン・ジョーとディメンタスの覇権争いに乗じて復讐の狼煙を上げるフュリオサは、母との誓いを胸に阿修羅と化す。シャーリーズに比べて線は細いが、旬の女優アニャの鋭い目力とゾクゾクさせる低音ヴォイスはフィリオサの怒りを湛えて見る者のハートを射抜く。フュリオサ覚醒までのドラマをもっと見たいという名残惜しさも感じるが、ジョージ・ミラー監督待望の最新作、暑気払いにはもってこいだ。
『マッドマックス:フュリオサ』
5月31日(金)全国ロードショー 日本語吹替版同時上映 IMAXⓇ/4D/Dolby CinemaⓇ/SCREENX
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『美しき仕事』
『ムーン・ライト』のバリー・ジェンキンスや『aftersun/アフターサン』のシャーロット・ウェルズら実力派の映画監督たちに多大なる影響を与えた、フランス人監督クレール・ドゥニの幻の傑作がついに日本で劇場初公開される。主人公のガルーは、マルセイユの自宅で回想録を書いている。記憶は、目の覚めるようなブルーの海と空、そして乾いた大地が広がるアフリカのジブチへと飛んでゆく。その地で外人部隊の上級曹長を務めるガルーは、上官フォレスティエに憧れを抱きながら、彼の部隊を番犬のごとく守っていた。その平穏な日々は、美しい人気者サンタンの入隊によって狂い始める。
ガルーを演じるのは、『ボーイ・ミーツ・ガール』以来、フランスの鬼才レオス・カラックスの分身を演じてきた伝説ドゥニ・ラヴァン。美しく、仲間から慕われるサンタンに、『ネネットとボニ』等、ドゥニ作品の常連グレゴワール・コラン、上官フォレスティエに『小さな兵隊』のミシェル・シュポール。アフリカで幼少期を過ごしたクレール・ドゥニは、褐色の肌を輝かせカラフルな衣装で踊る地元の人々の姿と、外人部隊の行進、訓練、修復工事に終始する彼らの“美しい仕事”を対比させながら捉え続ける。そしてモノトーンの軍服から覗く肉体美を観察し、羨望や嫉妬、欲望に歪むガルーの表情をすくい取る。ガルーの緊張を見守ったラストでは、彼の爆発的エネルギーを浴びながら、4Kで蘇った“美しい仕事“との邂逅を歓ばずにはいられない。
『美しき仕事4Kレストア版』
5月31日(金)より、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下他全国順次ロードショー
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