BY JUNKO HORIE, PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA

2024年5月にスタートした、吉田鋼太郎が芸術監督を務める【彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd】。注目の二作目として、『マクベス』の上演が5月からスタートする。俳優として数々のシェイクスピア作品を経験してきた吉田鋼太郎が、“どんな人にも楽しんでほしい”という想いをこめて贈る新シリーズで、主役のマクベスを演じる藤原竜也との間に、果たしてどんな化学変化が起きるのだろうか──。
吉田鋼太郎(以下、吉田) 藤原竜也って人はね、ものすごい覚悟を持って演出しないとダメなんですよ。演出したいのに、竜也に好き放題やられてね。でも、その好き放題された竜也の芝居が抜群に面白いものだから、“まぁいいか”ってなっちゃう。でも、絶対にそうなっちゃいかん。
藤原竜也(以下、藤原) 突っ走るだけじゃないのをね。
吉田 そう! 新しいシェイクスピアをやる、藤原竜也像が欲しいんだよね。
藤原 突っ走るだけ突っ走って、僕、戻ってきましたから(笑)。
吉田 人間の心理を細かく、抉って表現できる藤原竜也を、今回の『マクベス』でお見せしたいわけですよ。
藤原 本番までそんなに時間もないでしょう……やることいっぱいあるなぁ。でも、それが楽しいんですよね。シェイクスピア、久々だからかな。
──久々のシェイクスピア、『マクベス』のマクベス役は、吉田さんに背中を押されたとか。
藤原 鋼太郎さん演出での『アテネのタイモン』や『終わりよければすべてよし』が終わるときに、“竜也、次どうしようかね。やりたいものある?”って聞いていただいて。“『冬物語』なんて竜也にあってるかもしれないね”と言っていただきましたが、シェイクスピア劇は背負うものも大きいので軽はずみには、イエスと言えなくて。だってね、大変な作業になることはわかっていますから、避けられるものなら避けて通りたい(笑)。けれども、今年43歳になって、次へのステップアップと言いますか。自分を疑いながら次のステージに行くためには苦労しなければならないと。そんな流れで、鋼太郎さんとシェイクスピアを、作品は『マクベス』ということになりました。
──シェイクスピアを演じるにあたっての、大変な作業とは?
藤原 台本を手にした瞬間から修行のような生活が始まるわけです。その台本を手に取る前の生活もすごく大事なんですが……台本と共に、自分自身の何かがスタートするわけです。今回、久々にシェイクスピアを、初めての『マクベス』を手に取ってみると、何て言うんだろう? 現在地から、ドローンで世界が広がっていく映像を見るような感覚があって。いい年齢で、この企画に出会えたんだなと。そもそも鋼太郎さんの演出作品は座組みも面白くて。これまでも心の底から楽しんでいた自分がいたんですよね。
吉田 藤原竜也が演じたシェイクスピアのタイトルロールといえば『ハムレット』なわけですよね。シェイクスピア4大悲劇の『ハムレット』を演じて、『リア王』は年齢的にまだ違う。『オセロー』もまだ竜也の年齢じゃないかもしれない。そうなると竜也には『マクベス』だよ、と。彼はこれから俳優として乗りに乗っていく年代に突入していくので。一瞬にして駆け抜けていくマクベスの人生を、ものすごい集中力で短時間に展開して終わっていく。その駆け抜け方は藤原竜也のこれまでには、意外になかっただろうと。

──『マクベス』はその名が台詞の一部が独り歩きするほど、多くの人にそれぞれのイメージがあると思うのですが、お2人にとって、“マクベス”という男は?
吉田 それは完全に演出に関わってくることなんですよね。僕自身今までに2回、マクベスを演じているんですが、何とも言えない手ごたえのなさを感じるわけです。なぜだろうと考えたとき、マクベスはただ権力が欲しくて、野心満々で王になった……なったものの、日々後悔に悩まされ、だんだんと狂人のようになっていき、滅びていく。このストーリー、あまりにも単純すぎないか? いわゆる歌舞伎の世話物的な夫婦の愛がある。そこに殺人があって血が流れ、本人は後悔して、人生とはこんなものかと見栄を切って拍手喝采……そういう見方もアリかもしれない。けれど、僕はマクベスを演じてみて、どうしてそうなるのか、梯子に手をかけて昇れていない気がしたんです。今回は、マクベスの行動、台詞ひとつひとつにリアリティを持たせ、理由を見つけてから芝居に入りたいと思っています。果たしてシェイクスピアがそこまで考えていたかどうかはわからないんですけどね。僕らで謎解きをして、その解釈にそって、皆さんについてきてもらう。そういうやり方になると思うんです。『マクベス』には、きっとまだ何か隠れてるんじゃないかと。
──シェイクスピア劇って、観る側に対しても毎度、謎解きのような楽しさがあります。演出によって、その答えが違うのも一興で。
吉田 わかります! 今回の謎解き……楽しいと思いますよ。
藤原 瞬間、(役として)生きてみて、突破します! 今はまだ、マクベスとは、シェイクスピアとは……なんて僕の口から言いたくないっ。
吉田 アハハハハハハ(笑)。
藤原 だってわからんでしょう。
吉田 まあ、わからないだろうね。
藤原 やってみなきゃわからない。終わる頃には饒舌に語れることでしょう(笑)。
──そして、気になるのが“吉田鋼太郎/魔女”です。
吉田 魔女、面白いですよ~。元・天井桟敷の海津義孝と、元・状況劇場の稲荷卓央と3人でやります。
藤原 そのお2人とはずっと仲良しなんですか?
吉田 そう。魔女をやっていただくのはいいだろうなぁって思って今回声を掛けさせてもらいました。
──魔女は『マクベス』にとって掴みであり、演出家ごとにどう表現するのかが楽しみでもあり。
吉田 唐(十郎)組、寺山(修司)組、蜷川(幸雄)組とかね(笑)。
──日本の演劇界には、若い作家が生み出す新作も新しい演出の形も、シェイクスピアもブロードウェイミュージカルも、選びきれないほどのエンタメが溢れている今の状況を、お2人は楽しんでいますか? それともどこか憂いていたり?
吉田 確かに、いい時代ですよね。僕が若い頃は日本で“これぞシェイクスピア”なんて舞台作品は、なかなか観られなかったです。そう思い込んでしまっていたところもあったかもしれないな。
──私事ですが、初めて観たシェイクスピアは学生の頃に観た蜷川幸雄さん演出の『ハムレット』でした。知識もなく行ってみたところ和の演出で、武士が横行し、小道具は剣ではなく刀でした。えっ、えっ、えー!と驚いた幕開きを今でも覚えています。
吉田 どなたがハムレットを?
──渡辺謙さんでした。
吉田 ああ、渡辺謙さん!
──あの時に受けた衝撃をこれからも日本の演劇界に多くあるといいなと思います。
藤原 あるといいですよね! 僕は劇場で育ってきましたから、今のお話を伺って、僕はこれからどこへ向かっていけばいいか……そんな考えがよぎりました。

──それこそ、藤原さんのデビュー作、蜷川幸雄さんの『身毒丸』で衝撃を受け、演劇にハマったり、俳優を志した人も少なくないと。
藤原 ええ……蜷川さんの、そういう作品だったと思います。例えば、唐さん、寺山さん、蜷川さん、鋼太郎さん……または歌舞伎俳優の方々がお持ちになってきたような信念や強い想いが果たして僕にあるのかと考えると、正直わからなくて。ある俳優は、衣食住に入らない演劇は観たい人だけが観るものだと言い、またある俳優は演劇とは労働でしかないと。一方で、演劇とは革命だと言う方もいる。そういう世界で、自分は生ぬるく育ってしまっているんじゃないかと思ったりもします。若い頃、イギリスに住んでいたときに目にしたのは、日本の若者が渋谷センター街を賑わせていた頃に、イギリスの若者は劇場に溢れかえっていた。その光景がすごく良くて! 日本もこうなったらいいなと思ったんですよね。……なかなか変わっていかないですよね?(笑)
吉田 うん。若者が、っていうことだとそうかもね。
──ダンス業界はすごく発展しましたよね。踊る若者が一気に増えた。一方、演劇界は単純に楽しむことよりも、学び深める印象があるような。
藤原 そう…ですよね。まだ根付いてはいない、っていうところもあるような気がしますね。
吉田 僕らがいちばん羨ましいのは、ちょっと前の世代、赤テントの頃ですよ。1960年代後半、日本が世界における“政治の季節”だったとき。“政治の季節”はひとつ、カルチャーとなっていたわけです。当時、そういう風を纏っていないと演劇ってできないところがあったと思うんですよね。
藤原 今、そこまでのものってないですもんね。
吉田 そこから演劇が衰退したとは思わないんだけど、多くの国民の興味が政治からは離れたよね。“政治の季節”は男たちが作り、男たちの多くが劇場に駆け付けた。今は、圧倒的に女性ですよね。
──確かに、女性の観劇客は多いですし、観客としてのパワーもあると感じます。
吉田 それは僕らとしては嬉しいことのひとつです。ただね、男たちよ、もっと演劇に参戦してくれと(笑)。カルチャーの場にもっといてほしい。
藤原 なぜなんでしょうね。作品なのか、演出なのか。
──一般人からの印象ですと、男性とカルチャーの話になるときは、映画、Netflixなどの配信であることが多いですね。
藤原 そうなんですよね(笑)。手軽に楽しむのもいい、けど、劇場にも来てほしい。
──映像作品を楽しむことが多様化した時代だからこそ、古式ゆかしき変わらぬ舞台演劇を!
藤原 ですよね。そんな時代だからこそ、こういう人(吉田)が大事なんですよ! 演劇を受け継いで、しっかりと守り。それを伝えていくのは我々の仕事だと。蜷川さんは幕が開いて3分が勝負だとおっしゃっていましたけど、そうあるためにすごい覚悟を持って作られていたんだろうと。
吉田 演劇っていくらエンターテインメントであっても、そこに演出家の主張、俳優の主張という生身が混ざろうとする。
藤原 ねー!
吉田 その主張の風圧を浴びたい!って思う人が少なくなっているのかな? 配信はそんなパワーはなくても楽しめる利点がある。
──しかも、劇場は一時期コロナで途切れた瞬間もありましたし。
吉田 そうなんですよ。

吉田鋼太郎(よしだ・こうたろう)
1959年、東京都出身。1997年に劇団AUNを結成し、自ら演出も手がける。蜷川幸雄演出の舞台『オセロー』『ヘンリー四世』などで主演を務め、2016年に「彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd」の2代目芸術監督に就任、『アテネのタイモン』『ヘンリー五世』のほか、昨年は『ハムレット』を演出。連続テレビ小説『花子とアン』(2014年)をはじめ、2016年以降にドラマ・映画が製作された『おっさんずラブ』シリーズの黒澤武蔵役でも高い注目を集める。主な出演作はドラマ『半沢直樹』(2013年、2020年)、大河ドラマ『麒麟がくる』(2020年)、映画『嘘を愛する女』(2018年)、『映画おいハンサム‼』(2024年)など。
藤原竜也(ふじわら・たつや)
1982年、埼玉県出身。1997年、15歳の時に蜷川幸雄演出の舞台『身毒丸』の主役オーディションでグランプリを獲得し、俳優デビュー。2000年、主演映画『バトル・ロワイアル』で『第24回日本アカデミー賞』優秀主演男優賞と新人俳優賞、『第43回ブルーリボン賞』新人賞を受賞。以降、NHK大河ドラマ『新選組!』(2003年)、映画『DEATH NOTE』シリーズ(2006年、2016年)、映画『カイジ』シリーズ(2009年、2011年、2020年)、映画『るろうに剣心』シリーズ(2014年)、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』(2022年-2024年)、『中村仲蔵〜歌舞伎王国下剋上異聞』(2024年)ドラマ『全領域異常解決室』(2024年)などに出演。
──そんな時代に、敢えてシェイクスピアを、彩の国さいたま芸術劇場でやろうと心意気のあるプロジェクトが、吉田さんが芸術監督を務める、彩の国シェイクスピア・シリーズです。
藤原 ね、鋼太郎さん、素晴らしいですよね。
吉田 ありがたいことに応援してくださる方も多く、我々も一勝負だと思っております。この演劇の灯を消してはいけない。
──吉田さんの育った時代、藤原さんの育った時代は60年代の風圧が残り、幕が開くたびに毎度、驚きの連続がありましたよね。その灯は一観客としても、消えないでほしい。
藤原 いやホントですよ。
吉田 ……頑張ります(笑)。
藤原 僕も頑張ります。
──魅力的な時代のひねくれ者に、どんなに新しいカルチャーが占拠してきても、“いや、俺はシェイクスピア観るよ”って言ってほしい(笑)。
吉田 それ、言ってほしいなぁ(笑)。そう言ってもらえるような作品を今後もつくり続けたいですね。

彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』
出演:藤原竜也 土屋太鳳 河内大和 廣瀬友祐 井上祐貴 たかお鷹 吉田鋼太郎 ほか
期間:5月8日(木)~5月25日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
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ツアー公演
【宮城公演】
期間:2025年5月30日(金)~6月1日(日)
会場:仙台銀行ホール イズミティ21 大ホール
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【愛知公演】
期間:2025年6月6日(金)~6月8日(日)
会場:刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
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【広島公演】
期間:2025年6月12日(木)~6月14日(土)
会場:広島文化学園HBGホール
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【福岡公演】
期間:2025年6月20日(金)~6月22日(日)
会場:福岡市民ホール 大ホール
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【大阪公演】
期間:2025年6月26日(木)~6月30日(月)
会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
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