発見、感動、思索……知的好奇心を刺激する、映画好きな大人のための今月の新作を厳選!

BY REIKO KUBO

ブラジル軍事政権下で奪われた未来と愛を紡ぐ物語『アイム・スティル・ヒア』

画像1: ©2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiração/MACT Productions/ARTE France Cinéma

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『セントラル・ステーション』『モーターサイクル・ダイアリーズ』等で知られるブラジルの名匠ウォルター・サレス監督の新作、『アイム・スティル・ヒア』が公開中だ。作品は、軍事独裁政権下で抹殺された元議員とその妻と子どもたちの人生を描き、ヴェネツィア国際映画祭脚本賞やアカデミー賞国際長編映画賞を受賞した話題作だ。

 1960年代半ば、軍事政権下で議員資格を剥奪されたルーベンス・パイヴァが妻子とともにリオデジャネイロへ移住。パイヴァ家は、多くの人が集まる社交場となり、レコードからはカエターノ・ベローゾ、キング・クリムゾン、ジェーン・バーキンらの歌声が響き、ブラジルの未来の夢を象徴する空間だった。1970年、左翼ゲリラによるスイス大使誘拐事件が起こると、家族には黙って亡命家族を密かに援助していたルーベンスが軍に連行される。妻のエウニセは苦悩を抑え、5人の子どもたちを守りながら、夫の帰りを待つ。「私はずっとここにいます」と、行方知れずの夫に想を送り続けながら……。

画像2: ©2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiração/MACT Productions/ARTE France Cinéma

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 監督サレスは、実際にパイヴァ家との親交が深かったとされ、自身の思春期に彼らの自由な思想の影響を受けたという。監督は、そうした記憶の断片を織り交ぜつつ、独裁政権によって未来を奪われた家族の歴史を、妻であり母であるエウニセの視点から描くことで、突然人が連れ去られ「なきもの」にされる恐怖、痛みと怒り、そして再生と記憶の継承を、静かに深く問いかける。

 5人の子どもをかかえ、大学に復学して人権弁護士となるエウニセを演じたのは、女優フェルナンダ・トーレス。知的で繊細な表情と凛とした佇まいでスクリーンを圧倒し、観る者の視線を釘付けにする存在感で、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞では主演女優賞に輝いた。

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『アイム・スティル・ヒア』
公開中
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血と炎に彩られた宿命の恋が駆け抜ける物語『愛はステロイド』

画像1: © 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

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 狂信的な看護師が繰り広げるホラー『セイント・モード/狂信』で衝撃的なデビューを果たしたイギリス人監督ローズ・グラスが、A24と組んで放つ最新作『愛はステロイド』。舞台は1989年、ニューメキシコ州の田舎町。寂れたジムで働くルーが、町にふらりと流れ着いたボディビルダーのジャッキーに一目惚れし、裏の顔をもつ父親との確執が深まり……。男同士の話なら、往年のアメリカ映画によくある筋書きだが、そこは新進気鋭のグラスによる作品だけに、一筋縄ではいかない。

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』のクリステン・スチュワートを主人公ルーに、『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』の心憎い潜水士ケイティ・オブライアンをさすらいのボディビルダー、ジャッキー役に配し、クィア・ロマンスをエロティックに燃え上がらせる。

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 しかもどんな汚れ役を演じようとも、その深い眼差しにピュアな煌めきを宿すクリステンが禍々しい血縁にもがくヒロイン役で観る者のハートを鷲掴み、ボディビル選手や警察官という異色のキャリアを持つオブライアンが時に繊細に、時に超人ハルク並にパワーアップして真価を発揮する。その配役の妙に加わるのが、ルーの父親で悪の元締めを演じるエド・ハリス。なんとしてもこの既成概念を打ち破る新鋭グラスと仕事がしたいという名優の意気込みが、その奇怪な髪型に存分に表れている。そうして出会ったが最後、愛の炎とステロイドの興奮が暴走し膨張する地獄からの逃亡劇は “LOVE LIES BLEEDING”という原題通り、黒々とした血を流しながら104分を駆け抜ける。

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『愛はステロイド』
8月29日(金)より全国公開
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北欧に息づく愛と親密さの三部作「オスロ、3つの愛の風景」――『DREAMS』『LOVE』『SEX』

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 今年のベルリン国際映画祭で、ノルウェー映画史上初の金熊賞に輝いた『DREAMS』。監督は小説家、図書館司書といった異色の経歴を持ちながら、北欧映画界で評価を得てきた監督ダーグ・ヨハン・ハウゲルードだ。昨年、トリロジーとして発表した『DREAMS』『LOVE』『SEX』が、このたび「オスロ、3つの愛の風景」と題して特集上映される。エリック・ロメールに影響を受けたという注目監督が、愛や親密さ、ジェンダーやセクシャリティをテーマにした考察とともに北欧の風を運んでくる。

『DREAMS』では、新任の女性教師への初恋に身を焦がす高校生ヨハンネの物語が描かれる。恋煩いの末、家を訪ねたヨハンネを教師は優しく迎え入れ、得意のニッティングを手解きする。美しい毛糸のグラデーションに包まれて、ヨハンネの恋は燃え上がるが……。一年後、ヨハンネは苦い初恋を手記にしたためる。若いうちにもっと男性と関係をもっていればよかったと振り返る祖母、師弟間の不適切な関係だと憤慨したかと思えば、翌日には出版を勧める母。そんな女系家族の反応が興味深い。

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『LOVE』は、オスロの医師マリアンヌと看護師トールそれぞれのラブ・ライフが綴られる。二人はオスロと対岸の街をつなぐフェリーの上で、恋愛観やマッチングアプリによる出会いについて語り合う。ときめく恋やセックスだけにとどまらず、人と人との親密さ、病を患う人や傷ついた人をいたわる愛のエピソードが温かい余韻を残す。

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 一方、『SEX』は、既婚の2人の煙突掃除人の告白からはじまる物語。思いがけない出来事によって解放感や初めての刺激を感じたことから予期せぬ事態を招く男たちをユーモラスに綴ったスケッチは、ジェンダーや男らしさ、女らしさの境界線を考えさせる。

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特集上映「オスロ、3つの愛の風景」『DREAMS』『LOVE』『SEX』
9月5日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
公式サイトはこちら

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