何世紀もの間、道化役者のほとんどは男性だった。だが、今、新たな才能の持ち主たちが、そんな既成事実を変えつつあるーー

BY MICHAEL SNYDER, PHOTOGRAPH BY WILL SANDERS, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

画像: 現在活躍中のパフォーマーたち。(左から)チュラ・ザ・クラウン、ジュリア・マスリ、エラ・ザ・グレート、ポリーナ・レノワー、そしてフランキー・トンプソン。ロンドンのマイルドメイ・クラブにて2025年1 月30日に撮影

現在活躍中のパフォーマーたち。(左から)チュラ・ザ・クラウン、ジュリア・マスリ、エラ・ザ・グレート、ポリーナ・レノワー、そしてフランキー・トンプソン。ロンドンのマイルドメイ・クラブにて2025年1 月30日に撮影

 現在43歳のパフォーマー、ガビー・ムニョス。舞台上では「チュラ・ザ・クラウン」という芸名で知られている彼女は、若い頃、メキシコシティで暮らしていた。当時、友人たちと一緒に化粧をするたびに、心がざわざわしたという。「女性はこうでなくてはいけない、という固定観念が存在していた。友人たちの髪は美しく、体型は完璧だった。でも、鏡に映った自分の姿を見ると『うーん、生まれ変わりでもしない限り、こりゃ無理だな』と思った。すると、思わず笑いがこみ上げてきた」と彼女は言う。チュラとしての彼女は、丸い顔を真っ白に塗りたくり、唇は小さな赤いハート型に、さらに眉毛は詮索好きっぽい左右非対称の形に仕上げている。ムニョスは今春からヨーロッパと中南米を公演して回る予定だ。これまで、新郎に捨てられた新婦や、よたよたと歩く老婦人を演じてきた。彼女は、開けっぴろげで、感情がストレートに出てしまう顔の豊かな表情と滑稽なしぐさを武器に、言葉を使わず、全身で、喪失体験や女性の肉体の老いなど、男性中心の道化師たちが、これまでほとんど題材にしてこなかったテーマをユーモアたっぷりに演じてきた。ムニョスにとっては、笑いは最終目的ではなく、むしろ「人とつながる手段」なのだという。

 もちろん、クラウンや道化、ハーレクイン(註:16~18世紀のイタリア喜劇に登場するチェッカー柄のコスチュームを着た道化役)や愚者といった存在も、これまでの歴史上において、同じような役割を果たしてきた。古代ギリシャで上演されていた叙事詩劇では、毒舌のコーラス隊を演じ、漢王朝時代の中国の皇帝たちは「パイヨウ(俳优)」と呼ばれる宮廷のお抱え芸人が披露する、滑稽でアクロバティックな動きを楽しんだ。シェイクスピア劇では、厭世的な道化師がリア王やその他の王族たちに真実を語った。そして同じ頃、ネイティブ・アメリカンのスー族の聖なる道化師であるへヨカは、常識をひっくりかえすような行動をしてみせることで、多くの人を和ませ、笑いをもたらした。

 現代の私たちにとっておなじみの、あの悲しげな顔をしたピエロは、実は16世紀のイタリアの喜劇、コメディア・デラルテに出てくる、白粉を顔に塗って憂いを帯びた表情をした道化師ペドロリーノが進化したものだ。また、顔に派手に誇張したペイントをして、滑稽な動きをする現代のサーカス・ピエロは、1800年頃にロンドンの舞台でデビューした(そして、その70年後には、ピエロの相棒として、ぶかぶかのスーツを着て大きな靴を履いた、おっちょこちょいな道化師が生まれた)。姿形や儀式はそれぞれ違えど、道化師というのは常に「神聖で、滑稽で、力強く、バカバカしく、徳が高く、恥ずべきものであり、先見の明にあふれている」と語ったのは、ヘヨカのひとりであるジョン・ファイアー・レイム・ディアーだ。彼は1972年出版のリチャード・アードスとの共著『インディアン魂:レイム・ディアー』の中で、そう口述している。そしてそんな道化師たちは、ほとんどいつも男性だった。

 だからこそ、ロンドンを拠点として活躍する29歳の道化師、ジュリア・マスリは、エストニアで過ごした子どもの頃に悲劇役者になることを夢見ていた。コメディというものは、男性が演じるものだと思っていたからだ。マスリは2017年にブライトンで、イギリスの伝説的な道化師であるルーシー・ホプキンスが演じるのを初めて観た。「女性があそこまで自由にバカげたことをやっているのを目のあたりにして、まるで革命を見ているようだった」と語る。

 マスリのショー『Ha Ha Ha Ha Ha Ha Ha』は、2023年にエディンバラ・フェスティバル・フリンジで初演を迎え、それ以来、彼女は世界各地を回って公演している。舞台上に、大きな無垢な目をした、ヴィクトリア朝時代の放浪者に扮した彼女が登場し、観客たちに向かって、個人的に困っていることを教えてほしいと頼む。そして彼女は、ごく真摯な案から、とんでもないものまで、あらゆる解決法を客に提示するのだ─たとえば、仕事に退屈している事務員にショーの議事録を執らせたり、孤独に悩んでいると打ち明けた若い女性を舞台上にひっぱり上げ、見知らぬ観客たちと彼女の身体をガムテープで貼りつけたりする。そうすることで、マスリは、世の女性たちが毎度押しつけられてきた「感情労働」を笑いとカタルシスに変えていく。

 その他にも道化師として活躍している女性たちがいる。26歳のイギリス人女優のフランキー・トンプソンや、32歳のスイス系メキシコ人の劇場アーティスト、ポリーナ・レノワーは、女性であることそのものを笑いの源泉にしている。トンプソンは自らが演出する「ボディ・ショー」で、彼女のパートナーの29歳のアナーキスト道化師で、トランスマスキュリン(註:出生時の性は女性で、かつ男性的なアイデンティティを自認している人)のリブ・エロと共演している。トンプソンは誇張したメイクや衣装の力を借りずに、キャラクターの発言に合わせて口を動かすリップシンクや、挑発的なブッフォン(おどけたり、客を驚かせたりするクラウンの手法)を取り入れて、自らの拒食症の経験を語る。小柄な身体に金髪のトンプソンは、「人々は私を守るべき天使か特別な小鳥のように扱う」と言う。そんな彼女は、舞台の床を舌でなめたり、マーマイト(註:ビール酵母の発酵食品)をいきなり飲み込んで喉に詰まらせるグロテスクな行為を見せることで、観客を巻き込み、「身体醜形障害(註:他者にとっては目立たないが、本人は重大だと認識している外見の欠点にとらわれること)」の屈辱的な体験を共有し、笑いへと昇華させる。

 一方、レノワーが舞台上で演じるキャラクター「プエラ・エテルナ」は、古典的な男性の道化師がよくやる身体的な誇張を、女性バージョンで表現している。コルセットを着けてフラメンコ用のスカートをはき、ピエロ特有の大きな鼻のかわりに、ミニー・マウスがつけるような巨大なリボンを頭につける。プエラは自身が主催する劇場パフォーマンス「フールズ・ムーン」で司会を務め、根拠なき自信に満ちた態度で堂々と振る舞う。一般的に、男性が根拠なき自信を見せつければ人々から称賛され、女性が同じことをすればたたかれるわけだが。

 トンプソンとレノワーが劇場パフォーマンスとコメディの境界を飛び越えて活躍する一方で、41歳のイギリス人パフォーマーのエラ・ゴルトは「エラ・ザ・グレート」という芸名で知られており、彼女は伝統的な道化を継承するキャラクターの中に、ジェンダーに関する巧みで鋭い洞察を織り込んでいる。ゴルトは2015年からは主に「リチャード・メラニン三世」という、髭を生やした、自分に絶対的な自信をもつマジシャンの役を演じてきた。ちなみに、このリチャード役は、ゴルトが「バブシュカ」という別の役柄ーーフリルつきのスカートと小さなジャケットに身を包んだ典型的な女性道化師役ーーで、ロンドンのドラァグ・キング・ナイトに出演を依頼されたときに誕生した。ゆったりと無言で立ち振る舞い、観客を魅了するリチャードは、クラウン界の『ビクター/ビクトリア』(1982年公開のミュージカル映画)として登場した。つまり、ジェンダーがあいまいな役者が「男性になりきった女性」を演じているという設定だ。

 ゴルトは道化師の存在に憧れて、7 歳のときにロンドン・ユース・サーカスに参加した。彼女が演じる役柄には、幼い頃の彼女を魅了した道化師たちへの敬意が込められている。黒人でクィア・アーティストの彼女は、最近やっと多様性が認められるようになってきたこの世界に、幼い頃と同じように、自分の居場所をつくってきた。「自分と似たような外見の人々がパフォーマンスをしているのを見るとき、そこで生まれる笑いが自分に向けて届けられているように感じる」と彼女は言う。「笑うこと、そして自分が笑われたりすることが許されている場所では、自然と元気になれる」。そんなアーティストたちにとって、道化師になるというのは、舞台化粧をすることではなく、究極的には、自らの仮面を剝は ぎ取る行為だ。それは「社会から隠すように教えられてきた、自分の心の中のバカバカしさを明らかにすること」だとレノワーは言う。「そして、その内面の愚者を解放してやる方法を学ぶこと」。愚かさというのは、結局のところ、それ自体が、ひとつの自由なのだ。

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